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にこにこ、にっこり 5
原っぱに潤と並んで座り、芽生くんといっくんが仲良く駆け回る様子を眺めていると、じわじわと懐かしい気持ちが込み上げてきた。
いっくんが3歳、芽生くんはもうすぐ8歳だ。
5歳差の仲良し兄弟のようだ。
僕と夏樹の年の差も、ちょうど5歳だった。
夏樹、元気にしてる?
君ともこうやってよく野原を駆け回ったね。
僕よりずっと元気で明るい夏樹はいつもニコニコ可愛くて、僕も君に引っ張られて明るく健康的な少年へと成長出来たんだよ。
君が5歳、僕が10歳の頃には、僕は足も速く健康になり、幸せが満ちあふれていたよ。
夏樹がいれば、この先の未来も光り輝くと信じていた。
「兄さん? もしかして昔を思い出しているのか」
「あっ、ごめん。そんなつもりじゃ」
「いや、いいんだ。夏樹くんのことだろ?」
「……やっぱり、ごめん」
隣には潤がいるのに、僕はまた過去を引き摺って不快な思いをさせてしまった。
「兄さん、謝らないでくれ。謝るのはオレの方だ。ずっとごめんな」
「なんで潤が謝る?」
「オレさ、小さい頃ひねくれていて、亡くなった弟さんにまで嫉妬して……」
「そんなことない! そんなことないんだよ、潤」
「もう遠慮せず話して欲しい。夏樹くんとの思い出をもっともっと知りたい」
潤の穏やかで優しい声が、心に響く。
潤、ぐっと優しくなって。
いっくんと接しているからなのか。
「夏樹くんって、明るい子だった?」
「うん」
「きっと元気な子だったんだろうな」
「うん」
「兄さんと仲良かったんだな」
「うん、とても」
「オレも一緒に遊びたかったよ」
「うん、きっと潤とも仲良くなれるよ」
「嬉しいぜ」
潤との会話はどこまでも凪いでいた。
いつの間にか菫さんがやってきて、僕達を見下ろして微笑んだ。
「二人の会話、とてもいいわね」
「菫さん……オレは昔、兄に冷たく当たって、酷い奴だったんだ」
「潤くん、そんなに自分を責めないで」
「……潤は小さかったから忘れてしまったかもしれないが、そんな思い出ばかりじゃないんだよ。それをちゃんと伝えてやればよかった。もっと早く」
「えっ」
僕は立って、潤の前に手を差し出した。
「ジューン、僕たちも走ってみないか」
「兄さん?」
「身体が覚えているはずだから」
僕は潤の手を取って、走り出した。
「に、兄さん?」
「まだ駆けっこでは負けないよ」
「えっ」
「おいで!」
僕は全速力で原っぱを駆け抜けた。
風を斬る。
この感覚に、大沼ではなく函館での日々を思い出した。
5歳の潤。
君はいつも僕に反抗していたわけではないよ。
ごきげんな日も、悪い日もあった。
こうやって原っぱを僕と走ったこと、ほらっ思い出して。
「兄さん、兄さん! 待ってくれ」
ハァハァ、立ち止まって息を整えて、潤を見上げた。
「参ったな。兄さんの足、早すぎ!」
潤はそのまま芝生に寝そべった。
「……そうか、やっと思い出したよ。兄さんと見上げた空と白い雲を」
「走った後は、こうやって二人で寝そべって空を見上げたよね」
「オレは、あの雲が旨そうだとか、そんなことばかり」
「くすっ、楽しかったよ。思い出してくれてありがとう」
僕にとって空は……どんなに背伸びしても手が届かない場所だった。
お父さんとお母さん、夏樹が旅立ってしまった場所だったから。
しかし、潤はいとも簡単に手を伸ばして笑ってくれた。
その光景に、明るい気持ちが芽生えていたのだよ。
「潤……今、残っている記憶が、全てじゃない」
「あぁ記憶は全部持って来られないもんな。オレ、辛い記憶ばかり選んでしまったようだ」
「……大丈夫だよ。潤はもう立派なお父さんだ。だからね、いつか……いっくんに兄弟が生まれても、潤なら分け隔て無く接することができるよ。僕が保証する」
潤は手の甲で、目をゴシゴシと覆った。
「兄さん……太陽が眩しいな」
「そうだね」
潤の不安は、僕が拭ってあげる。
もう大人になった潤だけれど、僕にとってはいつまでも可愛い弟だから。
それを伝えたくなった。
「ぱ、ぱぁ~」
「お兄ちゃん!」
寝そべっている僕達の上に、ポスッと小さな重みがかかる。
「ぱ、ぱぁ、おねんねしてるの?」
「いっくん、汗かいたな」
「いっぱい、めーくんとあそんだの」
「楽しかったか」
「うん!」
ほらね、いい風が吹いている。
「お兄ちゃん、どうして寝ているの?」
「空を見ていたんだよ」
「ボクもみる!」
「うん」
僕は芽生くんの身体を反転し、空を見せてあげた。
小さな子供の重みが心地良い。
「お空、きれいだね」
「うん」
「なつきくんも、いっしょにあそぼぉー」
「芽生くん、ありがとう」
「あのね、見えなくたって、いっしょなんでしょ?」
「そうだよ」
優しい芽生くんの言葉に、僕は何度救われただろう。
****
函館 葉山フラワーショップ
「今頃、潤と瑞樹は軽井沢で会っているのね」
「芽生坊といっくんもな」
「仲良く走り回っているでしょうね」
「そうだな。5歳差なら、ちょうど瑞樹と潤と同じ年回りだな」
「そうね、あの子達が原っぱをかけっこしていたのを思い出すわ」
母さんの言葉に、意外だなと思った。
「あいつらに、そんな時期あったか」
「あったわよ。ちゃんと」
「そっか、それを聞いて安心したよ」
「あの子達、ちゃんと触れ合っても来たのよ。潤は忘れてしまったようだけれども」
瑞樹を引き取った時、俺はもう高校生になっていたから、知らないことも多い。
そうか潤……瑞樹に背いてばかりじゃなかったのか。
良かったよ。
「瑞樹はとても足が速い子でね、潤もそこに憧れていたのよ」
「確かに瑞樹は俊足だ。中学の運動会も高校の運動会もさりげなくリレーの選手に選ばれて、その綺麗な走りで誰をも魅了したのさ。カモシカのようにかっこ良くて、可愛くて……ああああ、みずきぃ~ 会いたい」
母さんと話していると無性に会いたくなって、叫んでしまった。
「くすくすっ、広樹は相変わらずのブラコンね」
「母さんにしか話せないよ。こんなの」
「あーら、私も聞いているわよ」
「みっちゃん!」
みっちゃんが、ヒョイと顔を覗かせて俺を笑う。
「あぶあぶ……」
わわ、優美にまで笑われた。
「はは、許せよ」
「瑞樹くんだから許す!」
瑞樹と潤、俺の弟よ。
俺はこの通り元気だ。
函館の方は仲良く暮らしているから、安心しろ!
母さんも最近いいことがあったようで、上機嫌だしな。
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