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花明かりに導かれて 15

「葉山、どうした? ぼんやりして」 「あぁ、菅野ごめん」 「上の空なんて珍しいな。何か悩み事か」 「……実は、弟がちょうど今頃……交際相手の女性のご実家に、結婚の挨拶に行っているんだ」 「うわ~ それは心配だな」 「そうなんだ。大丈夫だったかな」  つい菅野には本音を漏らしてしまう。  以前の僕だったら絶対しなかったことだ。  それだけ菅野を信頼しているんだ。  人を信頼できるようになった、自分が愛おしく感じた。   「大丈夫さ。葉山の弟なんだ。きっと誠意が伝わっているよ」 「そうかな?」 「そうだよ!」  こんな風に相談出来る相手がいるって、いいな。 「なんだか元気が出てきたよ」 「じゃあ食え食え! もっと太れ!」 「くすっ、太れは余計だよっ」 「俺の道連れだ」 「ふふ、ダブルデートも楽しみにしているよ」 「よろしく頼む。こもりんが会いたがっていたぞ」 「そうなの? 小森くんはあどけなくて可愛いよね」 「だろ?」    うーん、ここのところ、菅野のデレ顔を見るのが日課になっているような。  昼食後、デスクワークをしていると着信があった。  潤からだ!  僕は慌ててスマホを握りしめて、給湯室に駆け込んだ。 「兄さん? オレ。今大丈夫?」 「あぁ、大丈夫だよ。話して」 「認めてもらえたよ! 兄さんのお陰だ! 兄さんが教えてくれたことがとても役立ったんだ」 「良かった! おめでとう! でも僕は何も教えてないよ」 「いや、真心の伝え方を教えてくれた。オレを心から応援してくれただろう」 「それは当たり前だ。潤は可愛い弟だからな」 「オレが兄さんを見習って、丁寧に行動したんだ」 「そうか、本当に良かったな」  潤の明るい声を聞いて、一安心だ。  一時期はこの弟の存在が怖く、逃げ回っていた日々が嘘のよう。  心にかかっていた靄は消え、今はクリアな視界が開けている。 「早く、兄さんに菫さんといっくんを紹介したいよ」 「うん、僕も会いたい」 「……ありがとう。会いたいって言ってくれて」 「当たり前だよ。会いたいに決まっている。潤は大事な弟だ。潤の家族になる人なんだから」 「オレさ、もうすっかりブラコンだ。兄さんの言葉がいつも心に中に生きている。根付いて育っている」  成長とは……身体だけではない。  心も成長していくのだ。  僕の撒いた種が、潤の心でスクスクと育っているようだ。 「機会を作って必ず会いに行くよ」 「ありがとう。オレたちはまずは来週函館に行ってくるよ」 「早速、挨拶に行くんだね」 「あぁ、結婚式もあげようと思う。忙しくなるよ」 「うわ……おめでとう! 潤……」    今すぐとはいかないが、必ず行くよ。    有言実行の人でありたい。  言葉で約束したことは、実現させよう。  誠意って、そういうものだろう。  今週末はくまさんの屋外撮影会、来週は菅野と小森くんとのダブルデート。  なかなか忙しい春になりそうだ。  そうこうしているうちに、四月には芽生くんの進級だ。  時はどんどん流れていく。  僕の時間は、軽やかに生き生きと刻まれている。  こんなに時が経つのが早いなんて……  家族を亡くした時には、止めてしまいたかった時が愛おしくて溜らない。  間もなくやってくる春を、僕も謳歌しよう。   ****  俺は瑞樹より一足早く帰宅して、寝室に駆け込んだ。  カーテンを閉めて灯りを消せば、浮かび上がるのは星空。  今宵、君を驚かせよう。  君はどんな反応をするだろう?  大切な人を喜ばせるために奔走するのは、苦にならない。  むしろ力が湧いてくるのさ。 「宗吾くん、どうだ?」 「最高ですね」 「そうか、そうか」 「熊田さんに滞在してもらって良かったです。俺はこの部屋で、恥ずかしながら当たり前のように過ごしていました。結婚してからずっと住んでいたので違和感を感じることもなく。でも後からやってきた瑞樹にとっては、何もかも違和感だらけの場所だったんでしょうね」 「まぁそう気にするな。後からやってきたものにとってはホームじゃないから仕方ないだろう。俺だってコンクリートの壁の固さやビニールの床の堅さ冷たさに全然慣れないよ」 「……ですよね。家を建てるのなら、自然素材を使って建てたいです。床は無垢の床にしたいな」 「そうなんだな。みーくんは元々そういう家で育った子だ。喜ぶだろうな」  ポンと肩に手を置かれると、まるで瑞樹の父親が目の前にいるような気分になった、    大樹さん……  あなたが、父として伝えたかった言葉は、星の数ほどあっただろう。  父として息子の成長を、すぐ傍で見守りたかっただろう。  この地上で共に息をしたかっただろう。  俺も父親だから、彼の無念さが痛い程分かる。  運動会で息子を応援すること。  公園でキャッチボールをすること。  思春期の息子の相談相手になること。  成人した息子と、酒を酌み交わすこと。  この先芽生と叶えたい夢が、どんどん溢れてくる。  大樹さんの無念を晴らすことは出来ないが、彼の大切な息子、瑞樹の幸せを守ることは出来る。 「宗吾くん、そう気負わなくていい。俺もちょっと舅みたいに口うるさかったな」 「そんなことないです、気付けてよかったです」 「ゆっくりでいいんだよ。夢はな、一度に叶えるもんじゃない。コツコツ積み重ねていくものだ」  熊田さんの言葉は深くて、心地良い。 「ありがとうございます!」 「俺も……君たちを近くで見守らせてくれるか」 「もちろんです。熊田さんは、もう瑞樹の父親同然です」 「勿体ない言葉だよ。俺さ……もう、何もかも失い、誰にも必要とされていないと思っていたのに……」 「熊田さんの存在は、瑞樹を後押ししてくれます。彼に両親の話をもっともっとしてやって下さい。瑞樹の自信に繋がります」  その晩、俺は瑞樹と芽生を寝室に誘った。 「今日は一緒に眠ろう!」 「はい!」 「わぁい! でも……くまさんは? おとまり今日まででしょう。くまさんも今日はいっしょがいいなぁ」  芽生がしょんぼりする。  確かに……これから見せる星空は、熊田さんとの合作だ。彼にも立ち会って欲しい。 「よし! 床に熊田さん用の客布団を敷こう!」 「ふふ、何だかキャンプみたいですね」 「そうさ、キャンプごっこだ」 「わぁ~ たのしそう! ボクよんでくるね」  芽生が、走って熊田さんを呼びに行く。 「くまさーん、くまさんもいっしょだよ」      

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