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誓いの言葉 2

 咲子さんも俺も、顔が真っ赤になっていた。  出会って間もない女性に唐突のプロポーズなんて、年甲斐もないことをしたのか。  いや、年なんて関係ない!  人を好きになるのに、年は関係ない!  50歳を過ぎても、恋は訪れる。  ある日突然、人は出会うのだ。  恋はいつだって、平等に新鮮なんだ。 「さっちゃん、いい返事をありがとう! 昨日の今日で承諾をもらえるとは思っていなかったので、嬉しいよ」 「あ……私も、自分にびっくりだわ」 「勢いが大事な時もあるのさ!」 「そうよね」 「さちゃん、君と手をつないでもいいか」 「えっ……でも……」  咲子さんの手は、あかぎれだらけで荒れていた。同時に、三人に子供の手を握り、その後はずっとあくせく働いてきた勲章のような手だった。  だから純粋に触れたいと思った。  君の生き様に触れたくて。 「どうした?」 「あかぎれだらけの汚い、荒れた手だわ」 「何を言う? 一生懸命生きて来た人の手だぞ。さちゃんに誓うよ。俺は大樹さんたちを失ったショックから目を逸らし逃げてきた意気地なし男だった。だが、これからは違う! ずっと前を見つめ、胸を張って生きて来たさっちゃんのように生きたい。さっちゃんの人生のレールに乗りたいんだ」 「それって……」 「嫁に来てくれなんて古くさい事は言わない。さっちゃんの生きて来た道を、俺にも歩ませてくれ」 「くまさん……私は……間違えてなかったの? ずっと思いつきで瑞樹を引き取って、結果……不幸にしなかったか心配だったし、父親のない子が不憫で潤を甘やかしてしまったの、そして長男の広樹には頼りすぎてしまったわ」    みーくんの母となり、10歳で路頭の迷うところだったみーくんを導いてくれたさっちゃん。   「さっちゃん、今、ここに立っているさちゃんは輝いているよ。俺のさっちゃんだ。だからそんなこと……もう言うな!」 「くまさん……くまさん」  さっちゃんはコトンと俺の胸に頭を預けてくれた。  綺麗にカットされたボブの栗毛が揺れていた。  眩しいな。 「さっちゃん、よかったら俺の家に来るか。君を招待したかったんだ」 「……くまさんと、二人きりになれるところに行きたいわ」 八幡坂は、観光名所なので人の往来が多い。 「車で来ているんだ。行こう!」  大樹さん亡き後、こんなに胸躍る心地でログハウスに向かうことはなかった。好きな人に俺の住み処をみてもらう。それがどんなに嬉しいことか。 「みーくんとは、ログハウス前の斜面で出会ったんだ」 「そうなのね、あの子……危なっかしいことを」 「あぁ……。でも運命の出会いってそんなものだ」 「瑞樹がくまさんと出会ったから、今の私達があるのね。瑞樹……ありがとう」 「みーくんが恋のキューピットになるなんて、思いもしなかったよ」 「人生の節目ってサプライズの連続なのね」 「あぁ……でももうサプライズはいらないな。さっちゃんと小さな幸せを積み重ねて生きたい」  ログハウスに案内すると、さっちゃんは導かれたように二階に上がった。 「瑞樹の両親に会わせてね」 「あぁ……みんないるよ。みんなここで笑っている」  二階の左の部屋は大樹さんと澄子さんと夏樹くんの写真で埋もれている。 「あぁ……澄子さん……遠い親戚だったけれども……大好きなお姉さんだったのよ」 「……そうだったのか」 「この方が瑞樹の父親なのね。逞しい人……朗らかな笑顔。少し宗吾さんい似ているような? そして弟の夏樹くんね。瑞樹の小さな頃と似ているわ。瑞樹……こんなに愛情溢れる家庭にいたのに……突然光を奪われて……可哀想に」 「さっちゃん、だが、さっちゃんが引き取ってくれた。生かしてくれたじゃないか」  自分は役に立たなかったと嘆くさっちゃんを抱きしめた。  ずっと眠っていた異性への情熱が沸き起こる。 「さっちゃん……もう一度言うよ。俺と結婚して欲しい」 「私も同じ気持ちよ。