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日々 うらら 5

「芽生くん?」 「……」  宿題をほぼ終わらせた芽生くんが、鉛筆を握ったまま舟を漕ぎ出してしまった。まだ笑窪が出来る小さな手が、ポロッと鉛筆を離した途端、そのまま机にうつ伏せになってしまった。 「芽生くん、よくここまで頑張ったね」 「なんだ芽生は寝ちゃったのか」 「はい、疲れ果てて……」 「でも大体終わったよな。よし、もう寝してやろう」  宗吾さんが芽生くんを軽々と抱き上げ、ベッドに運んでくれた。 「今日はもう起きないな」 「もう、ぐっすりですね」  それからノートやパソコン、筆記用具が散乱したリビングを、二人で片付けた。 「あの……宗吾さん、夕食のお寿司、美味しかったです」 「おう、久しぶりの日本食で美味かったよ」 「出張でお疲れでは?」 「成田に着いた時はヘトヘトだったが、今は元気一杯だぜ。まだまだイケる!」  宗吾さんにグイッと腰を抱き寄せられ、急に照れ臭くなってしまった。 「あ、あの……食器を洗ってからでないと」 「じゃあ……いいんだな?」 「……はい」  誘われている、求められている。  久しぶりに彼と一つになれると、僕の心と身体も期待している。  溢れ出てくるのは、宗吾さんへの愛情。  その心を映した頬が染まるのも耳が赤くなるのも、全部見られている。  だが……逸らさないし、隠さない。  僕だって、宗吾さんを見ていたいから。 「みーずき、そんな甘い顔をして、ここで押し倒したくなるだろ」 「だ、駄目ですってば……ベッドで……なら」 「よしっ、行こう!」 「あ、あの片付けは?」 「明日でいい。俺は午後出社だ」 「あの、僕もです」 「へぇ、珍しいな」 「芽生くん、新学期で持ち物が多いから手伝ってあげようかと思って」 「ありがとう。そうか……朝顔に自由研究、お道具箱に宿題、新学期は荷物が沢山だな」    そんな話をしながら二人で洗面所に行き支度を調えた。  洗面台の鏡に映る僕の顔は、明らかに欲情していた。 「おーい、瑞樹、鏡じゃなくて、俺に見せろよ」 「あっ」  宗吾さんに手を引かれ、寝室に連れて行かれた。 「早く、おいで」 「はい」  宗吾さんのベッドに潜ると、とてもいい香りがした。 「ふかふかだな。今日、布団を干してくれたのか」 「はい、あ……そうだ、今日から柔軟剤を替えてみました」 「へぇ?」 「何の匂いか分かりますか」  宗吾さんが枕に顔を埋めクンクンと匂いを嗅ぎ出した。  動きが大きくて、クマみたいで可愛かった。   「これは瑞樹の匂いと似ているな。黄色や水色、ピンク……パステルカラーのお花畑にいるみたいだ」 「だいたい合っていますよ。草原フローラルの香りって書いてあったのに惹かれて、寝具に使ってみました」 「へぇ、今度は肌着にも使ってくれよ」 「えっ?」 「瑞樹の香りみたいで気に入った」  何を言うのかと思ったら、もう。 「シタら駄目ですよ」 「ん? 何を?」  「だから……以前、僕のパンツの匂いを……はっ、何を言わせるんですか!」 「くくっ、君のその引っかかりやすい所も相変わらずだな」 「もうっ」  僕たちは額をコツンと合わせて、微笑みあった。 「抱いていいか」 「そうして下さい」  宗吾さんの手がパジャマのボタンにかかると、ドキっとした。まるで初めて抱かれるみたいに緊張してしまう。たった10日間離れていただけなのに、恋しくて恋しくて―― 「今日は全部脱ごう」 「あ……はい」 「君と全部重なりたいんだ、ぴったり触れ合いたいんだ」 「いいですよ」  僕も宗吾さんも、自ら裸になった。    全裸の宗吾さんが僕を包み込むように抱きしめてくれる。肩口に顔を埋めてクンクンと匂いを嗅いでくるので、照れ臭かった。 「あの……そんな風にしないで下さい」 「どうして? いい香りだよ」 「自分では分かりません……ただの男ですよ、僕は」 「いいや、花のような香りがする。柔軟剤もいい香りだが、それを上回るよ」  宗吾さんがスンと吸い込めば、逆に僕には宗吾さんの男らしい香りが届いて、ゾクゾクした。  そのままチュッと湿ったリップ音が寝室に響き出し、僕が身動ぐ度に白いシーツが波を打った。 「あ……ベッドの下、掃除の途中でした」 「おっと、今は思い出すな」 「もうっ、ほこりが……すごかったですよね」  宗吾さんが大きな手を這わし、僕の胸を上下に撫で上げた。  僕の反応を楽しむように乳首を捏ね上げられ、どんどん感じていく。 「瑞樹、寂しかったよ」 「僕も同じです」 「異国で独り寝は寂しかった」 「はい……僕には芽生くんがいてくれたから、宗吾さんの方が寂しかったはずです」 「離れて過ごすと気付かされるよ、愛しき者の愛おしさを」 「僕も恋しかったです」  ギュッと抱きしめてもらうと、素肌同士が懐かしそうに寄り添った。 「もう、この身体だけだ。俺が抱くのは」 「僕もです。宗吾さんだけです」  もうひとりで強がらない、無理はしない。  宗吾さんが出張中も僕だけを想っていてくれたことが伝わり、嬉しくなった。   「嬉しいよ、幸せだ」  宗吾さんに唇を塞がれると安心する。いつだって僕の寂しさ、悲しみを吸い取ってくれる人だから。やがて濃厚なキスに移行し……その間も胸への愛撫は止まないので、僕は悶えだしていた。 「ん……っ、ん……」 「声、もっと出してくれよ。聞きたい」 「でも……」 「芽生はぐっすりだ。今日は大丈夫だ」  乳首を弄られると、いよいよじっとしていられなくなった。  ここでこんなに感じるようになってしまったのか……恥じらいで思わず俯いてしまうと、すぐに顎を救われた。 「みーずき、恥ずかしがるな。感じているの、隠すな」 「そ……うごさん、そうくん……そうくんっ」  そう呼べば、すぐに心が蕩け出すことを知っている。だから早い段階で、僕はその魔法の言葉を口にしてしまった。 「可愛いなぁ、みーくんはいつも」  宗吾さんが僕を愛おしげに見つめ、汗ばんで張り付いた髪を指で退けてくれた。 「顔が見たい。君の顔をちゃんと見せてくれ」 「僕もです、僕も見たいです」  夏休みの日記が真っ白だった時は焦ったが、宗吾さんが帰って来た途端に、グイグイ事が進んで安心した。宗吾さんの言う通り、チームにはリーダーが必要なんだ。  宗吾さんは、まさに僕らのリーダーだ。  僕を日向に導いてくれる人、大好きな人。 「夏休み、君たちと一緒に過ごせなくて寂しかったが、日記で遡らせてくれてありがとう。芽生にとびきり楽しい夏休みをありがとうな」  感謝……いつも感謝の言葉を忘れないでいてくれる人。  だから…… 「大好きです、宗吾さん」  

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