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花明かりに導かれて 20
駅に着くと、いっくんは約束通り自分の足でトコトコと歩いた。
両手をオレと菫さんに繋いでもらい、嬉しそうだった。
「いっくんね、きょうね、たのしかったし、うれしかったんだ」
「よかったね」
「じーじとばーばに、はやくパパをみせたかったの」
「本当にそうよね」
「パパぁ~ こんどはいっくん、どこにいくの?」
「次は北海道だよ。飛行機に乗るんだよ」
いっくんが空を見上げて、目を輝かせた。
「おほしさまになったパパのちかくもとおる?」
「えっ?」
菫さんは少し動揺したが、オレは一向に構わない。いっくんをこの世に置いて逝った彼を大切にしている。
「あぁ通るよ」
「よかった。いっくんね、ちょっときになってたの」
「いっくんの元気な顔を見せてあげよう」
「うん! ニコニコおててふるよ」
もう間もなく、そんな日がやってくる。
「菫さん、来週には行けそう? 休みを合わせるよ」
「うん! 早くご挨拶したいわ」
「ありがとう」
オレも菫さんも土日は休み難い職種なので、平日にしよう。
花屋の定休日に合わせて、一緒に行こう!
その晩、いっくんと菫さんを送り届けて、オレは独身寮に戻った。
母に電話をすると、怒られた。
「もうっ! どうなったのか心配していたのよ。ちゃんと挨拶出来たの? お相手のご家族に受け入れてもらえた? 心配でたまらなかったのよ」
「ご、ごめん」
瑞樹兄さんに電話をして満足してしまったとは言えないよな。
「あのさ、そっちに連れて行ってもいいか」
「もちろんよ! 菫さんといっくんに早く会いたいわ。家に泊まって行ってね」
「えっ」
「ちゃんと客間を作ったのよ。うちには帰省してくれる可愛い息子が二人もいるから」
「ありがとう、母さん」
「潤、ここはあなたの家でもあるのよ。いつでも帰っていらっしゃい」
「嬉しいよ」
いろいろあって家を離れたオレだが、こんな風に迎えてくれる家族がいる。
帰れる場所があるっていいな。
オレにとって函館の家は、大切な家族のいる場所だ。
翌日、朝から会議室が騒がしい。今日は北野さんが参加して季節のイベント案を出し合っているから、議論が白熱しているのか。
黙々と庭園で薔薇の手入れをしていると、大きな声で呼ばれた。
「潤、こっちに来い! お前も今すぐ会議に参加しろ」
「え?」
何故、下っ端のオレが会議に?
手を洗い、おずおずと会議室に入ると、オーナーとその奥様、北野さんが温かく迎えてくれた。
「君が葉山くん?」
「はい、そうですが」
「企画案を読ませてもらったよ」
「え?」
それはだいぶ前に作成した、薔薇園での季節のイベント企画案だった。
「実にいいねぇ」
「本当にロマンチックよね」
「ええ?」
昔も今も優しい兄さんの幸せを願うと、自然に浮かぶ案があった。
それを夢いっぱいに膨らませたものだった。
「ローズガーデンの定休日に貸し切りウェディングを1日1組だけ受け入れるって、施設を有効活用出来ていいな」
「まさに秘密の花園のようよね。今の時代ですもの、どんなカップルにも開放したいわ。『この薔薇園は門を閉じれば、広大なプライベートガーデンに変身する。ここでなら、どんなパートナーでも、思い思いの結婚式が可能となります』という謳い文句が気に入ったのよ」
オーナーの奥さまも絶賛してくれる。
「潤、この案を実用するためにも、ぜひ模擬結婚式を挙げてくれないか」
「へっ? オレがですか」
「そうなのよ。やっぱり本当に可能かどうか、写真に映えるのかは、生のウエディングをやってみないとね」
風が吹く。
これは、オレにとっては追い風だ。
「だから誰か花嫁さん役も必要なのよ。 スタッフでやってくれそうな子はいない?」
「あのっ、それなら……あのですねっ」
「どうした?」
「本当に結婚式を挙げさせてくれませんか! オレの」
「へっ?」
「オレ、実は間も無く結婚するんです!」
「そうなのか。やったな。挨拶が成功したんだな」
「はい! だから、ここで彼女と結婚式を挙げたいです」
「まぁ素敵ね。模擬結婚式でなく本物なんてリアリティが出ていいわ」
「あの……奥様、彼女には三歳の男の子がいるんですが、一緒にいいですか」
反対されるかも。
だが絶対に譲れない。
緊張して返事を待った。
「もちろんよ。多様性の時代ですもの。坊やには天使の衣装を着せましょう。恋のキューピットみたいに」
「そうなんです。本当に恋のキューピットなんです」
「素敵な話ね! 早速、具体化させましょう。葉山君の結婚式を全力で応援するわ」
「あ……ありがとうございます!」
こんなにトントン拍子に進むなんて。
「潤、良かったな。追い風には乗れよ。躊躇するな。勢いが大事な時もある!」
「はい!」
この朗報を、一刻も早く菫さんといっくんに知らせたい。
****
「みーくん、いいぞ! その調子だ」
「はい!」
僕はもう服が汚れることなど、気にしていなかった。
原っぱに寝そべって、小さな花の写真を夢中で撮っていた。
白い花も黄色い花もすみれ色の花も、皆、個性があっていい。
大地から芽吹くものはいい。
花びらの1枚1枚にまで、生気が漲っている。
僕は大地から刈り取られた花を生ける仕事をしているが、あの花たちの望郷の念を、これからはもっと大切にしたいよ。
「みーくん、川のほとりにも行ってみるか」
「是非!」
くまさんに連れられて降りた沢は、清らかな水の流れが印象的な場所だった。
「みーくんには、瑞々しいものが似合いそうだな」
「僕も好きです」
「ほら、あの岩場に咲く花なんてどうだ? 水飛沫を浴びて輝いているぞ」
「いいですね。行ってきます」
「おっと、岩場は滑るから気をつけろ」
「あぁっ!」
忠告されたのに、僕は足を滑らせて、ポシャンと尻餅をついてしまった。
「みーくん! 大丈夫か」
「あ、はい……ふふっ、僕……小さな子供みたいですね」
「そうだな。なっくんは、よく服を濡らしていたが、みーくんも負けてないな」
「くすっ、夏樹はしょっちゅうでしたよね。あぁ……僕、恥ずかしいですが、なんだか楽しい気分です」
「早くズボンを脱げ! 風邪引くぞ。日向で乾かしてやるから」
「ええっと……」
それはちょっと……いくらくまさんでも恥ずかしい。
「なあに大丈夫さ。ちゃんと預かって来たから」
「え?」
くまさんが笑いながら大きなリュックから出したのは、何故か僕のお着替えセットだった!
これでは幼稚園児のようだ。
宗吾さんのニヤニヤした顔が浮かぶよ。
「ちょ、ちょっと貸して下さい」
「みーくん、愛されてんなぁ」
袋の中には……
出た!
みずき印のパンツとスウェットパンツ!
「くす、くすっ」
「さぁ、木陰で履き替えて」
「はい!」
愛されているなぁと、僕の頬も自然と緩んでしまう。
以前だったら、こんな状況に陥ったら、真っ青になり思い詰めていただろうに……
今の僕は、本当に明るくなった。
今が幸せだから、今を楽しむ余裕が出来た。
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