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花びら雪舞う、北の故郷 13

「すごい! すごいね。ミルクをゴクゴクのんでる。ゆみちゃん、こんなに小さいのになぁ」 「そうだね」  お兄ちゃんがゆみちゃんにミルクをのませているのを見ていたら、おいしそうだなってなったよ。 「宗吾さん、優美ちゃんを少し抱っこしていてもらえますか」 「ん? 俺が抱っこ?」 「出来ますよね?」 「お、おう! 任せろ」  パパ、だいじょうぶかなぁ。少しうごきがヘンだよぉ~ 「そうそう、もう首はとっくに据わっているので、大丈夫ですよ」 「こ、こうかぁ」 「はい、上手です」  ……お兄ちゃんとパパ、たのしそうだなぁ。 「じゃあ、任せましたよ」 「え? おい、どこへ?」 「ちょっと」  あれれ? お兄ちゃん、どこにいっちゃうの? パパの横でちょこんとまっていたら、またお兄ちゃんがもどってきたよ。  手に何かもってるよ。 「芽生くんも牛乳を飲むかな?」 「あ……」  どうして……どうしてわかったの?  ボクもまっしろなミルクをゴクゴクのんでみたくなったの、しってたの? 「うん、うん!」 「こっちにおいで」 「芽生、よかったな」 「うん!」  ボクはね、タタッとお兄ちゃんの所に走ったよ。 「まだ熱いかも」 「お兄ちゃんがふーふーして」 「うん、いいよ」  ボクをだっこしてくれたので、お兄ちゃんのおひざで、あたたかいミルクをのめたよ。  えへへ、赤ちゃんみたいだね、ボク。はずかしいけど、ポカポカ、うれしいな!   「おいしいね~」 「函館の牧場のミルクだよ。僕の家ではいつも木下牧場のなんだ」 「とってもおいしいよ。えへへ、スキー、早くしたいなぁ」 「そうだね。朝ご飯を食べたら出発しようか」 「うん! あ……おトイレいきたい」 「じゃあ一度脱がないとね」 「そっか~」    ボクのスキーウェア、かってもらったばかりでピカピカなんだよ。  うれしくて、まちきれなくて、先に着ちゃったんだ。 「芽生くん、ひとりで上手に着られたね。それに黄色のウエアが似合うね。ブルーのズボンも可愛いよ」 「かわいい?」 「うん」 「よかったぁ」  ボクはゆみちゃんに、見せにいったよ。 「ゆみちゃん、このスキーウェアね、ボクがきられなくなったら、ゆみちゃんがきてね。女の子でもだいじょうぶなのにしたんだよ」 「芽生坊は、優しいなぁ」 「あ、潤くん! おはよう!」  あのね……さっきはすこしだけ、ゆみちゃんになりたくなったけれども、やっぱりボクはボクでよかった。お兄ちゃんとパパとスキーできるし、カッコイイ、スキーウェアも着られるしね! **** 「潤、昨日、電話をしてみた?」 「したよ。喜んでくれた。いっくんが、可愛くてさ」 「あっ、またパパって呼んでくれたんだね」 「なんで分かるんだ?」 「くすっ、顔に書いてあるよ」    潤が照れ臭そうに、笑った。でもその瞳が僕よりもっと遠くを見つめているようで気になった。  心ここにあらず?   「潤、いっくんと菫さんに、早く会いたいんじゃないか」 「えっ、イヤ、そんなことないよ。兄さんたちとスキーをするのが楽しみだよ……そんなことはナイ、ナイ!」  そんなに動揺して、やはり図星のようだ。  あの潤がこんなに一途になるなんて。  うーん、ここは兄として一肌脱ぎたい。  どう切り出すのがいいのかな? 「潤、あのね、実はひとつお願いがあるんだ」 「なんだ? 兄さんのお願いなんて初めてだな。何でも聞くよ」 「あのね……広樹兄さんのことなんだけど、去年潤とスキーに行ったの、すごく羨ましがっていたから、今日は日帰りで一緒にどうかな?」 「あー、だよな。