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日々、うらら 1

 江ノ島に遊びに行った翌週、宗吾さんが急な海外出張に行ってしまった。  だから夏休みの間中、僕は仕事と子育て家事を掛け持ちしながら、目まぐるしい日々を過ごしていた。  そして今日は、8月31日(日曜日)  夏休み最終日、運良く休日だ!  夜には宗吾さんがニューヨークから帰って来てくれる。 「待ち遠しいです」  口に出すと、布団の中で自然と笑みが漏れた。  今回は十日間の出張だった。広告代理店の仕事は、実にハードだと思う。  現地で働き詰めのようで、次第に連絡も途絶えがちになり、流石の宗吾さんも疲れ気味のようだった。帰国したら、沢山癒やしてあげたい。  「長かったです……寂しかったです」  癒やして欲しいのは、僕も同じだ。宗吾さんがいない間は、芽生くんとふたりで宗吾さんのベッドで、宗吾さんに見立てたクマのぬいぐるみと一緒に眠っていたが、そろそろ限界のようだ。彼の逞しい身体が懐かしくなる。って僕、朝から何を考えて……! 「むにゃ、むにゃ……」 「ふっ、またお腹を出して眠って」  そっと芽生くんにタオルケットをかけて、ムクリと起きた。 「まずは観葉植物の水やりをして、洗濯をしてゴミを捨て、芽生くんを起こして朝ご飯を作って……ふぅ、休日でもやることが盛り沢山だな」    僕は宗吾さんがいないと途端に手際が悪くなってしまうようだ。  ルーティンをこなすだけで、あっという間に時間が経過してしまう。でも今日は芽生くんの夏休み最終日だ。どこかに連れて行ってあげたいから頑張ろう!  冷房を切り窓を開け、空気を入れ換える。  今日も真夏日になりそうだ。    でも少しだけ忍び寄る、秋の気配。  植物に水をやると、僕の心も一緒に潤っていく。  芽生くんの持ち帰った白い朝顔が、窓辺に満開に咲いてる。 「お兄ちゃん、おはよう」 「わ、偉いね。ひとりで起きれたんだね」 「朝顔のお水やりはボクがやるよ」 「そうだね。じゃあよろしく頼むよ。僕は洗濯をしてくるね」 「はーい‼」  芽生くんがパジャマ姿で水やりするのを微笑ましく見つめながら、次の作業に移った。 「そうだ! お布団も干そうか。パパにはフカフカのお布団で眠って欲しいよね」 「うん! ボク、おふとんカバーをとってくる」 「一緒にやろう」  芽生くんはよく手伝ってくれるので、ありがたい。 「くしゅん!」 「クシュン! やっぱり埃っぽいよね。このベッドの下が問題なんだ」  ちらっと覗くと、そこを住み処のようにしている綿埃と目があってギョッとした。 「わー! まっしろしろすけみたい」 「身体によくないよ。宗吾さんが帰ってきたら掃除させよう」  僕と宗吾さんが同棲し出してから、もう1年半近くになる。  大きな喧嘩はしたことがないが、小さな喧嘩ならあるよ。 『宗吾さん! いい加減にベッドの下を、片付けて下さい』 『瑞樹、怒ってるのか。分かった分かった』 『だって、すごい埃が溜まっているから』 『だがなぁ、ベッドの下は秘密基地なんだよ』 『もう、何言っているんですか、一体何を隠しているんですか』 『大人のロマンさっ』 『男のロマンでは?』 『宗吾のロマン(瑞樹への夢)だな』 『も、もう!』     くすっ、あれは喧嘩とは言えないよ。じゃれ合っているっていうのかな?  大らかな宗吾さんは自分の機嫌を整えるのが上手で、喧嘩にならない。 「お兄ちゃん、お水やりおわったよー、お着替えもしたよ」 「よし、今日はどこに行こうか」 「えっとねえっとね、映画を見たいな」 「映画か、いいよ」 「ヤッター」  なんだかデートみたいだな。  