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憩いのダブルデート 4

 夕食の店は、もう決めていた。  そもそもダブルデートの目的は、おぼこい小森くんに色気を授けることだと、管野くんから聞いていた。  俺の瑞樹の色気を分け与えるのは、もったいない気もしたが、管野くんは瑞樹の親友だから一肌脱ぐつもりだ。  さぁ、ここからが俺の腕の見せ所だ。彼らの痛い失敗談は、既に管野くんからリサーチ済みだ。  まず小森くんに、空腹はNG。  あんこもしっかり補充してからが望ましい。  お酒には慣れていないので、飲ますのはNG。  あんこで釣るのはOK。  好奇心はある。  やる気はある。  可愛げもある。  見たところ、色気を授かる気も満々のようだ。  くくくっ、本当に面白い。  ぶっ飛んだカップルだよな。 「ここだ」 「カツ丼ですか」 「そうだ、験担《げんかつ》ぎだ」 「ありがとうございます! 俺、今日こそは、こもりんのあんこへの執着と煩悩に勝ってみせます」 「お前なぁ……ライバルがあんこって、それでいいのか」  カツ丼を食べながら問いかけると、彼は爽やかに笑った。 「いいんです。最後は勝てば! よしっ、絶対に今日こそは」 「ははっ、実はこの先にいいホテルがあるんだ」 「はい! 今日はこの流れに乗って、一気に押し倒します!」  鼻息の荒い男同士の会話に、瑞樹は面映ゆい表情で俯いてしまった。  一方、こもりんは無心でカツ丼のおかわりをしていた。 「おいおい、そんなに食って大丈夫か」 「あぁ……こもりんの通常運転です」 「へぇ、あの華奢な身体で、よく食うんだな」 「そうなんですよ。俺が食欲では負けてばかりですよ」  おいおい、せっかくカツ丼を食わしているのに気弱なことを。  こうなったら俺も全力を、管野くんを男にしてやりたい。 「よし、食べ終わったら、次の店だ」 「え? はしごですか」 「甘味だよ。それを怠っては負けるぞ」 「あっ、そうか!」  くくっ素直な男だな。  老舗の甘味屋さんであんみつを二人分テイクアウトした。 「あのぅ~これ……まだ食べちゃだめなんですか」  小森くんが涙目で訴えてくる。 「食べたい?」 「もちろんです。これでは蛇の生殺しですよぅ」 「はは。それは熾烈《しれつ》な問題だな」 「うう、早く食べたいなぁ。このお店の気になっていたんですよ」 「じゃあ少し休憩していくか」  ニヤリ――  気付けば、以前、瑞樹と入ったラブホテルに辿り着いていた。 「ここで、休憩したらどうだ?」 「わぁ~ ここに入れば、これを食べていいんですか」 「もちろんだ。ついでに食べられちゃうかもな」 「え?」  キョトンとする小森くん。  おろおろする瑞樹。 「宗吾さん、僕たちはそろそろ」 「まだ時間があるよ。21時に迎えに行くと言ってある」 「で、ですが……」  ダブルデートで一緒にラブホに入るなんて、瑞樹の思考回路にはないもんな。 「は……恥ずかしいんですよ」  顔を真っ赤にして、訴えてくる。 「せっかくですし、葉山さんも一緒にイキましょうよ」  小森くんの無邪気な誘いに、瑞樹が卒倒しそうになる。   「い……イク!!! そんなもう……無理、朝もシタ……はっ!」  瑞樹ぃ~ また墓穴を掘ったのか。  君はパニックになればなるほど迂闊な言葉が飛び出すのだな。 「あぁぁぁ……」  顔を両手で覆って、しゃがみこんでしまった。 「葉山、ドンマイ、気にすんなって。なんか葉山って清楚なようで、結構脳内煩悩なんだなぁって新鮮だよ」 「か……管野、今の忘れて。さっきのも、朝のも……全部忘れて」  あぁ可愛い。  瑞樹が恥ずかしがるほど、愛情が満ちてくるよ。 「さぁさぁ若いものよ、入った入った!」 「そうそう、ここには和菓子ルームが、あるんだよ。ちょうど空いているな」 「和菓子の部屋ー!!!」  こもりん、狂喜乱舞。  俺のリサーチ力のすごさよ。  と自慢したくなるよ。 「クッションがどら焼きで、布団が最中を模しているんだってさ」 「さ、最高っすね。今日こそ、俺はこもりんをいただきます」  キリッとした管野と、ワクワクが隠せないでこもりんを、まずは見送った。 「じゃ、ここで現地解散な」 「行ってきます~」 「お達者で」  瑞樹は呆然と立ち尽くしたままだ。 「瑞樹、俺たちも行こう」 「あ……あの」  ホテルとは反対側に歩き出した俺に、瑞樹が目を丸くする。 「君を連れて行きたい場所があるんだ」 「……?」  瑞樹を連れていったのは、ビルの最上階に出来たばかりのプラネタリウムだった。 「こういうデートらしいことしてみたかったんだ」 「あ……っ、星空を」 「君は星空が好きだろう」 「はい」  意外な展開に、涙目の瑞樹。  君の身体も愛しているが、心も愛しているんだよ。  朝、身体は愛させてもらったから、今度は心の番さ。  いくらなんでも親友とラブホテルの隣室で致すのは、恥ずかしいよな。 「嬉しいです。僕……プラネタリウムは初めてです」 「良かった。瑞樹の初めてをまた見つけた」 「宗吾さん……」 「星が綺麗な場所にいられなくて、ごめんな」 「そんなことないです。寝室にはいつも綺麗な星が見えるし……僕にとっての星は宗吾さんなんです」 「嬉しいよ」  プラネタリウムのテーマは『天上の天使』    亡くなった人が夜空の星となり、天上で天使として生まれ変わっていく物語だった。  瑞樹と俺は手を握りしめて、その世界に魅了された。  父さん……俺、愛する人の笑顔を守ることばかり考えていますよ。  この姿、あなたにも見せたかったです。  珍しく亡くなった父のことを思いだしていた。  横を見ると、瑞樹が瞳を潤ませて、夜空を見つけていた。  ずっと傍にいるよ。君の……  その気持ちを込めて、『愛している』と手をギュッと握ると、瑞樹の頬が綻んだ。  幸せになろう、ふたりで……。 もっともっと、ずっとずっと。   ****  軽井沢・プリンセスホテル。  イングリッシュガーデンでの模擬ウェディングのために、俺たちは衣装選びにやってきた。  表向きは模擬だがオレたちの中では真実の結婚式だから、真剣だ。 「ママぁ、けっこんしきって、しろいどれすきるの?」 「うーん、でも……私が着てもいいのかなぁ」 「菫さん、是非、着て欲しい」 「潤くん……でも……私は初婚じゃないのよ」 「オレにとっては、初めてだよ」 「あ……そうよね」  そんな話をしていると、いっくんがオレと菫さんの手をつないでくれた。   「えへっ、あのね、パパとママといっくん、みーんなで、まっしろしろになるよ」 「えー?」 「だからね、いっくん、これー!」  指さしたのは、ベルボーイとベルガールの衣装コーナーだった。   「えっとね、いっくん、これがいい」  いっくんが嬉しそうに抱きしめた衣装は…… 「天使!!」     

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