904 / 1737

ハートフル・クリスマス 5

「芽生、荷物が重たいだろう? 持ってやるよ」 「ううん、だいじょうぶだよ」  芽生が大事そうに抱えるのは、瑞樹への特製弁当だ。  今日のご馳走を、母がお重に全部詰めてくれていた。  参加できなかった君のこと、皆、それぞれに想っていたよ。  それを君に早く伝えてやりたい。  まだ幸せに臆病な君のこと、皆が暖かく包んでいる。  もう寒くないよな?  自宅に戻ると、20時過ぎだった。 「パパ、お外はさむかったね。お兄ちゃん……大丈夫かな?」 「そうだな。昨日よりは早く帰れるようだよ」 「ほんと?」  芽生がパァーっと顔を輝かせる。 「だから先に風呂に入っておこう」 「うん! わかった」  普段は瑞樹と入ることが圧倒的に多いが、昨日今日と俺が担当している。 「お、芽生のお腹、ずいぶん引っ込んだな」 「えへへ、前はタヌキさんみたいだったよね」  こうやって少しずつ幼児体型から少年に変化していくのだろう。  今日彩芽ちゃんと接する芽生を見て、芽生はスクスクと健全に成長しているのを感じた。きっと俺と瑞樹に似て、優しさと逞しさを持った少年になるのだろう。  成長は少しの寂しさがあるくらいが丁度いい。  見守ることの大切さを、俺は芽生から学んでいくのだろう。  だが、俺の横にはいつも瑞樹がいる。  俺は一人じゃない。  それが嬉しいよ。    風呂から上がると、芽生は折り紙で輪飾りを作り出した。 「まだ眠くないのか」 「今日はお兄ちゃんが帰ってくるまでおきてるよ。だって朝、あえてないから」 「そうだな? 瑞樹、もう店を出たって」 「ほんとう?」 「あぁ、あと30分ちょっとかな」 「やったー、お兄ちゃんに会いたいよ。パパ、このわっかカベにつけて」 「了解!」  瑞樹を迎えるために、一緒に部屋の飾り付けした。  今日は12月25日、クリスマス当日だ。    我が家のクリスマスは、まだまだ続き、明日もクリスマスだからな。  いや、もう毎日がクリスマスのようにワクワクしているよ!  君にトキメク自分が好きなんだ。 「パパー、そろそろかな」 「あぁ、きっと」  俺たちは玄関で、瑞樹の足音が近づいてくるのを耳を澄まして待った。  やがてカチャッと鍵の音がする。  ドアが開けば……君がいる。 「瑞樹、お帰り!」 「お兄ちゃん、おかえりなさい」  俺たちは息を切らせて立ち尽くす瑞樹を、ぎゅうぎゅうと抱きしめた。 「わ!……あ、あの、ただいま」 「お疲れさん」 「お兄ちゃん~」  ほらな、もういつもの光景だ。  玄関先で揉みくちゃになっていると、瑞樹が泣き笑いをした。 「宗吾さんも芽生くんも……うっ」 「お、おい? なんで泣く?」 「すみません。『ただいま』と『お帰り』って、やっぱりセットがいいなって……嬉しくて溜りませんでした」  瑞樹は本当に小さな喜びを大切にしてくれる。  そして俺と同じことを考えていたのが嬉しくなる。 「もうここが……僕の家なんですね」 「何を今更?」 「お兄ちゃん、来て来て」  芽生が瑞樹の手を引いて、食卓の特製弁当を見せる。 「これ! おばあちゃんからだよ」 「え……これって」 「今日のごちそう、ぜーんぶ!」 「わ……嬉しいよ」  瑞樹が面映ゆい表情で俺を見つめるので、安心させるように頷いてやった。 「皆、瑞樹に会いたがっていたぞ」 「本当に? そんな風に言ってくださったのですか」 「あぁ正月は休めるのか」 「はい! クリスマスに出たので、お正月は代わりにゆっくり出来そうです」 「なら良かったよ。母さんも兄さんも美智さんも、正月には揃って顔を見たいって言っていたからな」 「嬉しいです」  淡いピンクに染まる頬。  君の……今の心の色だな。 