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賑やかな日々 7 (瑞樹誕生日special)
連休はイングリッシュガーデンも凄い人出で、大忙しだった。
オレは普段は庭師に徹しているが、今日は売店のレジ打ちやレストランのウェイターなどあらゆる場所の助っ人に入った。
うぉぉ……慣れない仕事でヘトヘトだぜ。
ロッカーで着替えていると、先輩に話しかけられた。
「潤、お疲れ!」
「お疲れ様です!」
「そう言えば、お前、丸くなったな。ここに来た当初とは別人だぞ」
「ありがとうございます」
「素直になったよな。もうすぐ結婚するだけあるな」
「はい!」
「ははは、なんだか惚気られている気分だ」
「え? そんなことないですよ」
最近、職場で揃って言われることがある。
人当たりが良くなった。
爽やかになった。
明るくなった。
いっくんと菫さんに誇れる生き方をしたい。兄さんたちと母さんに恥じない生き方をしたい。
そんな心構えのお陰かもしれない。
それにしても、もう三日も菫さんたちに会えていない。
ううう、流石に限界だ。
ただ会いたい!
そんなシンプルな想いに動かされて、夜道を駆け抜けた。
こんな時間に訪ねるのは迷惑かもしれない。
でも、どうしても一目だけでも――
「パパぁ、パパだ~」
「潤くん、会いたかったわ」
二人の心からの歓迎を受け、胸が熱くなった。
こんなにもオレを待ち望んでくれていたのか。
「パパ、あのね」
いっくんがトコトコやってきて、オレの横にちょこんと座り、腕に頬を擦り寄せ、体重を預けてくる。小さな温もりに慕われる喜びを、身をもって体感する。
「いっくん、元気だったか。会いたかったよ」
「パパぁ……」
いっくんが小さな手をそっと重ねてくれた。
「パパのおてて、おおきいね」
子供の手って、心をぽかぽかにしてくれる温度なんだな。
「パパ、あのね、このおててで、ママをまもってね。ママをニコニコにしてね」
まだ小さいのにそんなことを思っていたなんて。
ふと、瑞樹の小さな頃を思い出す。
オレに差し出された兄さんの手、本当は握りたかったんだよ。
だが兄さんの手は、ほっそりと頼りなくて、握ったら壊して汚してしまいそうで怖かったんだ。
実際はそんなこと、なかったんだな。
今、こうやって小さな手を握って、ようやく気付けたよ。
どんなに小さくても壊れない。
この手は、いっくんが精一杯生きている証だ。
オレが握ったからといって汚れない。
この可愛くて温かい手を守る人になりたい。
「いっくん、もちろん誓うよ。俺、誓うから!」
今日はどこまでも優しい気持ちで満たされていくよ。
オレの心に優しさの種があるとしたら、それは兄さんが蒔いてくれたものだ。
兄さんを見習って、丁寧に育てるよ。
オレにも漸く芽生えの季節がやってきたのだから。
****
ホテルの客室は、クラシカルな老舗ホテルらしくベージュ系で落ち着いていた。しかも、大きなベッドが3台並んでいる。
すぐに芽生くんの歓声が響く。
「すごい! ベッドが3つもあるよ」
「今日はスペシャルだからな」
芽生くんは自分のベッドに這い上がって、リュックの中身をひっくり返した。
「お兄ちゃんのパンツとシャツだよ」
「わ! これにしたの?」
「お兄ちゃん、おとまりのときはお名前をかくのがルールだよね?」
「ふふっ、そうだね」
可愛いみずき印のパンツ。もう家に何枚あるか分からないよ。
「ちょっと見せてみろ」
「?」
宗吾さんが僕のパンツを取り上げて、しげしげと眺める。
「あ、あの?」
「どこかに×印がないか心配でな。よしっ今日はOKだな」
「そ、宗吾さん!!」
子供の前で何を言うのですか~! と叫びたくなった。
「ははっ、パジャマはホテルのを借りよう」
「はい」
「よし、まずは風呂に入るか」
宗吾さんが慣れた手つきで、浴槽をバブルバスに仕立ててくれた。
「すごい! 今日は泡ブクブクの王さまのおふろだ。お兄ちゃん、早く早く!」
「待って、僕も脱ぐから」
待ちきれない芽生くんが、ポイポイと着ていたものを床に脱ぎ捨てていく。
こういう大胆な所、宗吾さんにそっくり!
