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日々 うらら 2

「やっと日本ですね、滝沢さん、お疲れさんです」 「あぁ、林さん、今回はハードだったな」 「お互い頑張りましたよね。そして恋人に飢えている」 「確かに!」  江ノ島旅行の後、残りの夏休みは家族仲良く&瑞樹と思い切りイチャイチャ過ごすぞと意気込んでいたのに、非情な命を受け、ニューヨークに10日間の出張に行く羽目になった。  もう8月31日だ。夏休みも終わってしまうじゃないか。  あぁ……何もかもワープした気分だ。 「林さん、何をキョロキョロしている?」 「あー実は辰起が迎えに、あ、いたいた!」  林さんの恋人は、俺と同じで同性だ。しかも元モデル、かなりの美形だ。メロメロになるのも分かる。辰起くんは瑞樹とは対照的で、小悪魔的な魅力あるんだよな。  俺と目が合うと、ツンと澄ました表情で軽く会釈をされた。相当プライドが高い奴だろうに、俺には一目置いてくれんのか。 「ほら、早く行ってあげないと」 「そうだな。滝沢さんも瑞樹くんの元にまっしぐらですね」 「まぁな」  早く家に帰りたいと、気が逸る。  芽生と瑞樹、俺の家族に会いたくて溜まらないよ。  みずき……ミズキに触れたくて溜まらない。10日間の独り寝は寂しかったぞ。  同時に夏休み中の芽生と、快く暮らしてくれたことに感謝している。  もうすっかり家族だな、俺たち。  何の躊躇いもなく俺は瑞樹に任せ、瑞樹も当たり前のように見送ってくれた。  離れていれば募る気持ちは、瑞樹への愛情だ。一緒に暮らせば暮らすほど、満ちていく愛情があるってすごいな。本当に君はすごい。  マンションの前で車を降り、頭上を見上げた。  今日は夏休み最後だ。確かふたりで出掛けると話していたが、洗濯物が取り込まれていたので、家に帰っているようだ。   興奮して空港から連絡もせずに戻ってきてしまったが、もうそんなのどうでもいい。早く可愛い息子と恋人に会いたい。  抱きしめたい。  驚かせようとインターホンは押さずに、中にそっと入った。  リビングから二人の話し声がしたので、耳を澄ました。  さぞかし二人でイチャイチャ楽しそうにしているだろうと思いきや、瑞樹の声は真剣だった。おっと、芽生も泣きそうだ。  一体何事だ!? 「芽生くん? これ……ざっと半月分以上あるよ」 『ご……ごめんなちゃい!」    半月? あぁ成る程。  ひとり納得していると、話は更に続く。  瑞樹、随分テンパっているな。落ち着けって。 「あ、ワークは? ワークはやった?」 「わ……わーく?」 「ほら、終業式の時、宿題袋に入っていた」 「あー! いれたまんまだった」 「わ……忘れていた?」    おっと、瑞樹が自己嫌悪に陥り自分を責める前に、助け船を出してやらねば。  時計を見れば、8月31日17時。  なんだ、まだ間に合うじゃないか。そう焦るなって。  瑞樹を励ましてやりたくて、俺は明るく二人の前に立った。 「ははっ、これはまた溜め込んだな。芽生はやっぱり俺にそっくりだな!」 「ぱ、パパー!」 「そ……宗吾さん、いつ戻ったんですか」 「今、戻ったぞ」 「たすかった~」 「助けて下さい」 芽生が俺の足にしがみつき、瑞樹が俺に抱きついてくれた。  ふぉ~ 帰国するなり熱い出迎えだ。  なんて喜んでいる場合ではないか。  芽生は俺に似てあっけらかんとしているが、瑞樹は駄目駄目になっていた。 「みーずき、君のせいではないよ」 「ううう、でも僕が毎日の確認を怠って……ごめんなさい、すみません」  瑞樹のウィークポイントだ。 「すまない、君は俺がいない間、仕事も忙しいのに全部引き受けて……大変だったろ? だからこんなの気にすんな」 「でも……失敗してしまいました」 「あぁ、もう……」  いじらしく、落ち込みやすい瑞樹は、相変わらず健在のようだ。 「よーし! どれ見せてみろ」  国語と算数のワークは20ページのものが二冊。  絵日記は江ノ島に行ったあとから、次第にフェードアウト。  朝顔の観察日記だけは、バッチリ描けていた。  自由研究の写真立ても綺麗に出来たな。  くくくっ、流石俺の息子、天晴れだ。  よほど夏休みが楽しかったんだな。  瑞樹は部屋の隅っこで体育座りをして、ズドンと凹んでいる。早く君を抱きしめて、キスで暖めてやりたいよ。  「芽生、いいか。宿題は計画的にやるんだぞ」  俺が言っても説得力ないよな。  よく俺も母さんに怒られていた。 『宗吾! あなたまたこんなに溜めて』 『大丈夫だよ! 徹夜で終わらせる』 『もう~どうしてこうなのかしらね。憲吾はすべて計画的に出来る子だったのに』 『兄さんは兄さんで、俺は俺さ。人には人のやり方があるんだよ』 『もうっ、悪びれない子ね』  芽生を見ていると、あの頃の俺を思い出すな。  で、偉そうなことを言っておきながら時間が足りなくなって泣きべそかいて、兄がさり気なく新聞を遡って天気予報を調べてくれたり、母さんが自分の料理日記から、日々のことを教えてくれたり、父さんが気難しい顔で、自由研究のロボットを補強してくれて……  あぁ俺にもキラキラな思い出が沢山あるな。 「今から割り振るぞ。手分けして乗り切ろう!」 「うん!」 「はい! 僕も手伝います」  瑞樹も涙を拭って真剣だ。 「まず芽生だ。とにかく自分の部屋で集中してワークを終わらせろ。この分量ならそう時間はかからない」 「りょうかいしましたー たいちょう!」  芽生は嬉しそうにワークを抱えて、子供部屋に入っていった。   「あの、僕は何を? 何でもします!」  目元を赤くした瑞樹が、不安気に俺を見上げる。 「君はこっちだ」  瑞樹の手を引いて立たせて、寝室に連れ込んだ。  扉を背に、瑞樹を抱きしめる。 「そ、そうごさん……? あの、僕は何をしたら」 「瑞樹が最初にすることは決まっているだろう。分らない?」  キョトンとした顔で見上げる瑞樹の顎を掬って、そっと唇を重ねた。 「あ……っ、ん……」  最初は驚いていた瑞樹が、静かに俺を受け入れてくれる。 「ん……この感触……恋しかったよ」 「ぼ……僕も……僕もです」  瑞樹がふわりと手を回して抱きついてくれたので、彼の細腰を抱き上げて身体を密着させた。  10日ぶりの抱擁。  やはり瑞樹は花のような香りがする男だ。 「少し充電させてくれ」 「あ……はい。僕も……僕も待っていました」  落ち込んだ瑞樹を慰めるのは俺の役目。    瑞樹を笑わせ、瑞樹を明るくするのも、全部俺の役目さ。  君と過ごす何でも無い日常が、一番大切で愛おしいんだよ。  日々、うらら。  焦らずのどかにやって行こうぜ。

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