兄さんはいつも留守番ばかりだから。あ、じゃあ……俺からも頼みがあって」 「うん?」 「広樹兄さんの代わりに店番をしていいか。兄さんを安心して行かせてやりたいんだ」 「それもいいけど、それだけでいいの?」 「あ……もしかして、兄さんは……」  潤が目を見開く。 「ジューン、僕はもう大丈夫だよ。もちろん潤とスキーをしたいけれども、それよりも今、潤がしたいことを優先させていいよ」 「兄さん……」 「帰る? 来てもらう?」 「今日は菫さんは仕事で、いっくんは保育園なんだ」 「じゃあ帰る方だね」 「う……ごめん。オレすごく……会いたいんだ……いっくんがさみしいって……あいたいよぅって、電話で言ってくれたの、気になって」 「そうだったんだね」  僕は潤を優しくハグしてやった。僕より大きな身体だけれど、可愛い弟だ。  潤は真剣な恋をしている。 「潤と一緒に帰省出来てよかったよ。さぁ僕には広樹兄さんもいるから大丈夫。潤が会いたい人の元へ行っておいで。きっと……もう少しも待ちきれない言葉があるんだろう」 「兄さん……兄さんにそう言ってもらえるの、嬉しいよ……俺の背中を押してくれてありがとう」 「さぁ、潤のこの手で、潤の幸せを掴んでおいで」  僕は潤の背中をトンっと押してやった。  いつも人より一歩下がって生きてきた僕が、誰かの背中を押す日が来るなんて。誰かの恋を、後押しする日がくるなんて。  その相手が僕の弟だなんて……最高だ。 「ありがとう! 広樹兄さんに頼んでくる。夕方いっくんのお迎えの時間に帰れればいいから、店を手伝ってから帰るよ」 「潤、いい決断だ!」  広樹兄さんは遠慮したが、すぐにみっちゃんと母が拍手して喜んでくれた。 「ヒロくん、行っておいでよ。いつも休みなく働いてくれて助かっているのよ。たまには息抜きしてきて」 「だが……店が」 「広樹、良かったわね。瑞樹とスキー出来るのなんて10年ぶりじゃない?」 「だが……店が」  ところが責任感の強い広樹兄さんは、なかなか頷かない。  そこに宗吾さんが助言してくれた。 「ははん、広樹は店が心配なんだな」 「そうだ。俺がいなかったら、誰がアレンジメントを作るのか」 「それならここに助っ人がいるじゃないか。強力な助っ人が二人も」 「あ……」 「潤が花材をカットし瑞樹がアレンジメントを作ればいい。そうだ! バレンタインのイベントっぽく売ったらどうだ? 今日売る予定の花材をあらかじめ作ってから出掛ければ、みっちゃんやお母さんの負担も少ないだろう」  流石、宗吾さんだ。  折しもバレンタイン前の三連休、ナイスな提案に感心してしまうよ。 「宗吾さん、ナイスです! 店をバレンタインイベントにしちゃいましょう」 「瑞樹、いいのか」 「もちろんだよ! その代わりに、作り終わったら一緒にスキーに行ってね」 「う……うれしいよ。だがお邪魔じゃないか」 「広樹、俺は大歓迎だぜ!」 「ボクも!」 「僕は兄さんと一緒にスキーしたいんだよ」 「瑞樹ぃ~」  僕たちは、そこから力を一つに合わせた。  ひとりでは成し遂げられないことがある。そんな時は、誰かを頼っていい。それぞれの役割で力を持ち寄れば、きっと上手くいく。だって僕はもうひとりではない。力を合わせてくれる人が、この地上に沢山いるから。  そして物事のルートは一つではない。臨機応変にこうやって対処すれば、また新しい道が開けることを知った。  潤の道を開いてやりたい、潤に幸せになって欲しい。  皆の思いが、その一点に集まった。  そして広樹兄さんの道には、寄り道を贈りたい。  皆の思いが、そこにも集まった。     

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