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賑やかな日々 6 (瑞樹誕生日special)
「お兄ちゃん、ボクこんなお店はじめてだよ」
「僕もだよ」
「なあにそう緊張するなって、今日は瑞樹の誕生日だから特別な」
宗吾さんは気にしていないようだが、本当に大丈夫だろうか。貸し切りとはいえ 大人向けのBarだ。芽生くん向けの飲み物や食事があるといいが。
「心配しないで下さい。おれにも娘がいるのでお子様用のメニューも作れます。もちろんドリンクもね」
Barの店主が、僕の不安を察してウィンクした。
それにしても綺麗な人だな。百合のようなしっとりとした美しさを、地下の照明の中で放っている。
テーラーの店主は、彼を恋人と表現し、彼は兄と言った。
この関係って……?
深く考えると、心拍数が上がってしまうよ。
「瑞樹、どうした? さっきから百面相をしているな」
「あ、いえ……その」
「今日は自分のことだけ考えればいいんだよ。ついでに俺にもっと甘えてくれ」
「もう胸が一杯ですよ。サプライズの連続で心臓がバクバクです」
やがて蓮さんがカクテルを持って来てくれた。
「今日のあなたたちにぴったりのカクテルです」
出されたのは、パイナップルが添えられた陽だまりの色のカクテルだった。
「これは『マリブパイナップルマティーニ』と言います。5月2日の誕生酒で、楽しい会話で人を集める快活な元気者という意味があります」
「……僕とは無縁ですね」
「そんなことないぞ~ 瑞樹は時々ドキッとすることを言うじゃないか」
「そ、それって……まさか小森くんとの時のことですか」
「ははっ、そうそう、あの日もかなり飛ばしていたな」
「ううう、恥ずかしいです」
次に芽生くん用のドリンクだ。
「これはね、天使のクリームソーダだよ」
「わぁ、きれい!」
ブルーソーダ水の上に白い綿飴がのっているので、まさに天国の雲のようだ。
「コットンキャンディソーダか」
「初めて見ました」
「でも、お兄ちゃん、このワタアメ、カチカチにこおっているよ」
「ここにシロップをおかけ下さい」
「うん! やってみる!」
蜂蜜色のシロップをかけると、一瞬で綿飴が溶けていった。
「わぁ~ きえちゃった!」
「消えたのでなく、真実の愛で凍っていた心が解けたのです。君にはそんな力があるんですよ」
「わあ~ あのね、ボク、おにいちゃんに笑ってほしいの。もっともっと」
「……坊やとパパが傍にいれば大丈夫です」
「うん!」
実に子供心を捉えるサービスだった。
その後、出された食事は意外なことに大盛りの親子丼だった。
「まかないなんですが、きっと今はこんなものを食べたいのではと思いまして」
「びっくりしました。まさにそういう気分でした」
「親子丼なんていいな。まさに家族で食べるものだ」
朝から三段重ねのホットケーキに、昼は畏まった洋食。そろそろ気軽な和食が恋しくなっていた。
「俺、この店気に入ったよ」
「宗吾さんは下調べ済みだったのですか」
「いやテーラーの下見に来た時は、開店前だったので断念した。それにひとりで酒を飲んでもつまらないしな」
「あ……はい」
「俺はすっかり飲み会より家が好きになったよ。一刻も早く帰りたくなるんだ。君に会いたくて」
何気ない一言一言が嬉しい。
宗吾さんは、僕の宗吾さんだ。
そんな独占欲を抱いていることに驚いた。
「瑞樹とだから、いいんだよ。何をしても君の顔が浮かぶんだ」
「ぼっ、僕もです」
「えへへ、パパとお兄ちゃんはアチチだね、このシロップなくてもとけちゃいそう」
「芽生くんってば」
「いいじゃないか。俺たちの魔法さ。チョコレートだって溶かせる」
「はっ、恥ずかしいですよ、もう」
芽生くんも宗吾さんもストレートな性格なので、真っ直ぐ降り注がれる愛溢れる言葉に、僕は酔ってしまいそうだ。
「瑞樹も気に入ったか」
「はい、ミモザという店名通りですね」
「また何か花言葉があるのか」
「ミモザは『秘密の恋』の他に『感謝』という意味があります。僕は後者の方が好きです」
「そうだな。俺たちの恋愛はお日さまを浴びて輝くものだと思っているよ」
「宗吾さん……」
僕たちは三人並んで座っていたので、身体をギュッと芽生くん中心に寄せ合って、愛に触れた。
「お兄ちゃん、だいだいだい、だいすきだよ」
「芽生くん、ありがとう」
「瑞樹、愛してる」
「宗吾さん、ありがとうございます」
宗吾さんは芽生くんの前でも隠さずに、僕への愛を語ってくれる。
ずっと隠れて生きて来た僕を、上へ上へ、前へ前へ押し上げてくれる人だ。
「またお越し下さい。7時まででしたら、今日のように貸し切りできますよ」
「貴重な時間でした」
蓮さんに見送られ店を出ると、テーラーの店主とすれ違った。
彼は小さな女の子を軽々と抱っこしていた。もしかして話の流れからすると、このお嬢さんは、蓮さんの娘さんなのかな?
