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日々 うらら 4
「よし、じゃあ手分けしてやるぞ」
「はい!」
「芽生がワークを解いている間に、まず日記用に天気を調べよう」
「はい! あの、どうやって過去の天気を? あ、そうか過去の新聞を持ってきますか」
いやいや今はもっと便利は方法があるぞ。
「今はPCで調べられるだろう。『過去の天気を調べられるサイト』と検索をしてみろ」
「なるほど、便利な世の中ですね」
「だよなぁ、天気なら瑞樹が書いてもいいんじゃないか」
「えぇ? バレちゃいますよ」
「たぶん、その頃には芽生の手が死んでいるだろ?」
二人で子供部屋を覗くと、芽生くんがガリガリとすごい勢いで、問題を解いていた。
「あ、パパー、たすけてぇ~ ここ、分らないよ」
「おー、どこだ?」
「この問題が、ちんぷんかんぷんだよ」
『けえきが五こ ありました。おやつの じかんに 2こ たべました。 のこりは いくつに なるでしょう』
ハハン、これはまた可愛い問題だな。
芽生は頭を抱えて唸っているが、おいおい大丈夫か。
「芽生、いいか。頭の中で想像してみろよ」
「あ……じゃあ絵にかいてみる!」
芽生が脱線していくのを、止められなかった。
何故なら、とても心優しい物語だったから。
「あのね、パパのしゅっちょう中に、おばあちゃんがケーキを5こくれたの。だからお兄ちゃんとボクで食べたんだよ。そうしたら……えっと……3このこったの。パパがいたらちょうどいいのになぁって、お兄ちゃんとしょんぼりしたの」
じーんとするぜ。可愛いこと言ってくれるのだな。
「お、おう! パパいなくて悪かったな。じゃあ5ー2=3だな。それでそのケーキをどうしたんだ?」
「うん、また1こずつたべたの」
「そうしたら何個残った?」
「1こ!」
「式に書いてみろ」
「うん! 3ひく2は1だね!」
芽生が鉛筆をギュッと握りしめて、張り切って式を書いた。
「で、残った1個はどうしたんだ?」
「本当はパパに食べてもらいたかったよ。でもくさっちゃうから、お兄ちゃんと半分こしたの」
「そうかそうか」
くー、可愛いな。泣けてくるぞ。
「でも今日からは三人いっしょだね」
「あぁそうだぞ」
「よかった~ みんなそろってるのが一番だよ」
「可愛いこと言ってくれるんだな。おいで、だっこしてやる」
「わーい!」
瑞樹も俺と芽生の会話を聞いて……深く頷き、やはりまた涙ぐんでいた。
涙脆く繊細な瑞樹が愛おしくて、彼も胸元に呼び寄せてやった。
「瑞樹もこっちに来いよ」
「……え、僕もですか」
「君も抱っこしたい」
「抱っこって……」
はにかんだ笑顔を浮かべながら、瑞樹がやってくる。
宿題は一休み。
宿題よりもっと大切なことがある。
家族の温もりを感じあって、それからにしよう。
息子と恋人を抱きしめて思うこと。
これは俺が大切にする幸せの重み、幸せの温もりだ。
「宗吾さん……やっぱり三人はいいですね」
「お兄ちゃん、ボクたちチームだよ」
「チームか、いいな」
『グループ』でなく『チーム』と言うのか。
芽生はなかなか鋭いことを言う。
いいぞ、それがいい。その方がしっくり来る。
『グループ』とは似たもの同士で目的は特にない集団で、『チーム』は目的を達成するために集まった人たちのことだ。
俺と瑞樹と芽生の性格は、全く違う。その三人が仲良くやっていくには、チームワークが必要だろう? チームにはそれぞれの個性や特性があって、役割が決まっているのさ。
「宗吾さんがリーダーなんです」
「ん?」
「チームって、メンバーが長所を生かして行動しているので、まとめるリーダが必要ですよね?」
「そうだ、よく知っているな」
「あの……実は会社の研修で学びました」
「俺もさ! なぁ芽生、瑞樹……俺がリーダーになっていいか」
「もちろんです」
「もちろんだよ! パパタイチョウ! あのね、ボク次は何をしたらいいでしゅか」
二人の満面の笑顔に包まれて、光の真ん中にいさせてもらう心地よさを感じた。俺にギュッとくっつく二人の温もりで、心も身体もポカポカだよ!
「国語は終わったのか」
「まだぁ」
「じゃあ芽生は次は国語のワークだ。瑞樹は天気担当。俺は飯を作る」
「あ……お米を炊いていませんでした」
「簡単にパスタにするか。って昼もパスタだったか」
「大丈夫です」
「いや、寿司でも取ろう。その方が俺も動ける」
「はい!」
そこからは三人が協力して分担して、宿題を一気に終わらせた。
「もう、手がいたいよー 字がグチャグチャだよ」
「宗吾さん、あの……僕の字体で本当に大丈夫でしょうか」
「ははは、大目にみてもらえるよ。まだ一年生だもんな、きっと今ごろ、他の家でもこんな風に慌ててるさ」
「そうでしょうか……ならいいのですが」
不安がる瑞樹の肩をそっと抱いてやる。
「俺が保証する。俺なんて父さんが作った渋い俳句を提出したことも、母さんが妙にキレイに縫った雑巾を提出したこともあるぜ。まぁ先生にはバレているだろうが、どれだけ家族のチームワークが整っているか、伝えられるラッキーなチャンスだぜ」
モノは考えようだよな。
こうなってくると、俺が毎年のように宿題を溜め込んで家族を巻き込んだ体験も、意味があるような。
今、俺の家族を安心させられる存在になれた。
ドンっと構えていられるのも、過去の経験のお陰だ。
その晩、深夜近くまで頑張って、なんとか芽生に日記を書かせた。
一緒に夏休みを遡ることによって、俺が不在の間、瑞樹がどんなに頑張って芽生を楽しませてくれていたのか伝わってきて、目頭が熱くなったよ。
瑞樹は芽生の親だ。
優しく暖かい眼差しで、きめ細やかに見守る親だ。
それがひしひしと伝わって、瑞樹に感謝した。
瑞樹は逆に俺に感謝した。
「宗吾さん、芽生くんのこと任せて下さって嬉しかったです。お母さんにも多少頼りましたが、僕主体で過ごせて……なんだか自信がつきました。感謝しています」
「俺もだよ。こうやって日記でいなかった時間を振り返れて良かったよ。ありがとう」
芽生が日記を途中で書かなくなったのは、もしかしてこんな時間をプレゼントしてくれるためだったのかもな。などと、都合の良い解釈をしてしまうよ。
失敗は失敗だけで、終わらせない。
自分に都合良くでもいいから、そこから何かいいことを拾っていこう!
その晩、寝落ちした芽生を子供部屋に寝かせ、瑞樹を俺のベッドの中で抱きしめた。
「宗吾さん……そうくん……」
「今日の瑞樹は甘えん坊だな」
「すみません……ほっとして」
瑞樹の温もり、花のような香り
ふかふかの布団に、至福の時が優しく舞い降りてくる。
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