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花明かりに導かれて 14
認めてもらえる、信じてもらえるって、本当に嬉しいことだ。
オレは菫さんの両親から、それをひしひしと感じ取っていた。
「ありがとうございます! 菫さんを生涯大切にします。尊重し歩み寄って行きます」
「潤くん……ありがとう。もう大丈夫よ。少しリラックスして」
菫さんが膝の上で固く握りしめていた手を、そっと解いてくれた。
優しさが身に染みる。
「私……感激しちゃった。潤くんが全て言葉に出して、両親に伝えてくれて、すごく嬉しい」
「言葉で伝えたいんだ。もう、これからは」
本当は仲良くしたかったのに上手く言えず、どんどん悪化してしまった兄との関係を、本気で後悔しているから。
二度と同じ轍は踏まない。
「じゃあ、二人は次は函館に挨拶に行くのか」
「はい、そうします。この後日程を決めようと思っていました」
「そうかそうか。じゃあ今日はもう帰るのかな?」
「出来たら……お墓参りに行きたいと思っています。彼の……」
菫さんが目を見開き、ご両親も意外そうに顔を見合わせた。
「そうか……君は想像よりもずっと思慮深いんだな。若いからと頭ごなしに決めつけたことを詫びるよ」
「いえ、実際……若気の至りで失敗の多い人生でした。これは兄から学んだことです」
「菫、いい相手を見つけたな。樹もよかったな」
「お父さん、お母さん、ありがとう」
「じーじ、ばぁば、パパのことよろしくおねがいしまちゅね」
いっくんが小さな手を摺り合わせてお願いしてくれた。
もう、皆目尻が下がりっぱなしだ。
天使のようないっくんをこの世に生みだしてくれた人に、感謝したい。
つまり……菫さんの亡くなったご主人に挨拶をしたいと本心で思った。
「ここが彼のお墓よ」
菫さんのご実家から歩いて15分程のお寺に、彼は静かに眠っていた。
刻まれた享年を見て、胸が切なくなった。二十代半ばで我が子の顔を見ることもなく、この世を去る無念は計り知れない。
「彼とは……幼なじみだったの、家も近所でね。あのね、彼のご両親にはいっくんの存在に実感が湧かないみたい。それよりも病で苦しみながら旅立った息子のことからまだ離れられないでいるの」
「……そうだったのか」
このまま挨拶に行こうかと思ったが、今は時期尚早だと思った。
今のオレに出来ることは、黙って花を手向けることだ。
「ママ、ここ、どこぉ?」
「……おはかよ」
「おはか! だれかしんじゃったの?」
「うっ……」
無邪気な言葉が、虚しく空を舞う。
「菫さん、一度、ちゃんと話した方がいいよ」
彼女の震える肩に手を置いて、促した。
「そうね、まだ分からなくても今日は、話しておかないと」
「ママぁ、なかないで」
「あのね……このおはかで眠るのは、いっくんのお星さまになったパパよ」
「おほしさまになったパパ?」
いっくんが不思議そうな表情で、首をカクンと傾けた。
「そうなの、いっくんにはお星さまになってしまったパパもいるのよ」
「んっと……パパぁ……いっくんのパパだよね」
いっくんが不安そうにオレに手を伸ばしてくる。
「あぁそうだよ。いっくん、人はいつか夜空に輝くお星さまになるんだよ」
そのまま抱き上げてやる。
いっくんは楓のような小さな手を、空に向かって伸ばした。
「いっくんのおほしさまになったパパぁ~ いっくんね、ちゃんとパパをみつけたよ。ありがとう!」
可愛い声が、寒々しい墓地に響く。
「いっくんってば」
今はこれでいいと思う。
「菫さん……彼の無念はオレが引き継がせてもらう。いっくんの成長をすぐ傍で見守らせてくれ」
生きているから出来ること。
それを大切に、ひたむきに生きていこう。
「潤くん、あなたのこと……本当に大好き!」
「わぁ~ パパとママがなかよし! いっくん、うれしいなぁ」
笑顔の花が咲く。
『花明かり』という言葉があるのを、兄さんに教えてもらった。
……
「潤……満開の桜って夜でも明るく感じられるよね。どうしてだか分かる?」
「花びらが白いからだろ?」
「それだけじゃないんだよ。人を惹き付けるものがあるからだと僕は思うよ」
「ふぅん……」
「今の潤は遠くからでも輝いているのが分かるよ」
「何だか照れるな」
「ふふ、僕もちょっと照れ臭いけど、どうしても伝えたくてね。今の潤……心に花が咲いているのが見えるんだ。夢や喜び、希望を持っているんだね」
「兄さん……兄さんこそ眩しいよ」
「潤……ありがとう。僕たちそれぞれの場所で幸せになろう! 潤の幸せは僕の幸せに繋がっているんだよ。それを忘れないで」
……
宗吾さんと芽生くんに囲まれ、擽ったそうに微笑む兄さんは、花のオーラを身に纏って静かな光を放っていた。
こんな人になりたいと思う人から、心のこもったエールを受けた。
「菫さん、改めて言うよ。オレと結婚して下さい。いっくんのお父さんにならせて下さい。彼にそう報告していいか」
「潤くん……っ」
「三人で幸せになろう!」
「うん! よろしくね」
「パパとママといっくん、いっしょがいい」
「これからは一緒だよ。同じ家で暮らそう」
「わぁ……」
いっくんの瞳の輝きは、夜空の星のようだ。
きっと……お空に逝ってしまった人の希望を受けて生まれてきた子なんだね、君は。
「嬉しい、私……こんな幸せになっていいのかな」
「オレも幸せだから、いいんだよ」
菫さんの笑顔も、また輝いていた。
菫さん、オレたちはお互いの花明かりで導きあって、同じ方向に向かって歩んで行こう。
「いっくんね、パパとママがだーいすき!」
いっくんがオレにギュッとコアラみたいに抱きついてくれる。
信頼というものをキャッチした。
「さぁ帰ろうか」
「うん、やることが沢山あるわね」
「菫さん……あのさ……オレと結婚式を挙げてくれないか」
「えっ」
「駄目か」
「嬉しい!」
時季はずれで荒涼とした墓地に、笑顔の花が咲く。
新しい家族の幸せが今、芽生えた。
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