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誓いの言葉 6

くまさんのログハウスにお邪魔するのは、二度目だわ。  前回はぐるりと室内を案内してもらって、そっと唇を重ねたの。その後は、お互い意識し過ぎて恥ずかしくなって、そのまま帰ることになったのよね。  今日は……もっとゆっくり過ごしたいわ。  さぁ、この角を曲がればログハウスが見えてくるわ。  何も連絡せずに来てしまったけれども、いるわよね?  煙突から立ち上る白い煙にほっとした。  静かに車を敷地内に侵入させると、違和感を抱いた。 「あら?」  乗り捨てるように乱暴に停められた車が、ログハウスの玄関前に停まっていたの。 「来客?」  ナンバーを見ると函館ナンバーのレンタカーだった。  レンタカーを借りて、こんな山奥にまで誰が訊ねてきたのかしら?  くまさんは、ここの住所を知っている人は、写真集の出版社の編集くらいで、オンラインでやりとりしているので、来たことはないと言っていたのに。  一体誰かしら?  少しの不信感と少しの不安が入り混ざる。  それでもせっかくドーナッツを持ってきたのだからと、思い切ってインターホンを押してみると、すぐにドアが開いた。 「え‼」 「くまさん、こんにちは。突然押しかけてごめんなさい」 「さ……さっちゃん、どうしたんですか。急に」    あら? なんだか想像していた反応と違うわ。  もっと喜んでもらえると思ったのに、なんだか困っているみたい。  先ほどまでの弾んだ心が、みるみる萎んでいく。 「あの……ドーナッツを作ってきたので、おやつにしません?」 「あ……えっと……その……」  ちらりと中を見ると、ダイニングテーブルに飲みかけの珈琲のマグカップが二つあった。  やっぱり誰か来ているのね。  ドキドキと心臓が変な音を立てる。 「あの……誰か中に……? 誰か来ているの?」 「参ったな……まさか」  その時、キィ……と小さな音がした。  これは扉の開く音だわ。  前回案内してくれた時の記憶が、蘇る。  1階のリビングダイニングにドアは2つだった。 一つはくまさんの寝室。  もう一つはバスルーム。  嫌っ、どちらも嫌だわ。  くまさんの大きな身体に隠れて見えないけれども、彼の向こうには可愛くて若い女の子がいるのでは? そっか私みたいなおばさんじゃ駄目なのね。やはり……束の間を夢を見たのね、私……。 「誰かいるの……? まさか」  自分でもびっくりする程、低い声で問いかけ、そのまま、くまさんから顔を逸らすように俯いてしまった。 「さっちゃん、だから……その……」  その時、私の哀しい声に反応するように扉がバタンと開き、パタパタと足音が聞こえた。 「すっ、すみません! あの……僕っ、突然お邪魔して……あの……こんな格好ですが……僕と熊田さんとは親子のような関係なので、何でもありませんから! けっして怪しいものでは」  まくしたてるように必死に……不思議な言い訳している可愛い声に、違う意味で驚いた。 「み……瑞樹!」 「へ? お……お母さん? さっちゃんって、お母さんのことだったの? あ……そうか咲子だからさっちゃんなんだ」 「瑞樹こそどうして……それに、あなたその格好……」  瑞樹が焦る理由が分かったわ。  くまさんの洋服を借りたらしい瑞樹は、肩がずり落ちて胸元が開きすぎて、ズボンも脱げそうな程ダボダボで、ええっと、彼シャツ状態だったわ。 「お母さんこそ……どうして、くまさんのところに?」  瑞樹も腑に落ちないようで、まだポカンとしている。 「そうだ! みーくん! 時間がないんだろ? 詳しい事情は車中で!」 「あ、そうですね。早く行かないと! お母さんもくまさんも僕の車に乗って下さい」 「瑞樹、何処に行くの?」 「お母さんとくまさんが揃えば最強かも。お母さんも僕の仕事を手伝って下さい。花の切り戻しをしに行くので人出が欲しくて」 「もちろんいいけど……でもどうして……?」 「今朝リーダーから、急な出張を命じられて」  瑞樹が掻い摘まんで急に函館に来たのか、どうしてくまさんの家にいたのか教えてくれた。    瑞樹がちらちらとバックミラーで、くまさんの様子を見ている。  くまさんは落ち着かない様子で、膝に置いた黒い一眼レフを弄っている。   「お母さんとくまさんって……まさか……まさか……」  瑞樹が躊躇いがちに聞いてくる。  もうこれ以上誤魔化せないわ。  潤の結婚式が終わってから、ゆっくり話そうと思っていたけれども。  悪いことをしているわけではないの。でもきっと……とても驚かせてしまうので、運転中に告げるのはやめておいた。 「車から降りたら話すわね。だから目的地までは安全運転でね」 「あ……うん……」  瑞樹の頭の中で、浮かんでは消える……のは、きっと。 「その通りよ」と早く言ってあげたい。  付き合っているだけでなく、結婚まで考えていると教えてあげたい。 「みーくん、花農家はその角を曲がってすぐだ」 「はい!」  車を停めた瑞樹が待ちきれない様子で、私達の前に立った。 「お母さん……くまさん……今日は急ぎの出張で来ているので……本当はこんなことをしている場合ではないのですが……それは承知で聞いても? 気になって気になって仕方がありません。どうか教えて下さい。僕の……僕の頭の中には、とても幸せな結末があるのです」 「瑞樹……話して。あなたの夢を……」 「もしも……くまさんとお母さんがお付き合いをしているのなら……僕は泣きたくなるほど嬉しいです」 「そうだよ。みーくん、君のお母さんに挨拶に行った日に、俺は恋に落ちたんだ」 「そうなの、瑞樹。お母さんね……熊田さんとお付き合いしているのよ」  瑞樹が信じられないといった様子で、目元を潤ませて見つめてくる。 「それから、ただ付き合っているだけでなく、真剣にプロポーズしたんだ」  瑞樹があっと目を見開く。 「プロポーズ! お、お母さんの返事は?」 「OKだったよ! みーくん、俺たち結婚してもいいか」  瑞樹の目から、堪えきれなくなった歓喜の涙が溢れる。 「嘘みたいだ……僕の大好きな大切な人同士が結ばれるなんて……くまさん……くまさんが僕のお父さんになるの? 本物のお父さんになってくれるの?」  

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