「俺が片付けておくから、君も入って。今日は君が主役だぞ」
「そんな……」
「瑞樹はBirthday boyだ」
「は……はい」
芽生くんが泡に夢中になっている間に、脱衣所で宗吾さんに服を脱がされた。
「あ、後は自分で脱げます」
「俺が全部脱がしたい」
「も、もう――」
お風呂に入るために服を脱がされているだけなのに、僕は真っ赤になっていた。
「全身、火照っているな。さっきのカクテルで酔った?」
「はっ、恥ずかしいんですよ。子供みたいに脱がされるのは」
「俺は萌えるけど? だが続きは芽生が寝てからな」
芽生くんが同室なので、今日は抱かれるわけにはいかない。そう思うのに淡い期待を抱いてしまう自分に驚いた。
「おっと、まずはこっちな」
お風呂の後は、バスローブを羽織らされた。芽生くんにも子供用のバスローブがあって、これがまたとっても可愛い。でも芽生くんがしきりにお腹を撫でているのでどうしたのかな? とのぞき込むと……
「お兄ちゃん、ボクのおなかポッコリって、いつなおるかな?」
「うーん、どうだろうね。でも天使みたいで、かわいいよ」
「でもでも、もう二年生だよ~」
涙目で訴えてくるのも可愛くて、キュッと抱きしめてしまう。
「大丈夫、大丈夫だよ。成長するとぺったんこになるから」
「お兄ちゃんみたいになれるかなぁ?」
「うんうん、なれるよ」
湯上がりの芽生くんの肌は、すべすべで赤ちゃんみたいだ。
僕は君の赤ちゃん時代を知らないけれども、きっとこんな風だったんだね。
「よかった~ パパみたいになったらね、どうしようっておもってた」
「え? パパ、お腹出てるの?」
「すこしね」
「えー!」
「おい、芽生、パパのは贅肉じゃなくて筋肉だぞー!」
宗吾さんが慌てて訂正するので、笑ってしまった。
もう幸せすぎて、何もかもが愛おしい。
こんなに朝から晩まで甘やかされる誕生日は初めてだ。
「よし、パパもあがったぞ。二人の髪を乾かしてやろう」
「わーい」
「瑞樹も並んで」
僕と芽生くんの髪を、宗吾さんが同時に乾かしてくれる。
暖かい風が吹いている。
僕を大切にしてくれる人がいる。だから僕ももっと自分を大切にしよう。そして周りも大切にしよう。
「あれ? ピンポーンってなってるよ」
「ん? 俺が出るよ」
こんな時間に誰だろう? 僕は脱衣場からそっと様子を窺った。
「ありがとうございます、最高のサービスですね」
宗吾さんが嬉しそうに応対しているが、一体なんだろう? ホテルマンが何かをテーブルに置いたようだが、宗吾さんの背に隠れてよく見えない。
「瑞樹、おいで」
「え?」
テーブルの上にはキャンドルの灯り。
なんと誕生日ケーキが置かれていた。しかもホールケーキ!
「誕生日はキャンドルを消して、丸いケーキを皆で食べないとな」
「宗吾さん、こんなの……フェイントです」
「ホテルからのサービスな。誕生日だって言っておいたからな。さぁ瑞樹こっちにおいで。今日は一日中、誕生日会をすると言っただろう?」
「ですが、もう充分すぎます」
「瑞樹、君はいつも俺と芽生のために奔走してくれている。日々感謝しているんだ。いつもありがとう」
「パパ。おたんじょうびの歌を歌おうよ」
Happy Birthday to you, Happy Birthday to you,
Happy Birthday dear mizuki!
Happy Birthday to you.
灯りを「ふぅっ……」と消すと、両頬に祝福のキスを受けた。
「生まれてきてくれてありがとう、瑞樹」
そして芽生くんがリュックから丸めた画用紙を持ってきてくれた。
「お兄ちゃん、これね、ナイショでかいていたの。お兄ちゃんにあげるよ!」
リボンを紐解くと……優しい水彩画が出てきた。
「2年生になったから、えのぐをすこし使えるようになったんだよ」
「綺麗……とっても上手だね」
「えへへ、みんなニコニコだよ」
僕はうさぎ、芽生くんと宗吾さんは熊。
仲良く野原でピクニックをしている。
優しい笑顔で満ちている。
「今日は最高の一日です。幸せ過ぎて……ぼ、僕は……」
芽生くんの水彩画のように、世界が優しさで滲んでいった。
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