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花びら雪舞う、北の故郷 32
「パパ~ あそこ! お兄ちゃんのくるまだよ」
「本当だ‼」
駅への道を芽生と一緒に20分ほど歩いた所で、瑞樹が乗っていた車を発見した。
丁寧に路肩に寄せられて、瑞樹らしく、きちんと停車していた。
その様子に、ホッと胸を撫で下ろした。
よかった!
自動車事故ではなかった。
まず、そこを心配していた。
車中に瑞樹がいるのでは?
もうすぐ逢えるという期待で満ちてくる。
もしかして……運転中に、突然具合でも悪くなったのか。
それなら、早く助けないと!
「お兄ちゃーん!」
「瑞樹ー!」
芽生と急いで駆け寄って車内を覗くが、もぬけの殻だった。
一体、どこへ――?
急いでスマホを取り出し、瑞樹に電話を掛けた。
どうか、繋がれ!
すると、車の中から着信音が聞こえて来た。
君が好きなメロディだ。
「なんてことだ!」
スマホも持たずに、この寒空をどこへ?
消えたのは、瑞樹とダウンコートだ。
不可解な状況に、俺は頭を悩ませた。
焦りが焦りを呼び、傍らでは、芽生が不安になって泣き出した。
「ぐすっ……パパ、お兄ちゃんが消えちゃったよ、どうしよう。お兄ちゃんーお兄ちゃんー どこぉ?」
「瑞樹ー! どこだー!」
俺たちは必死に瑞樹の名前を呼んだ。
俺たちの家族なんだ。
どこにも行かせない。
戻って来い!
その時、地べたにしゃがんで泣いていた芽生が、何かを見つけたらしく「あっ!」と大きな声を出した。
****
階段を駆け上った二階のフロア。
僕はあの日のように、右手の部屋の扉を開けてしまった。
「おい、そこには入るな!」
「あっ!」
中は、黒いカーテンが引かれた、フィルム用の暗室だった。
現像器具や引き伸ばし機や流しが設置され、感光を防ぐために窓やドア部分の遮光には遮光カーテンなどを用いられていた。
特殊な暗室用換気扇の音がカタカタとして、暗室用電球が天井から吊り下がり揺れていた。
僕は……以前、こんな部屋を見たことがある。
いつ? 一体いつの話だ。
頭がパニックを起こしていて、すぐには思い出せない。
あぁ……頭が割れるように痛い。
「早く扉を閉めろ!」
すごい力で引き戻され、半狂乱になってしまった。
「イヤだ! 離せ!」
「お、おい。君、ちょっと落ち着け」
「イヤだぁぁー」
もうダメだ。
必死に押し退け、今度は左の部屋に飛び込んだ。
僕はそこで大きく目を見開いた。
だって……そこは……そこには――
「えっ!」
暗室とは対照的に、開放感のある明るい部屋だった。
窓が大きく、クローバー色のカーテンが揺れていた。
ログハウスの壁には、いくつもの写真パネルが飾られていた。
そこに写っているのは……
僕だった。
幼い僕だった。
なんで?
僕が夏樹と一緒に笑っている。
これを撮ったのは、母だ。
過去の記憶が今度こそ、はっきりと浮かび上がってくる。
……
「瑞樹、夏樹、こっち向いて」
「まーま、またシャシン? おにいちゃんとはやくあそびたいよぉ」
「だって二人並ぶと可愛いんですもの。今日はお揃いだしね。ね、もう一枚だけ」
「わかったよーだ!」
「夏樹ってば、お兄ちゃんが抱っこしてあげるから、じっとしていて」
「うん! えへへ、おにいちゃん、だっこー」
「わ、重たいね。お母さん、夏樹って、こんなに重たかった?」
「瑞樹にはもう無理よ。夏樹はみーくんが5歳の時より大きいのよ」
「そうなの? 僕……抜かされたらいやだな」
「ふふっ、先のことは分からないわ」
母は黒くて大きなカメラを持っていた。
「パパ、カメラ貸してくれてありがとう! 今日も私たちの天使を沢山撮ったわ」
「じゃあ、帰りに寄ってもいいか」
「もちろん、いいわよ」
……
何故、どうして……今頃、この写真が……
あの日のカメラは事故で、木っ端微塵になったのでは?
だからあの日の写真は、永遠に葬られたはずだ。
「これ……これ、どうして?」
「あぁ、これはオレの師匠の遺作さ。この一眼レフをオレに預けた直後……交通事故にあったんだ」
「‼」
あの日、お父さんがこう言ったんだ。
「帰りに熊田の所に寄って、カメラを預けていこう」
「また熊田さんに現像を頼むの?」
「アイツにとっていい練習になるのさ」
「そうね」
あ……じゃあ、この人が熊田さん?
熊田さんって……もしかして、僕が小さい時、お父さんをよく迎えにきた男性……?
「君? どこか具合が悪いのか」
ほっとしたせいか、ガクンっと膝が崩れた。
「おっと。危ない」
大柄の男性に抱きしめられた時、さっきまでの嫌悪感はなくなっていた。
「く……まさん……あなた……森のくまさん?」
「え? 何故、その名を……そんな風にオレを呼んだのは……大樹さんの……」
涙が溢れてきた。
「ぼ……僕です……息子の瑞樹です」
「何だって‼‼ そういえばお母さんに面影が――」
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