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誓いの言葉 16
「瑞樹、早く食べないと飛行機に乗り遅れちゃうわよ」
「あ……うん」
「ほら、あーんして」
「え……お母さん、それも恥ずかしい……」
さっちゃんがサンドイッチを一口サイズにちぎって食べさせようとすると、流石にみーくんは顔を真っ赤にして照れてしまった。
「みーくん、お母さんにもっと甘えろよ」
「……でも」
「なっ、さっちゃんの願い、叶えてやってくれ。ついでに俺もしたい」
「くまさんまで……くすっ」
みーくんは観念したように手を膝に置いて、あーんと口を開けた。
長い睫毛が揺れる。
20代後半とは思えないあどけない仕草に、目尻が下がりっぱなしだ。
「うふふ、瑞樹、最近は素直に甘えてくれるようになったのね」
みーくんがモグモグと頬を膨らませながら、コクンと頷く。
「美味しい?」
「んっ」
「良かったわ」
「お母さんに食べさせてもらうの……あの時以来で……あの日の林檎のすりおろし……おいしかったです」
「……あの時のことを覚えているのね」
「はい……」
それがいつのことか、俺は聞かない。
きっと……その右手を怪我した時だから。
「くまさんも食べさせてみる?」
「あぁ、みーくん、ほら」
サンドイッチと一緒に作っておいたコーンスープをスプーンで掬い、ふーふーと息をかけて冷ましてやった。
「あーん」
その時、ふと、忘れていた光景を思い出した。
****
「熊田! 悪い、瑞樹に離乳食を食べさせてやってくれないか」
「いいですけど、澄子さんは?」
「昨夜の雷で瑞樹がグズって大変だったんだ。さっき、ようやく眠れたばかりだから、まだ起こしたくなくてな」
「そうだったのですね。子育てって大変ですね。了解です」
小さなみーくんを見ると、ちょこんとベビーチェアに座って、怯えた目をしていた。
「大樹さん、みーくん、俺が怖いんじゃ?」
「熊田は大丈夫だよ。瑞樹はくまのぬいぐるみがお気に入りだしな」
「そんな理由で? 酷いな、俺は人ですよ」
「ははっ、頑張れ」
工具を片手に作業をしている大樹さんが、快活に笑った。
「そこ、雨漏りですか」
「そうなんだ、だから手が離せなくて悪いな」
「とんでもないです。大樹さん達の役に立てるのが本望です」
「お前って奴は……俺たちに人生を捧げていいのか。お前の幸せはどこにある?」
脚立の上から、つなぎを着た大樹さんが問いかけてくる。
「ここにありますよ。ここが俺の幸せの泉です。みーくん、ほら、あーん」
「あー、あー」
みーくんは俺を認識したらしく、ニコッと笑って、小さな口を精一杯開いてくれた。
「大樹さーん、みーくんが笑ってくれました!」
「ははっ、だから言っただろう。瑞樹は熊が好きだって」
「嬉しいです。みーくん可愛くて、天使みたいです」
……
俺、あの頃からみーくんにメロメロだ。
「くまさん? どうしました?」
「あぁ悪い、もっと飲むか」
「はい! 美味しいです」
「よかったよ」
****
「じゃあ……くまさん、お母さん、大変お世話になりました」
「瑞樹、今回は、またすぐに会えるわね」
「はい、次は軽井沢で。くまさん、写真を撮りに来て下さいね」
「あぁ、お邪魔させてもらうよ」
あまりに蜜で幸せな時間だったので、別れ際少し寂しくなったが、数日後にはまた再結集出来るのだから我慢しよう。
「絶対にですよ」
「大丈夫だよ! 俺は絶対に行く」
『幸せな約束』はまだ少し怖いけれども……くまさんの揺るぎない返事から受ける安心感は半端ない。
「お母さん……広樹兄さんとみっちゃん、優美ちゃんに今回は会えなかったけれども、よろしく伝えて下さいね」
「広樹、店を頑張っているわ。結婚式で週末を休みにするから特に忙しくて、見送りに来れなかったわね」
「いいんです。兄さんの活躍を応援してるから」
来た時はバタバタだったが、帰りは暫しの別れを惜しむ余裕があった。
「みーくん、いい顔だな、達成感のある男らしい顔をしているぞ!」
男らしい……?
そんな風にくまさんに褒められて、心がポカポカになった。
さぁ戻ろう!
職場に直行して、報告をしよう。
僕を信じて任せてくれたリーダーに、お礼を言いたい。
そして夜には宗吾さんと芽生くんの元へ戻る。
そのことが励みとなる。
****
軽井沢 試着室
「潤くん、どうかな?」
「菫さんっ」
試着室からふわりと出てきた菫さんのドレス姿の可愛さにやられた。
「潤くーん? 聞いてる?」
「ヤ・バ・イ」
こんなに可愛い人を奥さんに出来るなんて……信じられないよ。
「そんなにヤバイ? やっぱり若作りかなぁ?」
「んなことない! 可愛すぎてヤバイんだ!」
「あぁ……そっちなのね。うふふ、よかった」
「パパぁ~」
菫さんの後ろから、いっくんの声がする。
「いっくんどこだー? 姿を見せてくれ」
「……ううん、はずかしいでしゅ……」
いっくんは菫さんのドレスの中に隠れてしまった。
「やだぁ、いっくんってば。当日そんなことしちゃ駄目だよ」
「でも……いっくん、やっぱ、こわい」
「どうして?」
「知らない人いっぱいくるんでしょ?」
「大丈夫よ。パパとママの家族だけだから」
「でもぉ……」
いっくんが、なかなか出てこない。
「おいで、だっこするよ」
「……いっくんとパパ、おいろがちがうから……さみちいな」
「え?」
俺は真っ黒なタキシード姿だ。いろいろ考え末に、結局日焼けした浅黒い顔には無難な黒色だと決めたんだ。
「パパも……しろがいいなