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花明かりに導かれて 27
「ただいま」
誰もいないログハウスに灯りを灯すと、キタキツネのコンがどこからか入り込んだのか、ちょこんと玄関先で待っていてくれた。
「おぉ、お前か。どれ、少し話し相手になってくれ」
キタキツネを相手に、俺が留守にしてた間、何をしていたのか、口に出した。
実に不思議な数日間だった。
天涯孤独で、この地で大樹さんたちを弔い、朽ちていくだけの身体だと思っていたのに違ったようだ。
まず、俺を父親のように慕ってくれる、みーくんが可愛くて仕方が無い。もう彼は大人で子供ではないと頭で理解していても、小さなみーくんがちらついて、愛おしさが募った。
同時に葛藤した。大樹さんが出来なかったことを、大樹さんがしたかったことを、この俺がしてもいいのかと。だが、今は恋人と幸せそうにしているみーくんに、一つだけ足りないものを見つけてしまったのだ。
それは『父の愛』だ。
俺が大樹さんから受け継いだいことを、大樹さんに代わって伝えてやりたい。
そんな純粋な願いから、みーくんと交流した。
カメラ指導の仕事など、いつもなら即、断っていたのに、みーくんと会えるならと飛んで行ったのさ。ゲンキンだよな。
とても楽しい時間だった。
彼の家族の家に招かれ、家族の団欒を味わってしまった。それはまるで大樹さんと澄子さんが生きていた頃のような、幸せ色の時間だった。
天井にや壁に光る星を描いたのも、有意義なことだった。
俺のこの手……
大樹さんと澄子さんとなっくんを死の闇に葬ったこの手が、役立つなんて。
みーくんの清らかな笑顔を守ってやりたい。
俺は、父親のポジションで、宗吾くんと芽生くんの背後に控えて、いざというときはドンと受け止めてやれる存在になりたい。
そんな願いを胸に函館に戻ってきた。
空港で、ふと……みーくんをここまで生かしてくれた葉山さんに挨拶をしたくなった。
10歳のみーくんを引き取り養子にしてくれて、あんなに素晴らしい青年に育ててくれた人に感謝したい。
ただその一心だった。
だが、女手一つで3人の息子を育ててあげた人には、後悔の念がちらついていた。ひとりひとりに心ゆくまでのケアが出来なかったことを悔いているようだった。
そんなのは不要だ。
あなたはみーくんを生かし、成長させてくれた人だ。
それを伝えると、花が咲いた。
もうずっと他人になぞ関心を持っていなかったのに、この甘い感情はなんだろう?
この女性を撮ってみたい。
この女性の人生に歩み寄りたい。
まさかこの俺がこんな感情を抱くなんて。
これも全部、みーくんのお陰だ。
凍てついた心を解してもらえたから……俺は人に興味を持ち、感謝し、触れ合いたいと思えるようになったのだ。
「コン……おいで」
コンは気まぐれな奴だが、今日は俺の傍にいてくれる。
「ぬくもりか……それはこの17年間、封印していたものだ」
北国の春は遅い。
だが目を閉じると、心に花が咲いていた。
こんな感情はずっと忘れていた。
心の中が明るいなんて思ったことなんて……大樹さんたちが逝ってしまってから、一度も思ったことなんてなかったのに。
あぁこれは『花明かり』と似ているな。
心に明かりが灯ったのだ。
人生はまだこれからだ。
俺も……幸せになっていいんですか。
大樹さん。
答えは夜空の星が教えてくれる。
「熊田、やっと目覚めたのか。何度も何度も呼んだのに、お前は自分の殻に閉じこもっていたから聞こえなかったようだ。熊田が幸せになった姿を見せてくれよ。これからは熊田は自分の幸せを育てることに集中して生きろ! 瑞樹はお前に任せたよ。あの子の父親役、頼んだぞ。熊田は、これからが出番だ」
「大樹さん……大樹さん、分かりました。俺、幸せを目指してみます」
「あぁそうだ。幸せになれ! なってくれ。俺たちに人生の全てを捧げないでくれよ。熊田の命は、熊田のもので、熊田の人生を生きてくれ」
星からの願いを浴びた。
「コン……? これはコンが見せてくれた夢なのか」
コンは欠伸をして玄関先で眠ってしまった。
俺は何かが抜け落ちたような、憑きものが取れたような、清々しい気持ちになっていた。
****
「宗吾さん、今日の芽生くんは……少し不安定でしたね」
「そうだな。もうすぐ2年生になるんだからというプレッシャーと、瑞樹がいない不安が重なったんじゃないか」
「……やっぱり、今日一緒にいてあげれば良かったです」
ベッドの中で後悔の念を呟くと、宗吾さんに諭された。
「瑞樹、それは違うだろ。今日は君にとって大切な時間だったはずだ」
「ですが」
「芽生も成長していくんだよ。こうやって……少しずつ大人になっていくんだ。瑞樹はちゃんと夜になったら戻ってきて抱きしめてくれただろう?」
「……はい」
宗吾さんの言葉は心地良い。
押しつけがましくなく、僕の心を包んでくれる。
「安心感があれば、大丈夫だ。風呂場で赤ん坊のように抱っこしてくれてありがとうな。芽生、すごく嬉しそうだったな」
「僕も……嬉しかったです。どんどん手が離れていくのは分かっているので……つい」
「いいんだよ。お互いになくてはならない存在だ」
宗吾さんもです。
僕は宗吾さんがいるから、この家でこんなに穏やかに過ごせているのですよ。
「もう電気を消そう」
「はい」
人工的な明かりと引き換えに浮かび上がるのは、満天の星。
この星は、僕にとって花明かりのようだ。
満開の桜のまわりは仄かに明るく感じるだろう。
それと同じだ。
僕を惹き付けるオーラを放っている。
「お父さんとお母さんの星……夏樹の星」
「俺の星、瑞樹の星、芽生の星」
「くまさんの星」
「そうだ。今日も七つ星は健在だ」
心の中に、また花が咲く。
夢を抱く日々だから。
喜びに溢れる日々だから。
しあわせだから……
『花明かりに導かれて』 了
あとがき(不要な方は飛ばして下さい)
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本日で『花明かりに導かれて』は、おしまいです。
くまさんを囲む、ハートフルな展開となりました。
幸せの芽もあちこちに生まれ、今後芽吹くのが楽しみですね。
次は菅野とこもりんが登場しての甘いデート編を予定しています。
いつもリアクションで応援ありがとうございます。
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