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にこにこ、にっこり 2

「わぁぁ、ドーナッツがいっぱい!」  お母さんが大きな丸いお皿に、買ってきたドーナッツをずらりと並べてくれた。 「あのね、これ、ボクがえらんだの! おさとうのぼうしをかぶっているんだよ」 「とても可愛いね」 「あー! パパたちのは、チョコレートがかかっているよ」 「芽生くん、チョコ好きだから、これにしたんだ」 「うれしいよ。どっちもおいしそうだなぁ」    お皿の隅っこには、半分になったドーナッツが載っていた。 「そうか。おばあちゃんは、おじいちゃんと『はんぶんこ』したんだね」 「まぁ、よく気付いたわね」 「えへっ、おじいちゃんもいっしょが楽しいよね。おじいちゃん、おいしいですかー」    芽生くんが嬉しそうに、亡くなったお父さんの写真に向かって、手を振った。  芽生くんの言葉は、周りをいつも和ませてくれるね。 「ねぇねぇお兄ちゃん、ボクと『はんぶんこ』してくれる?」 「うん? いいよ」 「あのね、カレーライスがおいしかったから、2つはおなかいっぱいなんだ。でもどっちもたべてみたくて。いい?」  芽生くんの好奇心旺盛で積極的な性格が、可愛い。  それにしても……半分こって、懐かしい響きだ。  夏樹もよく、おやつを半分こしてくれた。 『おにいちゃん、なつきの、はんぶんあげるね』 『じゃあ、僕のも半分あげるよ』 『おにいちゃん、だいすき! はんぶんとはんぶんで、くっつけるとまんまるだね』 『うん!』  同じおやつでも半分こしてもらったものは、格別だったよ。 「あのね……」 「ん?」 「『はんぶんこ』って、『なかよしのしるし』なんだよ」 「そうだね。芽生くんに分けてもらえて……お兄ちゃん嬉しいよ」  そんな話をしていると、憲吾さんが咳払いをした。 「あーコホン、ところで芽生はもうすぐ2年生になるな」 「うん! いちねんせいがはいってくるから、ボクがんばるよ」 「そこでだな」  憲吾さんの一言一言は重みがある。 「私が進級お祝いをしてあげよう」 「『しんきゅう』って?」 「芽生くん、2年生になったのをお祝いしてくれるって」  優しく教えてあげると、芽生くんはくすぐったそうに笑っていた。 「実はだな、皆で行ってみたい場所がある」 「兄さん? また何を思いついたんですか」  宗吾さんも好奇心旺盛な顔で、身を乗り出す。  芽生くんと同じ表情だ。   「芽生は『丸』が好きそうだから、円卓がある店に連れて行ってやりたくなった」 「えっと? あぁそれって中華ですか」 「その……コホン、横浜の中華街なんてどうだ? 彩芽も皆と一緒に出かけられるようになったし」 「いいですね。いい店を知っているんですか」 「いや知らない。宗吾が探してくれ」 「はは、丸投げですか。いいですよ」 「悪いな。おごってやるから」 「やった!」     わぁ……団欒ってすごいな。  輪の中から、次々と楽しい話題が飛び出してくる。  宗吾さんと憲吾さんの兄弟仲も、ますます良好だ。  一人一人の心がちゃんと繋がっているって、とても素敵なこと。  僕もその一員になれたことに、感謝しよう。      ****  3月下旬の日曜日。  僕は潤の熱いコールを受けて、芽生くんと一緒に軽井沢に遊びに行くことにした。  潤の結婚相手の菫さんといっくんに会うのが、待ち遠しいよ。 「じゃあ、行ってきます」 「悪いな、今日は付き合えなくて」 「いえ、急な仕事、お疲れ様です。芽生くんをお預かりしますね」 「ふたりで楽しんで来い」  休日出勤の宗吾さんとは、新幹線のホームでお別れだ。 「……瑞樹、本当に大丈夫か」 「はい、もう大丈夫です。今日は芽生くんが一緒ですし」 「……」  宗吾さんは、それでも尚、心配そうな顔をしていた。 「あの? 僕って信用ないですか」 「そうだなぁ、もしもキタキツネが現れても、勝手についていくなよ」 「あ、それは……はい」  確かに大沼で崖から落ちた前科があると、苦笑してしまった。 「パパ、そんなにシンパイしなくてもダイジョウブだよ。ボクがついているもん」 「いやいや、それも心配だ」 「ボクがキシさんになるからだいじょうぶだもん!」 「うぉー 息子にいいところ持って行かれる。あぁ……やっぱり俺もくっついて行きたい」 「宗吾さん、あの……僕も残念です。出来たら一緒に行けたら良かったのですが。今度は絶対一緒に行きましょう」 「ううう、相変わらず瑞樹のフォローは天使だなぁ」  新幹線が動き出すと、宗吾さんはいつまでも手を振っていた。    日帰りなので、すぐに帰ってくるのに……  でも、少し嬉しい。 「わぁい、お兄ちゃんとデートだね」 「くすっ、よろしくね」 「いっくんって、どんな子かな? ボクいっぱいあそんであげるんだ」  ところが窓の外が田園風景になってくると、ほんの少しだけ心細くなった。 「あっ……」 「お兄ちゃん? どうかした?」 「ううん、何でもないよ」 「……ボクが手をつないであげる」 「……あ、ありがとう」  可愛い手、温かい手。  あの日……  真っ青になって震えていた僕は、もういない。  今は小さな温もりが、僕の手を掴んでくれている。    **** 「いっくん、どうした?」 「えっとね、いっくんね、みつけたの」 「?」  兄さんと芽生くんを迎えに駅まで行こうとしたら、いっくんが道端で立ち止まった。 「何かいいものあったのか」 「あったよぅ!」 「ああ、いっくんってばお手々が汚れちゃうじゃない。もう駄目よ」 「菫さん、駅で洗えばいいよ」 「あ……うん、そうよね」  いっくんの手には、小さな葉っぱが二枚のっていた。 「これね、めーくんの」 「可愛い葉っぱだな。これは何の葉だろう?」 「こっちはね、みーくんの」 「綺麗な葉っぱだな」  へぇ、『みーくん』と『めーくん』か。    可愛いコンビだな。  そんな風に呼ばれたら、兄さんはどんな顔するかな?  きっと優しい甘い笑顔を浮かべるのだろう。 「さぁ、いっくん、行くぞ!」 「ぱぱぁ……だっこ、だめ?」 「いいよ。飛行機になろう!」 「わー!」 「それっ、ビューン!」    大好きな兄にもうすぐ会えると思うと、ハイテンションになってしまうよ。 「待って待って……潤くんって、もしかして」 「ん?」 「かなりのブラコン?」 「わ! 会う前から分かる?」 「くすっ、素直に認めるのね」 「ごめん」 「いいのよ。家族愛って大事だもん。潤くんのそんな所……スキよ!」  菫さんのとっておきスマイルを浴びると、途端に締まりのない顔になってしまう。  ふと、滝沢さんのデレ顔を思い出して、同類だなと苦笑した。  今のオレって、かなりの幸せ者だ!   こんな笑顔を兄さんに見せたかった。  だから嬉しい。 

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