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花明かりに導かれて 13

「潤くん、この坂道を登ったら、実家に着くわ」 「わかった」  いよいよだ。  菫さんのご両親に、正式にご挨拶する。  オレは、その使命に燃えていた。 「潤くん、今、すごく緊張している?」 「……している」    菫さんには変な見栄は張らずに、正直に答えた。 「私も緊張しているわ。でも信じている! 潤くんのこと認めてもらえるって」 「ありがとう」 「パパ~ いっくんもいるよぅ」  いっくんが、キュッと手に力を込めてくれる。  あぁ、可愛いな。 「パパ、いっくんのパパぁ」  先ほどから無邪気にオレを『パパ』『パパ』と呼び、慕ってくれる。  そんな、いっくんから更なるパワーをもらう。 「潤くん、私達は同じ速度で一緒に進もう!」  菫さんもいっくんの手を握って、俺たちは一列に繋がった。  夜空の星たちが手を繋ぐように――  坂道を登り切ると、玄関前に仁王立ちしている人が見えた。 「あれは父よ。いやだわ。あんな場所に立って……」  寄り添うように立つ、女性の姿も見えた。 「母まで揃って……もうっ」 『潤、緊張している? 素のままでいいんだよ。今の潤なら大丈夫。素直な気持ちで接してごらん。きっと上手くいくよ。潤は僕の自慢の弟だよ。兄さんは潤を信じている』  瑞樹兄さんからもらったエールを、思い出していた。  兄さんの言う通り、ありのままの姿を見てもらい、信じてもらおう。 「葉山潤です。オレは北海道函館市出身で今は軽井沢のイングリッシュガーデンで庭師の仕事をしています。す……菫さんといっくんと……結婚を前提にお付き合いさせていただいています」  語尾が震えたが、言い切った! 「潤くん、カッコイイ」  菫さんが嬉しそうに、微笑んでくれた。  以前なら出来るだけ体裁が良くなるように、虚勢を張っていただろう。  だが、今の俺は違う。  もうカッコなんて気にしていない。  菫さんといっくんを想う気持ちを、素直に伝えよう!  いっくんの温もりを膝の上に感じながら、オレは居間で挨拶をした。  菫の花言葉について問われた時、また兄さんを思い出した。 『潤は菫の花言葉を知っている? 謙虚、誠実、小さな幸せだよ。僕の好き言葉ばかりなんだ。だから潤のお相手が菫さんという名で良かったと思う。娘さんにこの名前をつけられたご両親だ。きっと潤のことも理解してくれるよ』  兄さんのお陰ですんなりと答えられた。  お父さんは少しだけ、悔しそうな顔をちらつかせていた。 「ふぅん、君は若いのになかなか物知りだな。だが流石に、これは知らないだろう。夏目漱石の句に『菫』が出てくるんだ。そこから娘に名付けたんだ」  その言葉に、ハッとした。  兄さんからの手紙に書かれていた言葉だ。 「それは……『菫ほどな 小さき人に 生まれたし』ですね」 「ほぅ、すごいな。知っていたのか」 「いえ……実は最近、兄が教えてくれました。オレの大切な兄が……」 「兄弟仲がいいんだな」 「はい。すぐ上の兄とは血は繋がっていませんが、尊敬しています。いろいろ……オレ、若い頃、失敗をしてきました。だから……同じ轍を踏まないよう、真摯にひたむきに生きていこうと思っています。どうかオレを信じてください」  沈黙に、緊張が走る。 「あなたってば、もういいんじゃないですか」 「うむ……潤くん……君はまだ若いが、真剣な態度を取ってくれてありがとう。娘……菫のことを……よろしく頼む。そして可愛い孫の樹のことを、どうか可愛がってやってくれ」  伝わった!  力でねじ伏せずに、心で伝えられた。  それが嬉しくて溜まらない。 「潤くん、良かった……良かったわ。どうぞよろしくね」 「パパぁ、じーじ、ばーばとなかよしさんになれたぁ?」 「あぁ、とっても仲良しになれたよ。オレ……父親を赤ん坊の時に亡くしていて……父を知らないんです。お父さん、いろいろ教えて下さい」 「潤くんに、教えることなんてない」 「えっ」  まだ駄目なのかと肩を落とすと…… 「我が家に……これからは沢山遊びに来るといい。君は今日から我が家の息子同然なんだろ? そうそう、私に園芸のことを教えて欲しいしな」 「あ、ありがとうございます」  嬉しさ余って、ドンっと机に額をぶつけてしまい、笑われた。 「パパぁ、いたいのいたいの、とんでいけ~」 「いっくん……」  いっくんの優しさに触れ、誰もが目頭を押さえた。 「優しい子だな、樹は。パパが出来てよかったな」 「うん! いっくんがパパをみつけたんだよ。すごいでしょう!」 「ありがとう。いっくん」  **** 「おはよう! みんな」 「くまさん、おはようございます」 「みーくん、よく眠れたかい?」 「はい。芽生くんの温もりが湯たんぽみたいで心地良かったです」  朝起きると、冷たい雨だった。  花冷えするような陽気だが、部屋の中は暖かい空気で包まれていた。 「いい匂いですね」 「あぁ、朝のスープを作っていた。勝手にキッチンを使わせてもらったよ」 「わ! すみません。宗吾さんは?」 「昨日、夜更かししたので、まだだろう」 「起こしてきますね」  慌ててベッドを抜けだそうとすると、パジャマの端を引っ張られた。 「お兄ちゃん……いかないで」 「芽生くん、起きたの?」 「ボク……こわい」 「ん? こわい夢を見ちゃったのかな?」 「ママのおかーさんに手をひっぱられて、つれていかれちゃうの。ボク……ここにいたいのに」  胸の奥がズキンと切なくなった。  玲子さんお母さんに、今の芽生くんの様子を知って欲しい。  大人が勝手にした行動が、子供をこんなに怯えさせてしまったことを理解して欲しい。 「俺、一度話してくるよ」  背後から思い詰めた低い声がした。 「宗吾さん! 起きていたんですか」 「あぁ、芽生の様子が気になってな」 「パパぁ……ボク……パパのところがいい」 「芽生、当たり前だ。お前は俺の息子だ」  くまさんがその様子を見て、深く頷いた。 「宗吾くんよ。ここは君の出番だな。きちんと意思表示をしてきた方がいい。次は手を引っ張られるだけで済まないかもしれないし」 「えぇ、そのつもりです。もう一度俺と玲子で取り決めたことを再確認してもらいます。責任を持って対処します」  宗吾さんの頼もしい声に、安堵した。  大丈夫、僕と芽生くんと宗吾さんは、いつも一緒だよ。 「パパ~」  芽生くんが宗吾さんに向かって大きく手を広げる。 「よーし、まずは腹ごしらえからだな。熱々のクラムチャウダーだぞ」 「わぁ……」  家族が揃っているのがいい。  大切に思い合える同士が、集うのがいい。                          

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