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花びら雪舞う、北の故郷 3

 花屋の前で車を停めると、すぐに店内からお母さんが飛び出してきて、僕を抱きしめてくれた。 「瑞樹、待っていたわ! 会いたかった!」 「お母さん……あの、このダウンコート、ありがとうございます」  今日は兄さんにもお母さんにもハグされてばかりで照れ臭い……でも、皆、僕を大切に思ってくれているのが伝わってくるので、身を委ねた。  真冬の函館はあの事件で療養した日々以来だから、きっと皆の心も少し落ち着かないだろう。 「瑞樹によく似合っているわ」 「はい、こんな高価なもの……ありがとうございます」  お母さんは赤いセーターを着ていた。  あ、これって潤のとお揃いのだ。 「お母さんも赤いセーター、似合っていますね」 「んふふ。末の息子とペアルックなんて照れちゃうわ」  そう言いながら、とても上機嫌だった。 「あ、ごめんなさい。宗吾さんと芽生くん、ようこそ! あら、あなたたちもコートがお揃いなのね」 「はい! ご無沙汰しています」 「こんにちは!」 「まぁ芽生くん、しっかりご挨拶できるようになったのね」 「もうすぐ2ねんせいだもん!」 「ふふっ、さぁどうぞ」  和やかな挨拶を交わし中に入ると、また見違えるように素敵な店内になっていたので驚いた。壁を更にしっかり塗り直した店内は明るく、しかも優美ちゃんのベビーコーナーも隣接してあり、子育てしながら無理なく店番も出来るようになっていた。  優しさで満ちあふれ、幸せで包まれた空間が眩しかった。 「ばぶぅ……」 「あ、優美ちゃん!」 「瑞樹くん、ふるさとにお帰りなさい」  優美ちゃんを抱っこした、みっちゃんからの『お帰りなさい』には、グッときた。 「そうよ、瑞樹、お帰りなさい」  お母さんも、続けてそう言ってくれる。 「は、はい……」 「潤くんもお帰りなさい」 「あ、どうも」  広樹兄さんのお嫁さんは、本当に心が広い人だ。やっぱり兄さんにお似合いだよ! 「優美ちゃん、大きくなりましたね」 「もう7ヶ月過ぎたのよ。だいぶ楽になったわ」 「とっても可愛いです。将来が楽しみですね」  広樹兄さんよりも、みっちゃん似の女の子は、ピンクや水色、イエローなどパステルカラーが似合う優しい顔立ちをして、性格も穏やかな赤ちゃんのようだった。 「さぁお上がりなさい。疲れたでしょう」 「ボク、ゆみちゃんと遊びたい」 「芽生くん、ありがとう。もうお座りできるのよ、このボールを転がしてみて」 「うん!」  芽生くんが遊びだし、僕らも温かい紅茶をいれてもらい、少し寛いだ。  すると宗吾さんが、真面目な顔で僕を呼んだ。 「瑞樹、少し話がある」 「あ……はい」 「外を散歩しないか」 「……はい」  ドキドキした。  正直……函館市内を歩く時は、まだ少し緊張する。偶然アイツに会ったらどうしようと……脳裏を過るから。 「兄さん、行っておいでよ。芽生坊のことはオレたちが見てるから」 「パパ、お兄ちゃんとデート? やったね」 「コイツ!」  冷やかされて照れ臭かったが、宗吾さんが何か話があるようなので、外に出てみた。 「あの……どうしましたか」 「実は瑞樹に話しておかないといけないことがあってな。どう切り出そうか迷っていた」 「……」 「さっきも信号待ちで気にしてたようだし、函館に着いてからキョロキョロしていたから、ちゃんと話してやりたくなった」 「もしかして……あの人のことですか」 「そうだ。君も気にはなっていたんだろう?」 「……それは……」 「どうする? 聞く、聞かないは自由だが」  やはり宗吾さんは知っているようだ。アイツの行方を…… 「……あの後、あの人は……どうなりましたか。い、今、何処に…………」  必死の思いで、とうとう聞いてしまった。  声が震えてしまう。  刑期が終わったら、また出遭ってしまう可能性だってある。  だから、知っておくべきだと思った。   「ごめん、やっぱり歩きながら話す内容じゃないな。君の家の2階を借りよう」 「あ、はい……」  もう一度 家に戻ると、広樹兄さんとお母さんが接客をしていて、潤と芽生くんは、優美ちゃんと夢中で遊んでいた。 「団欒していますね」 「あぁ、声をかけるか」 「いえ、そのまま……上にどうぞ」 ****  瑞樹が使っていた部屋は、広樹たちの同居を機になくなっていたが、今日は客間として使わせてもらえるらしい。そこに二人で入った。 「座ってください」 「あぁ。瑞樹、おいで」 「……はい」  俺は瑞樹を抱き寄せて、胸にもたれさせてやった。 「瑞樹、落ち着いてよく聞いてくれ」 「……はい」 「これは君にとって悪い話じゃないんだ。だが、アイツのことを聞くだけで、君はあの日を思い出し、不快感で一杯になってしまうだろう」  全部、全部、お見通しだ。宗吾さんには……  あの日アイツに触れられた感触を思い出し、ざわりと鳥肌が立った。カタカタと、急に吹雪の中に放り出された心地になった。  あの日、逃れられなかった虚しさ。  あの日、辱められそうになった悔しさ。  そんな負の感情に埋もれそうになり、宗吾さんに助けを求めた。 「さ……寒いです」 「瑞樹、こんなに震えて――」  すぐに宗吾さんが沢山僕に触れて、身体を必死に擦ってくれた。 「落ち着け。いいか、よく聞け! もうアイツは君の傍にいない。ここにはいない! もう大丈夫になったんだ。堂々と函館を歩ける。街を歩ける!」 「さっきから……そればかり。そんなの……信じられません」 「詳しい居場所へ経緯を知りたかったら……話してやる。だが……それは望んでいないだろう」 「……それは……そうです。必要以上の情報は、僕をまた苦しめます……」  宗吾さんが……僕をギュッと思いっきりハグしてくれた。それから口腔内を掻き混ぜるような激しいキスをして、僕の心を解してくれる。 「あ……あっ、う……」  宗吾さんの温もりに包まれて、ようやく息が出来る。 「立てるか。歩けそうか」 「……? ……はい」 「行こう! アイツがもういないことを、この目で確かめに行こう」  グイッと手を引かれて、外に連れ出された。 「あ……あの、まさか、あそこに?」 「俺を信じろ!」   

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