899 / 1737
日々 うらら 16
あそこでお兄ちゃんが見てくれている! ボクがんばるよー!
うんどうかいのれんしゅうは、今日は上級生のお兄ちゃんといっしょにやるんだ。
「ほら滝沢くん、急いで!」
「うん! あ……はい!」
よいしょよいしょ。あっ……!
『でかパン』を急いではいたら、よろけちゃって、地べたに手をついちゃったんだ。
そうしたら、お兄ちゃんの足がちょうどドスンってボクの手をふんじゃったよ!
「ひっ……」
いたくて、びっくりして、声がでなかったんだ。
「あ、ごめん! だいじょうぶ?」
「う……」
そのまま声を出せずにしゃがんだら、先生が飛んできてくれたよ。
そこからはよく覚えていない。
ただ指がどんどん黒くなってきて、ズキンズキンしたんだ。
こんな痛いのはじめてでこわい。
体中がかたくなって、声がでないんだ。
(たすけて……お兄ちゃん)
心の中で呼んだよ。
お兄ちゃん早く来て、ボク、どうしよう。
おゆびがね、すごくすごくいたいよ。
「芽生くん!」
「お兄ちゃん!」
お兄ちゃんのお顔を見たとたん、ボロボロって涙がこぼれたんだ。
お兄ちゃんはとても心配そうな顔をして、ボクをギュッと抱きしめてくれたんだ。
「いたい……メイ、おゆびいたいよ」
あれれ? ボクって言うようにしていたのに、メイって言っちゃった。
「いいんだよ。甘えて」
お兄ちゃんからは今日もやさしいお花のかおりがして、ボク……ほっとしたんだ。
さいしょに会った時を、おもいだしたよ。
あの時は、お兄ちゃんがエーンエーンって、泣いていたね。
今日はメイが泣いてるね。
なんだか泣くと、いたみが少しなくなる気がしたんだ。
だからお兄ちゃんにくっついて、いっぱい泣いちゃった。
「おにいちゃん……ありがとう」
なんだか今日のメイ、小さいころにもどったみたい。
ママはボクがケガしても……もう、とんできてくれないけど、今はおにいちゃんがすぐに来てくれて、いっぱい抱っこしてくれたよ。
いっしょにねむってくれるよ。
だから、さみしくないよ。
「おにいちゃん、メイね……おにちゃんのことが本当にだいすき」
これがメイのまほうの言葉だよ。
えへへ、いっぱい甘えちゃった。
だっておにいちゃんも、うれしそうだから。
甘えてもいいよね?
****
芽生くんの怪我はショックだったが、得たものがあった。
『親心』を知ることも出来たし、突然の出来事に弱い僕が、愛するもののためにパニックにならずに頑張れた。
この二つの気づきは、今後の自信に繋がるだろう。
といっても、宗吾さんの顔を見た途端、僕は子供みたいになってしまったけれどもね。
「瑞樹、そっちにいってもいいか。今日は何もしないから」
「はい」
「抱きしめてやりたいんだ、君を」
「あっ……」
宗吾さんはそっと芽生くんを壁際にずらして、僕に添い寝する形になってくれた。
そのまま優しく背後から包まれる。
耳元でとびっきり優しく囁かれる。
「みーくん、お疲れ様。みーくん、ありがとう」
優しく甘く、僕を甘やかしてくれる人。
「宗吾さん……」
僕は向きを変えて、宗吾さんに深く抱きついた。
「大好きです。芽生くんも宗吾さんも本当に大好きなんです」
「ありがとう、君からの愛情は本当に心地よいよ。美味しい水をゴクゴク飲んでいるように、身体に染み入ってくるよ。俺も優しい人になれる気がしてくるよ」
「宗吾さんは優しい人です。大らかな優しい人……芽生くんが言うとおり、僕らの太陽であり、ゆたかな土壌だと思っています」
「嬉しいよ。そうなりたい、君と芽生のために……自分自身のためにも」
温かな抱擁。
今日は心を重ねて、夜を越えよう。
「パパ、お兄ちゃん、おはよう! ボク、元気になったよー!」
翌朝、芽生くんは元気に飛び起きて、僕たちの上にドシンっと、乗ってきた。
これは幸せの重みだ。
「わ! おはよう」
「あれ? パパがこっちだった? ねぞうがひどいねぇ」
「おー、芽生、元気になったか」
「うん! もう痛くないよ」
「おっと、そんなに手を振るなよ」
「わかった! ねぇ、はやく起きて」
「くすっ、うん、起きるね」
「お兄ちゃん、きのうはありがとう」
「そんなお礼なんて言わなくていいんだよ。当たり前のことをしたんだから」
「そんなことないよ。お兄ちゃんがいてくれてよかったもん!」
朝から嬉しい言葉のシャワーを浴びる。
僕も成長していこう! 芽生くんと一緒に。
この家で温かな言葉のシャワーを浴びて、心を育てていこう。
もう少し逞しく、強く。
あ、でも……それは心の話で、身体はこのままでいいかな?
だって宗吾さん好みだし(って……僕、朝から何を?)
「芽生くん、お着替え、手伝おうか」
「えっとね、今日は自分でやってみる!」
「うん、じゃあ応援しているね」
昨日の芽生くんも名残惜しいが、一生懸命な顔を見守るのもいいね。
優しくって明るい日曜日がやってきた。
どこにも行かなくてもいい。
ここが幸せの拠点だから。
ともだちにシェアしよう!