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花明かりに導かれて 23

「これにて、野外撮影会は終了です、皆さんが撮った写真は林さんに提出して下さい。これは俺のポリシーですが。写真は点数を競いあうテストではないと思っています。だから俺はあなた方の作品に、添削もしません。点数もつけません。ただその写真から受けた印象を書き添えさせてもらいます」  くまさんの熱が籠もった言葉に、自然と拍手が広がっていく。  その考え、腑に落ちる。  僕も好きだ。 人はそれぞれ違い、感性も様々だ。  それに対して優劣をつけることは、時に息苦しい。 「じゃあ解散しましょう!」 「nitay先生、ありがとうございます」 「写真集を持ってきました。サインしてもらえませんか」 「ニタイさん!ファンです!」  くまさんは、すっかり人気者だ。  僕はその様子を目を細めて見つめた。  僕のお父さんも生きていたら、くまさんみたいに慕われていたのかな?  それにしても僕のくまさん、カッコイイな。  優しくてほんわりとした感情で満たされていた。  そのまま現地解散になった。荷物をまとめているとカメラマンの林さんがやってきた。 「瑞樹くん!」 「林さん、今日はお疲れさまでした」 「君がnitayさんの連絡先を教えてくれたお陰で、本人に参加してもらえて良かったよ。お陰で大盛況だったよ。ありがとう」 「お役に立てて良かったです」  林さんにじっと見つめられたので、小首を傾げてしまった。 「あの? 何か」 「君って本当に澄んだ瞳をしているだな。滝沢さんがメロメロになるの分かるなぁ」 「え? あ、あの……」  突然、宗吾さんの名前を出されて、僕は真っ赤になってしまった。  林さんは宗吾さんの会社の中で、唯一僕らの関係を知っている人だ。 「ごめんな、こんな場所で言って。そうだ、君たちのこと、nitayさんは知っているのか」 「あ……はい」 「そうか、なら、もう誰もいないしいいよな」 「え、えっと」  いやいや……誰もいなくても、恥ずかしい。  今までこんな経験はしたことがないから。  一馬との関係は誰にも話せない秘密だったから、まだ慣れないんだ。 「これは滝沢さんにお土産だ」 「何です?」    突然USBメモリーを渡されて、困惑した。 「今日の野外撮影記録だよ。君も結構写っているよ」 「え! まさか……着替えているところをですか!!」  し、しまった……宗吾さんもいないのに墓穴を掘った。   「は? ははっ君って案外面白いねぇ。清楚な顔して、なかなかやるなぁ。だが俺を滝沢さんと同類のヘンタイにはしないでくれよ」 「……ううう、今の、忘れて下さい」 「そんなの撮ったら滝沢さんに俺が抹殺されるよ。純粋にカメラに夢中になっている君の姿が写っているよ」 「……あ、ありがとうございます」  林さんと話していると、草むらが大きくて揺れて、大柄なくまさんが現れる。 「わ! びっくりした。 熊田さんは本気で熊みたいですよ」 「ははは、だからみーくんに『森のくまさん』と言われるようになったんだ」 「なるほど、今日はありがとうございました」 「いい経験をしたよ。久しぶりに色んな感性に触れたよ」 「また是非お願いします」 「あーコホン、みーくんに会えるのなら、来てもいい」  林さんが不審そうに僕を見る。 「いや、その……くまさんは僕の父親的存在なんです」 「あぁそうか。そういうことなんだね。またお待ちしています」  帰り道はくまさんと二人だった。 「みーくん、疲れただろう?」 「楽しかったですね」 「あぁ、帰るのが名残惜しいよ」 「僕もです。また絶対に来てくださいね」  このまま話していると、僕……子供みたいに駄々を捏ねてしまいそうだ。 「もちろんだよ」 「空港まで送ります」 「大丈夫だよ」 「でも……」 「君を待っている家族のもとに早く帰りなさい」 「あ……はい」  名残惜しいのは僕の方だ。 「くまさん……」 「みーくんは甘えっ子だな。昔も今も――」 「僕……甘えっ子でした?」 「俺にはな」 「くまさんの広い背中を見るといつも安心できました」 「うれしいよ」  僕は林さんにもらったUSBを、思わずくまさんの手に置いた。 「これはくまさんが持っていて下さい」 「でもこれはみーくんが貰ったものだよ」 「……宗吾さんには、生身の僕がいるからいいんです」 「はは、さり気なく惚気ているんだな」 「……いや、そんなつもりでは」 「ありがとう。もらっておくよ。みーくんに会いたくなった時に見るよ」  くまさんとは、品川駅で別れることにした。  くまさんは空港へ、僕は家に戻ろう。 「みーくん、幸せに暮らしていてくれてありがとう」 「くまさん……くまさんっ」  駄目だ、くまさんの前では小さな子供に戻ってしまう。  そこに連絡が入る。 「あ、宗吾さんからです」 「なんと?」 「え? 今、芽生くんと一緒に空港にいるそうです。くまさんのお見送りをすると」  嬉しい! これは嬉しいサプライズだ。 「だから、僕も来るようにって」 「参ったな。君の恋人は漢過ぎるな。俺も負けていられないよ」 「はい、宗吾さんはいつも僕を喜ばせてくれます」 「愛されているんだな、みーくん」 くまさんには包み隠さず、僕と宗吾さんの関係を話せる。    こんな風に、惚気混じりの事も言える。    不思議だ。  一馬……君との仲はひた隠しにしたのに。    空港に到着すると、宗吾さんと芽生くんが手をブンブン振っていた。 「お兄ちゃん~!」 「瑞樹、お疲れさん。おおっ! やっぱり着替えが役立ったのか」  宗吾さんが腕を組んで、得意気に笑っている。   「は……はい」 「みーくんはさ、小川にお尻をぽちゃんだったんだ」 「く、くまさんっ!」  宗吾さんの横に立っていた芽生くんが、僕のヒップをじっと見てくる始末だ。   「お兄ちゃんってば、やっぱりシンパイだな~ パンツもちゃんとはきかえた?」 「め……芽生くんまで」  これはもう、苦笑するしかなかった。  さぁ、もう時間だ。  搭乗時刻、ギリギリになってしまった。  芽生くんが描いてくれた絵を持って見送った。 『くまさん、またあそびにきてね! だいすき!』  画用紙の中で、くまさんが笑っている。  それを見たくまさんも、にっこり笑っていた。 「宗吾くん、坊や、みーくん、楽しい時間をありがとう!」 「くっ……」  僕は無性に離れがたい気持ちが溢れて、言葉に詰まってしまった。するとまるで父親が息子を励ますように、くまさんが僕の背中をポンポンと優しく叩いてくれた。 「みーくん、そんなに寂しがってくれるのか。嬉しいなぁ。君は昔と少しも変わらないな。また来るよ。だから、みーくんは、いつも笑っていてくれよ!」 「はい!」    くまさんは幼い頃のように無条件に甘えられる人だ。  宗吾さんと芽生くんが、僕らを暖かい眼差しで見守ってくれているのも、嬉しかった。  居心地がいい時間、場所……  それは信頼しあってこそ、生まれるものだ。  宗吾さん、ありがとうございます。  芽生くん、ありがとう。  くまさんも、ありがとうございます。

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