宗吾さんの小さな頃も、きっと太陽みたいに溌剌としていたんだろうな。  愛する人の子供と過ごせる喜び。  出張中、留守を任せてもらえる喜びを、ひしひしと感じていた。  お昼前に家を出て、映画館で戦隊映画を興奮して見て、遅めのお昼を食べた。 「スパゲティにしようか」 「うん! ボク、ミートソースがいいな」 「じゃあ僕も」  芽生くんは点々とオレンジ色の粒を飛ばしながら、パクパクと美味しそうに食べていた。  子供なのだから、少しくらい汚したっていいよ。  そんなことを思いながら、ふと自分の子供時代を思い出していた。  お母さんの手作りのスパゲティは大好きだったけれども、少し苦手だった。 『あらあら、瑞樹、スパゲティは熱いうちに食べないと。冷めたら美味しくないわよ』 『でも……お洋服よごしちゃう……』 『瑞樹は心配症ね、そんなことばかり気を遣って……。汚れはね、ママが綺麗に落としてあげる。だから安心して』 『本当? でもママがいなかったら落ちないんじゃない?』 『ううん、瑞樹、だいたいの汚れはちゃんと落ちるんだから安心しなさい。もし将来、あなたの心が傷ついて汚れちゃっても、ちゃんと落とせるから安心してね。出来るだけ心が温かい人と一緒にいなさい。それから、お日様にあてて乾かすのもいいわよ』  お母さんの言葉、忘れない。 「お兄ちゃん、どうしたの? 元気だして」 「芽生くん、ありがとう」 「いい天気だね~」 「うん!」  僕はそっと右手を、太陽にかざしてみた。  僕の太陽は、宗吾さんと芽生くんだ。  ****  夕方、洗濯物を取り込みながら、芽生くんに声を掛けた。 「芽生くん、新学期の準備しようか」 「う、うん」  芽生くんがギクッとした表情を浮かべた。  ん? どうしたのだろう? 「明日の持ち物は……」  終業式にもらってきたプリントを見ながら、声に出した。 「えっと、上履きはあるかな?」 「ピカピカにあらって、あるよ」 「筆箱は?」 「鉛筆、とんがってるよ」 「いいね、じゃあ自由研究は?」 「江ノ島でひろった貝がらのしゃしんたて!」 「よく出来たよね。最後は絵日記だよ」 「う……うん……」  芽生くんが俯いて、もじもじしだした。まさか……! 「あれ? 毎日つけていたよね?」 「それがねぇ……ちょっと忘れちゃって」 「しょうがないいね。貸してご覧」  数日ならすぐに書けるだろうと思って、パラパラと捲って驚愕した。 「えっ!」  江ノ島の後、ぜーんぶ白紙なんですけれど! 「ご、ごめんなちゃい」  芽生くんがガバッと床に伏せた。 「芽生くん? これ……ざっとみて半月分以上あるよ」  どうして気付かなかったんだろう。  日常が忙しくて、すっかり見落としていた。 「あ、ワークは? ワークはやった?」 「わ……わーく?」 「ほら、終業式の時、宿題袋に入っていた」 「あー! いれたまんまだった」 「わ、忘れていた?」  8月31日17時現在……  大変だ!  やり残した宿題が山盛りだ! 「ど、どうしよう~」 「わーん、どうしよう!」  僕は今から洗濯物を入れて畳んで、夕食を作って、ベッドメイキングをして、お風呂を沸かして、ぐるぐると目が回って、床に項垂れてしまった。 「ははっ、これはまた溜め込んだな。芽生はやっぱり俺にそっくりだな!」  突然降ってきたのは、宗吾さんの声だった!    あとがき(不要な方は飛ばして下さい)   **** クロスオーバーに続いて、番外編、お付き合いありがとうございます。 本日から本編に戻ります。 日常をのんびり追っていきますので、お付き合いいただければ嬉しいです💕         

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