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賑やかな日々 3 (瑞樹誕生日special)
「ここだ」
「想像以上に素敵な店構えですね」
「だろ」
瑞樹と芽生を東銀座にある『テーラー桐生』に案内した。
石造りのビルの1階、瀟洒な造りに瑞樹も感動していた。
実は場所や店主については、事前に下調べ済みだ。
何しろ相手は『男』だ。
迂闊に出歩いて、また君が厄介なことに巻き込まれてはならない。そんな想いが強かった。いや、潤くんの彼女さんの紹介だから怪しいとは思わないが、念には念を入れてだ。
勝手にすまん。
「パパ、すごいおみせだね」
「重厚ですね。僕……こんなお店に来たことないので緊張します」
「なぁに大丈夫さ。俺に任せておけ」
「はい」
こういう時は俺の出番で、持ち前の好奇心と大胆さが武器となる。
瑞樹も全面的に任せてくれるのが嬉しいよ。
「宗吾さん、芽生くんに可愛い衣装を作りましょうね。僕も奮発します」
「はは、君は今日はBirthday Boyだ。財布は出すな」
「……ですが」
瑞樹が珍しく不満そうな顔をした。
芽生のためを思ってくれる気持ちを、蔑ろになんて出来ないさ。
「そうだな。二人で作ってやりたいんだもんな。じゃあ助けてもらえるか」
「はい!」
ふかふかの絨毯、英国調の家具。
あの白金のレストランに紛れ込んだような錯覚に陥る。
「いらっしゃいませ。あっ……ようこそ」
店主、桐生大河《きりゅうたいが》さんのお出迎えだ。
彼も意志の強い目をしている。
すると俺に似て好奇心旺盛な芽生が、自分から挨拶をした。
「こんにちは。ボク、たきざわめいです」
「あ……桐生大河です」
「たいが?」
芽生がキョトンとした顔をしたのは何故だろう?
「お兄ちゃん、リュックからご本を取って」
「うん?」
芽生が慌てて捲るのは、英語の本だ。小学校で配られたものらしい。
「芽生くん、どうかしたの?」
「大変、大変! あ、あった! コレだ」
指さしたのは虎のイラスト。
まさか大河《たいが》だから、タイガーで虎?
くくくっ、我が子の思考回路が楽しすぎるぜ!
「タイガーさん? ううん、トラさんだ。お兄ちゃん、ボク、クマさんとトラさんにであっちゃった」
「め、芽生くんってば」
そこまで聞いていた店主は、大きな声で笑った。
「はははっ! 愉快な子だな。そうか、俺はトラさんか」
「カッコイイです」
「ありがとう。気に入ったよ」
確かに虎のように、心も身体も大きな人だ。
「結婚式に参列するので、子供用の衣装をお願いします。フラワーboyをするので可愛いのを希望します」
「どんな結婚式ですか」
「ガーデンウェディングなんです」
「屋外ですね。では、お子様ですし、白系のハーフパンツにサスペンダー。サムシングブルーを取り入れて水色系のシャツと蝶ネクタイはどうでしょう?」
「いいですね」
使用する生地を見せてくれ、更に、ささっと子供服のイメージを絵に起こしてくれた。流石プロだ。センスのいい提案に前のめりになる。
「瑞樹、君はどう思う?」
「はい、素敵です! 僕も白系がいいかと思いました」
「じゃあ、早速採寸しましょう」
「お願いします」
芽生はこんなお店で服を作ったことがないので、緊張している。
「お……お兄ちゃん、サイスンってなあに? それ、いたいの? ちゅうしゃみたいなの?」
「くすっ、えっとね、芽生くんの身体にぴったりのお洋服を作るんだよ。だから手の長さとかを細かく測るんだよ」
「そっか~ でもいいの? 高そうなのに」
「任せて」
それがびっくりする程リーズナブルに作ってくれるそうだ。
まず菫さんの紹介ということ。あとは彼にも小さな甥っ子がいて、子供服はその子のために趣味でやっているので、かなり格安で出来ると事前に説明を受けていた。
「よし、終わりだよ」
「わー! たのしみだな。ボクだけのおようふくなんて、ゆめみたい!」
出来上がりが楽しみだ。
****
芽生くんの服、きっとすごく可愛い!