「Barはいかがでしたか」
「貸し切り対応をしていただけたので気兼ねなく過ごせました。感謝しています」
「それは良かったです。またいつでもお越し下さい」
小さな女の子は恥ずかしそうに、大河さんの首元に顔を埋めていた。
潤に抱っこされたいっくんを思い出して、微笑ましい気持ちになった。
「瑞樹と芽生と、こんな時間に銀座を歩くなんて貴重だな」
「はい」
とびきり豪華な銀座の大通り。
僕の故郷にはない、華やかで豪華な街並み。
いつもなら気後れしてしまうが、今日は大丈夫だ。
宗吾さんと芽生くんと手をつないで歩いているから。
****
軽井沢
「ママぁ、あといくつねると、けっこんしき?」
「いっくんってば……まちどおしいのね」
「うん」
パジャマに着替えたいっくんが小さな指を一生懸命折って数えている。
「ママも待ち遠しいわ」
「パパのおふとんは? パパのおはしは? パパのはぶらしは?」
「ふふっ、そうね。明日は買いに行こうかな」
「パパ、あいたいなぁ」
「そうね」
潤くんは連休中は、仕事が大忙し。イングリッシュガーデンは観光名所だものね。
いやだ。もう三日も会えていないので、私まで寂しくなってきちゃった。
変ね。彼が亡くなってからずっと一人でやってきたのに。
もたれてもいい人の存在って、不思議。
潤くんも私も自分の弱い部分を曝け出して、もたれ合っている。それがいいのかもしれない。
寄り添って生きて行けるって、ステキなことなのね。私……意固地になっていた。頑張りすぎていたみたい。
「ママ、パパといっしょにいるママね、とってもきれい」
「え……そうなの?」
「うん! だからいっくん、うれしいんだ」
「わぁ……いっくん、ありがとう」
いっくんを抱きしめるとお花畑の香りがした。
「いっくん、天使だわ。私の天使よ」
「いっくんね、てんしになるよ。ママの天使に」
いっくんが小さな手を広げて、私を抱きしめてくれたので驚いた。ずっとだっこしてあげる側の存在だったのに。
「めーくんが、みーくんにね、こうやっていたの。だからいっくんもママにしてあげたかったの」
「いっくん、ママ……とっても嬉しい!」
結婚式は5月下旬。
「待ち遠しいわ」
その晩、潤くんが仕事帰りに寄ってくれた。
「菫さん、いっくん、会いたかったよ」
「私もよ」
「パパっ、パパだー! いっくんもあいたかったよぅ!」
会いたいと思い合える関係って、ステキ。
いっくんは潤くんにもたれ嬉しそうに目を閉じて、彼の逞しい手を握って、こう言ってくれたの。
「パパ、このおててで、ママをまもってね。ママをニコニコにしてね」
「いっくん、あぁ、もちろん誓うよ。俺、誓うから!」
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