でも……月末に……末っ子の潤の結婚式なの。今とても忙しい日々を送っているようなので、あまり驚かせたくないの。私達のお披露目はその後でもいい?」 「もちろんだ。大事な息子さんの結婚式なんて、一大事だもんな」 「ありがとう。ん……でも……今の私には……くまさんが……大事なの」  腕を引き寄せる。  俺も一歩、歩み寄る。  二人の影が重なって……  静かに優しい音を奏でる。 ****  カラン、カラン。  祝福の合図……  ウェディングベルが鳴ったような気がして、振り返った。 「ん……気のせいか」  連休明けの金曜日。今日まで休みの会社が多いのか電車が思ったより空いていて、宗吾さん、僕と満員電車で身体を寄せ合えなかったぞ~っと嘆いていた。  僕は朝からそんなことで悲しむ宗吾さんに苦笑し、同時に嬉しくなった。  連休中ずっと一緒にいて、誕生日の夜には濃密な時間を過ごしたのに、寝ても覚めても僕を求めてくれるのは、嬉しい。  通勤電車でのことを思い出して、思わず含み笑いをすると、エレベーターに乗り合わせた金森鉄平に見つかって気まずかった。 「葉山先輩ってば、連休明けの憂鬱な朝なのに、随分ご機嫌なんですね。さては連休中にいいことありました?」 「……そういう金森は新しい部署で頑張っているか」 「うぉーん、葉山先輩と離れて寂しいです」 「……えっと、金森はよくやってくれたよ。新しい部署でも頑張れよ」 「先輩~ つれないですよぅ」 「ちょっ、近い」    さり気なく腰に手を回されエレベーターで押しつぶされそうになっていると、すかさず管野がやってきて助けてくれた。 「おい、金森は降りろ! お前の部署はこのフロアだろー!」  つまみ出すように金森を放り出してくれたので、ホッとした。 「瑞樹ちゃん! 隙は見せるな。アイツはやっぱり危険だ」 「う、うん……助けてくれてありがとう!」 「よせやい。会いたいかったぜ、瑞樹ちゃん!  どうだ? 楽しい連休だったか」 「うん! 芽生くんの誕生日会をしたんだ。あ、そうだ写真を見る?」  就業前に時間があったので、給湯室に菅野と向かった。 「横浜の中華街に行ったんだけどね、芽生くんは皆を気遣いながら上手に円卓を回していたよ」 「どれ? おぅ相変わらず賢そうな子だよな。よかったな! そうだ、こっちの写真も見るか」 「小森くんとデート三昧だったの?」  菅野がデレ顔になる。それが答えだ。   「甘味三昧の耐久レースだったが、こもりんは可愛いから許す」  管野のスマホフォルダーには団子、最中、どら焼き、羊羹のオンパレード。 「あれ? 小森くんはどこ?」 「あぁ、ここ、最中の影」 「くすっ、これじゃ、よく見えないよ」 「ずっと食べているからさ、写真を撮るの、大変なんだよ」 「ははっ、そうだ、あの後……管野は結局お腹一杯になったの?」 「へ?」 「ほら、渋谷のダブルデートの後の話だよ。ちゃんと食べたのかなって気になって」 「みみみみみ、みずきちゃんが、朝っぱらから、そんな卑猥なことを言うなんて」 「ちょっと、声が大きいよ」  管野が爽やかに笑う。  その笑顔が答えだね。 「答えはこれだ」 「三色団子の写真? これが何か」 「最初は青くなったり白くなったりしていたけど……最後はピンク色になってたよ」 「は?」  ええっと……まさか、あの行為を団子の色に……例えているのか。 「葉山の顔、真っ赤だ! そのままだとリーダーが心配するからクールダウンしろ。しかし初心な瑞樹ちゃんだったのに、すっかり、えっちぃになったな」 「ちょっと!」 「ほら、そろそろ行こう」 「あ……うん!」  同僚の管野とじゃれ合いながら部署に入る。  こんな、明るい朝もいいね。  ふざけたり、じゃれあったり。  気を許せる友人がいるって、幸せだ。  それにしても……僕の周りで、何か幸せな事が起きたのかな?  幸せなベルの音が聞こえるような嬉しい朝だった。      

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