天使の衣装のいっくんと並んだら、やはり地上の天使のように見えるだろうな。
感激で胸が一杯になってしまった。
「宗吾さん、僕……感激しました。こんな素敵なお店で誂えることができるなんて」
「感激するのは、まだ早いぞ」
「え? どういう意味ですか」
「じゃあ、次は彼の採寸を頼みます」
「了解しました」
「え?」
どういうこと? 僕も採寸って……
「あの、宗吾さん?」
「俺からの誕生日プレゼントだよ。君の礼服を作ろう」
「そんな……礼服なら持っています」
口に出して、あの日から着る機会がなかった存在を思い出した。
あの日とは、一馬の結婚式を勝手に見送った日だ。
あの公園で膝をついて泣き喚いた。
い
悲しく切ない涙が全身に染み込んだ黒い礼服。
「本当に、また着られそうか」
「あ……」
「瑞樹、俺はさ、そろそろ作り直してもいいんじゃないかって思うが、君はどうだ?」
「宗吾さん……僕も、僕もそうしたい……そう思うの贅沢でしょうか」
「贅沢なんかじゃない。瑞樹の大切な気持ちだ」
弟の晴れの日に、あんな悲しい思い出を抱えたまま眠る礼服は着たくない。
あの礼服を作ったのは、確か社会人になって1年……大学のゼミ仲間の結婚式だ。
一馬と一緒に作り、一緒に参列した。
あの礼服を、アイツの手で脱がされたこともあった。
もう全部、不要だ。
今の僕には……
「甘えてもいいですか。宗吾さんの厚意に……宗吾さんに」
「もちろんさ、瑞樹」
店内で腰を抱かれ、宗吾さんに丸ごと抱きしめられ驚いた。
「駄目です。はっ、離して下さい。ここは外です」
「大丈夫だ。この店は大丈夫なんだ。落ち着け」
「パパとお兄ちゃん、あちちだね。ボクもぎゅーする」
芽生くんも僕に抱きついてくれた。
「お兄ちゃん、そんなにこまらなくていいんだよ。ボクといっしょにお洋服つくろうよ」
「一緒に? いいのかな……」
「うん! 一緒ってたのしいよね」
店主の顔色を見ると、にっこり笑ってくれていた。
大丈夫なのかな? 本当に……
「そうだ、大河さん、あれも届いていますか。先に彼に見せても」
「承知しました」
「?」
「瑞樹、君のカメラを出してくれ」
「はい?」
店の奥から出てきたのは、一眼レフ用のストラップだった。
「ここ、気付いていたか」
宗吾さんが指さす部分を見ると、革紐の部分が劣化して切れそうになっていた。
「あっ」
「危なっかしいから、気になっていたんだよ」
「僕……撮るのに夢中で、気付いていませんでした」
「大切なお母さんの形見のカメラだろう。しっかりとしたストラップに替えたらどうかと思って、勝手に手配した。使ってくれるか」
手渡されたのは、若葉のような色のストラップだった。
「嬉しいです。とても……嬉しいです」
「良かった。君の大切なものを守るのが、俺の役目さ」
この言葉には、ジーンときた。
宗吾さんの言葉はいつも熱が籠もっていて、僕の心をドキドキさせる。
僕はまだ幸せに少し臆病で、やっと掴んだ幸せを一生懸命抱きしめている。
そんな僕を……丸ごと優しく大らかに包んでくれるのが、宗吾さんという人だ。
「宗吾さん……ありがとうございます」
「せっかくだから、三人を撮りましょう」
「いいですね」
僕たちは三人で、テーラーの中で記念撮影をした。
僕はとても高揚した顔で映っただろう。
「瑞樹、まだよせ。まだ早い」
「え……」
「夜まで待ってくれな」
「‼」
宗吾さんに小声で囁かれ、照れ臭くなってしまった。
宗吾さんがスマート過ぎるから。
宗吾さんが全力で僕の誕生日を祝ってくれるから。
僕……とても、とても幸せだ。
宗吾さんが、ふいに壁に向かって呟いた。
「あのスーツ売れたんですね」
「あれはオーダーでしたので、あの後すぐにお引き取りに」
「宗吾さん、何のことですか」
「……実は君が軽井沢から帰って来た後、すぐに下見に来たんだよ。その時壁にディスプレイされていた端正な紺のスーツと紺瑠璃色のネクタイが印象的だったんだ。だから俺も君にスーツを作ってやりたくなったんだよ」
「そうだったのですね」
下調べまでしてくれていたなんて。
「あのスーツに負けないよ、君の礼服も」
「楽しみです」
帰ろうとすると店主が、名刺を渡してくれた。
「今日がBirthdayだとお聞きしました。これは私からのお誕生日プレゼントですよ」
Barミモザ
店主 桐生 蓮
「わ! また瑞樹が、男の名刺を瑞樹がもらった!」
「そ、宗吾さんってば、お静かに」
「あの……これは?」
「この店の地下で、恋人がバーテンダーをやっているんです。この名刺があれば、カクテルを1杯サービスしますので、夜にでもお立ち寄りください」
恋人……?
桐生蓮とは、男性の名では?
もしかして……
「あなたたちと一緒ですよ。だから、ご安心を」
ここでも『一緒』という言葉が、僕を安心させてくれる。
あとがき
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アトリエブログに補足画像のせますね。
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