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花びら雪舞う、北の故郷 31
兄さんと別れて、僕は再び来た道を戻った。
雪がちらついてきて、次第に視界が悪くなってきた。
「困ったな。少し……運転に支障が……」
そう呟いた時だった。
突然、車の前をサッと何かが横切る気配に、慌ててハンドルを左に大きく切った。
「あっ、危ない!」
ハンドルを持つ手にじわりと熱い汗が滲み、背中には冷たい汗が流れた。
今の何だ? まさか……人っ!?
慌てて車を路肩に寄せ、しっかり停車させた。
落ち着け、落ち着くんだ。瑞樹。
必死に自分に言い聞かせていた。
ダウンコートを着て車から降り、辺りを確かめると、茶色いモフモフが見えた。
あぁ……よかった。
さっきのはキタキツネだったのか。
無事だよね?
一瞬、人を轢いてしまったかと思ったよ。
とても、怖かった。
ひやりとした。
だから……僕は何度も何度も、深呼吸した。
「さぁ戻ろう。もう少しでコテージだ。宗吾さんと芽生くんが待っている」
ところが車に戻ろうとしたら、キタキツネに呼ばれた気がした。
「フォ――ン」
「可愛いね。だけど、ここは危ないよ。さぁもう森の中に戻った方がいい」
僕はジェスチャーで帰るように伝えるが、キツネは立ち尽くしたままだった。しかも、こちらに来たそうに足をばたつかせていた。
「どうした? 動けないの? まさか……さっきので足をひねってしまったのか」
キタキツネの悲しい瞳に、吸い寄せられる。
心配になって、白いガードレールに近づいた。
すると「ギャオーン」と濁った鳴き声で、キタキツネが白い森の中に僕を誘う。
「どうしてそんな鳴き声を……?」
一方踏み込んだ時、まずいと思った。
ぐらりと踏み出した地面が、崩れたのだ。
踏み入れた先には……あると思った道はなかった。
雪と共に、身体が沈んでいく。
落下していく。
「あっ、あぁ――!!」
****
「パパ、お兄ちゃん、まだかな」
「そろそろ戻ってくるよ」
「そうだよね」
「どうした?」
「うーん、なんだか……ちょっとシンパイ」
「瑞樹は大丈夫さ。雪道には慣れているし、行きは広樹と一緒だったんだし」
そう言いながらも、一抹の不安が過った。
「ずいぶん雪が強くなってきたな。瑞樹、本当に大丈夫か」
芽生も窓にくっついて、心配そうに空を見上げていた。
「ゆき……きょうはつめたそうだねぇ」
「……」
確か大沼駅まで片道20分程度だと言っていたよな。もう家を出てから1時間経過したぞ。
いくら道が混んでいても、流石にそろそろ戻ってこないと変だ。
目を懲らすが……どんなに待っても瑞樹の車は見えなかった。
「パパ、お兄ちゃんのけーたいにでんわしてみたら?」
「そうだな」
ところが、何度かけても繋がらない。
すぐに留守番電話になってしまう。
こんなのヘンだろ?
運転中なのか。
だが、丁寧で慎重な瑞樹なら、どこかで折り返してくれるはずだ。
とても、とても嫌な予感がする。
「パパ、ねぇ、おにいちゃんを探しにいこうよ」
「そうだな!」
俺はダウンコート、芽生はスキーウェアで、外に飛び出した。
****
ハッと目覚めると、見知らぬ場所にいた。
僕……どうして?
さっき崖から落ちたと思ったのに……身体は無事なのか。
それにしても、ここはどこだ?
パチパチを薪の燃える音がする。
暖炉の音だ。
どうしてベッドに?
ここは一体……誰の家だ?
心臓が軋む。
「お、気付いたのか。大丈夫か」
突然見知らぬ人の声がして、心臓が止まりそうになった。
「へぇ、可愛い顔してんな」
頬に触れられそうになって、ギョッとした。
だ……誰だ?
全く見知らぬ人の家に寝かされていたことに、ますます驚いた。
いつの間にか、さっき着込んだダウンは脱がされていた。
ドクドクと心臓が嫌な音を立てる。
「な……っ……やっ」
「おい? 何を怖がって?」
「ひっ」
真っ黒で髭だらけの、ガタイのいい男性に急に近寄られて、声にならない悲鳴をあげてしまった。
あ……アイツは、もういない。
なのに思い出すのは、あの日の気配。
辱められそうになった暗い過去。
「や、やめろーっ! やだぁ――」
僕は、ベッドから飛び起きた。
身体が動いた。
どこも骨折も捻ってもいないようで、胸を撫で下ろした。
「ぼ……僕に近寄るな」
そのまま、視界に入ったログハウスの木の階段を駆け上った。
これでは……あの日の僕と同じだ。
高橋から逃げようと階段を駆け上がって、空き部屋に駆け込んで助けを待ったのだ。
「おい、待て! そこは駄目だ!」
バーンっと扉を開けると、そこに飛び込んできたのは、信じられない光景だった。
「えっ……」
あとがき(不要な方はスルーです)
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突然の急展開、驚かせてしまって申し訳ないです。
しかしここは『幸せな存在』ですので、どうか明日を信じてお待ちください。
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