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ハートフル・クリスマス 4

 12月25日  クリスマス当日は、俺の実家で母と兄家族と過ごす約束をしていた。 「なんだ? 二人だけなのか。瑞樹くんはどうした?」  芽生と実家に着くと、玄関で出迎えてくれた兄にあからさまにがっかりされた。 「今日はいませんよ。あれ? 母さんから聞いてないんですか」 「知らん」 「瑞樹、ピンチヒッターで仕事が入ってしまったんですよ」 「……そうだったのか。それはとても残念だ。久しぶりに会えると思ったのに」  おいおい……そんなにがっかりしてくれるなんて嬉しい反面、俺と芽生ではご不満かと、突っ込みたくもなるぞ。   「おじちゃん、あーちゃんは?」 「部屋で起きているぞ。芽生、会いたかったよ」 「わーい」 「ほら、おいで」 「ええ!」    兄さんがいきなり芽生を抱っこしたのには驚いた。天井に届きそうな程高く持ち上げるなんて、兄さんの腰が心配になるぜ。 「なるほど、芽生はこんなに重たいのか」 「うん! だってもう1年生だもん!」 「はは、そうだったな。彩芽はもう7ヶ月、お座りが上手になったぞ」 「わぁぁ、あーちゃん、どこ?」 「芽生、手を洗ってからだぞ」 「うん! あーちゃん、まっててねー」  5月に生まれたばかりなのに、もうお座り出来るようになったのか。  最近忙しくてゆっくり会えていなかったので、今日はたっぷり遊ぼう。 「あら、瑞樹くんは?」 「美智さん、すみません。今日は仕事が入って来られないんですよ」 「そうなの? 残念だわ~ 会いたかったわ。お花のことも聞きたかったのに」   皆、瑞樹がいないことを残念がってくれる。  瑞樹がいなくても話題に上るのが、じわじわと嬉しいぞ。  居間を見渡すと、これが本当に俺の実家かと目を疑う程、室内が様変わりしていた。  もうすっかり子煩悩家族の家だな。  大正和モダンな居間のど真ん中には大きなツリーがあり、その周りに所狭しと大きなクマや犬のぬいぐるみ、そして山のようなクリスマスプレゼントが並んでいる。 容易に想像できるぞ。  これ、兄さんが全部買ったんだな。  ツリーの下でお座りをして、キャッキャッと手を叩くのは彩芽ちゃんだった。  奥さん似の可愛らしい顔を、ニコニコと綻ばせていた。 「あぶぅ~」 「あーちゃん、おにいちゃんですよぉ」 「あぶぶ」 「ふふっ、おへんじしてくれた!」    一人っ子の芽生にとって、あーちゃんの存在は貴重だ。まるで妹と接すように優しく話かける様子を、その場にいた誰もが目を細めて見つめていた。    兄さんのところに赤ん坊がやって来てよかった。  芽生は永遠にひとりっこだから、従姉妹という存在は大きい。  ありがとうと、心の中で礼を言った。  美智さんと兄さんの幸せそうな笑顔に包まれた家は、どこまでも居心地が良かった。  母さんも調子が良さそうで、顔色もよく覇気がある。  兄夫婦との同居は、効果があるようだ。 「あれ? ここにサッカーボールとやきゅうのどうぐがあるよ」 「それね、あなたのパパが昔使っていたものよ。芽生が使う?」 「わぁぁ、いいの?」 「もちろんよ」  懐かしいな。野球は小学校から中学、高校ではサッカーもやった。 「母さん、随分物持ちがいいな、まだまだ使えそうだ」 「磨いておいたのよ。そうだわ、御飯まで少し公園で遊んで来たら?」 「そうだな」    母さんと美智さんが食事とケーキの準備をしている間、俺は芽生と近所の公園に遊びに行くことにした。    公園にはやはり同じような立場の親子がちらほらいた。きっと奥さんが家でご馳走を作っているのだろうな。もう俺は……昔みたいに公園に時間を潰しに来たのではない。 「パパー ボク、おけいこしたいな」 「ん? そうか、そう言えば何もさせてなかったな。野球とサッカー、どっちがいいんだ?」 「うーん、どっちもやったことないから、わからないよ。でももっとうんどうしたいんだ」 「よーし! じゃあ俺が教えてやろう」 「うん!」  芽生も小学生になり、この先もっともっと成長していく。  確かに身体をもっと動かしたくなる時期だ。  土日だったら送り迎えも出来るし、瑞樹に相談してみよう。  夕食はご馳走だった。  オードブルから始まり、チキンにパエリア、ピザにオニオンスープ。  心温まる家庭の味に、舌鼓を打った。  昨日は出来合いの弁当で済ましてしまったので、手作りの美味しさが身に染みる。 「あら、芽生、どうしたの? あまり食べてないわね」 「……んっとね。これ……持って帰ってもいい?」 「あらお腹すいてないの?」 「ちがくて……お兄ちゃんにあげようかなって」 「どうして?」 「だってね……今日も朝早くからおしごとにいっちゃったんだ。ボクが起きたらもういなくて、さみしかったんだ、きっとおなかペコペコでかえってくるから……」  皆で顔を見合わせた。  小さな芽生のこの優しさは、瑞樹から受け継いだものだ。    まだ1年生の子がここまで周りの人のことを考えられるなんて、すごい。 「まぁ……芽生は優しい子ね。こっちに来てみて」 「なあに? おばあちゃん」  母が台所に芽生を連れて行くと、すぐに歓声があがった。 「わぁぁ~ これ全部お兄ちゃんにいいの?」 「そうよ。今日の夜ごはんにしなさい。瑞樹くんの分をお重に全種類詰めておいたのよ。おばあちゃんの特製お弁当よ」 「ありがとう! おばあちゃん大好き! お兄ちゃんだけいないのさみしいねぇ」 「本当にそうよね。瑞樹くんがいないと変な感じ。大事な人が抜けていると、さみしいわね」  母も……どうやら昨日の俺と同じことを感じているようだ。    瑞樹、仕事を頑張っているか。  こっちは心配するな。  だが、みんな君に会いたがっているぞ。  俺の家族の中で、君の存在はもうどこまでも大きく確かなものになっている。  儚げで控えめな君のこと、皆……大好きで会いたがっているよ。 「正月には必ず連れてくるよ」 「絶対よ。あの子のお顔を見ないと落ち着かないわ」 「母さん、本当にありがとう」  プレゼント交換では、瑞樹から預かってきた物を母さんと兄さん夫婦に渡した。  中身はだいたい察していた。 「ゆめの国のオープンチケット!」 「まぁまぁ、私にまであるわ。いいのかしら?」 「皆で行きたいんだよ。瑞樹はそういう男だ」 「宗吾、あなたの大切な人は、いじらしくって可愛い人。あぁ抱きしめてあげたいわ」  瑞樹は人の心を掴めるようになった。  彼がそれだけ、自分に素直になったから。 「これ瑞樹くんにクリスマスプレゼントよ」 「私からもあるの」 「俺からもだ」  大きなラッピングと、小さなラッピング二つ。 「この大きさは? ははっ、もしかして兄さん、またうさぎの着ぐるみですか。大歓迎ですよ」 「コホン、それは開けてからのお楽しみだ」 「ありがとうございます。喜びますよ」  さぁ戻ろう!  仕事を頑張った君を迎えるために、我が家に。  我が家のクリスマスはまだまだ続くから、安心しろよ!  早く君の声が聞きたい。 「ただいま」と「おかえり」はセットだ。

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