「さぁ、まずは食べてくれ」  まずは彼の胃を満たして、それから心を満たし、最後は身体も満たしても? 「瑞樹、明日は休みだよな?」 「はい、やっとお休みです」 「そうか、じゃあ……」 「……はい」  夜を求める。  それに応じる。  もう阿吽の呼吸になっているな。  イブの夜に身体を繋げたが、疲れた身体に過度の負担はかけたくなくて、一度で我慢したんだ。 「そういえば、パパ、おじちゃんからのプレゼントあけないの?」 「おぅ! このモコモコはまた部屋着か」 「ふふ、今度はなんでしょうかね?」  雪だるまみたいに太ったラッピング。中から出てきたのは、予想通り去年と同じブランドの部屋着だった。 「俺はまたクマか、それともオオカミか」  中身はシロクマの部屋着だった。   「あ……宗吾さん、僕と芽生くんも同じですよ」 「なんだ、みんなお揃いのシロクマか」 「みたいですね。あぁ一緒って嬉しいです」  瑞樹には白が似合う。  雪のような白が似合う。 「モコモコでかわいい」 「ほんとマシュマロみたいですね」 「瑞樹、美味そうだな」  瑞樹が頬を染める。 「ぼ、僕は美味しくないですよ」 「はは、甘いの間違いか」 「な、舐めないでくださいよ」 「舐めていいのか」 「も、もう――!」  いつもの甘ったるい会話の掛け合いが楽しくて、瑞樹の反応がいちいち可愛すぎて、揶揄いたくなるものさ! 「おにいちゃん、これ……ボクからのプレゼントだよ」 「何かな?」 「えへへ」  芽生が瑞樹に贈ったのは、あの夏休みの朝顔の絵だった。  厚紙で額縁を作って、立派なプレゼントになっていた。 「あのね、なつやすみはアサガオを育ててくれてありがとう。アサガオの白いお花はお兄ちゃんみたいにきれいだから、ボク、からさないようにがんばったよ」 「嬉しいよ」  瑞樹が芽生の絵を胸に抱いて、花のように微笑む。  その笑顔、いつもいつまでも見ていたい。 「瑞樹、母さんと美智さんからもあるぞ」 「わ、皆さんから? いいんですか」 「当たり前だ。もう君は俺んちの一員だろ」 「は、はい」  二人からはハンドクリームとボディクリームのセットだった。  気が利くな。瑞樹の身体のケアを? 「お兄ちゃん、このクリーム、いいかおり~」 「本当だ。すずらんとハーブの香りでユニセックスって書いてあります」  美智さんセレクトだろう。イギリス発、ユニセックスのスキンケアブランド『RーGLAY』の新作だった。しかも俺の好きな香りだ。 「瑞樹にぴったりだな」 「嬉しいです。この季節は手指がカサカサになってしまうので」  瑞樹の細い指先を見ると、この二日にわたる実店舗勤務のせいで、すっかり荒れていた。 「君はとにかく風呂に入ってこい。その後は俺たちがこのクリームを塗ってやるよ」  「うん、うん!」 「えっと、それはちょっと困ります」 「どうして?」 「なんでだ?」 「そ、それは……もうとにかくお風呂に入って来ます!」    瑞樹が涙目になりながら風呂に入っている間、芽生はソファに座って、ハンドクリームの匂いをクンクン嗅いでいた。  少し眠たそうな幸せそうな笑顔は、もうすぐ夢の国へ遊びにいきそうだ。  案の定、ブランケットに包まれたまま芽生は目を閉じて眠ってしまった。  時計の針を見ればもう22時。いつもならとっくに眠っている時間だ。   俺は芽生をベッドに寝かせて、すっぽり布団をかけてやった。  枕元にはサンタさんからもらった野球ゲームが置いてあった。  床には実家から持ち帰ったサッカーボールと野球セットも転がっている。  明日は、3人で一緒に遊ぼうな。   「おやすみ、芽生。いい夢を見ろ」    パパ達に大人の時間をプレゼントしてくれて、ありがとうな。  聖夜の星空は、雪の結晶のように瞬いて……輝いて。  

ともだちにシェアしよう!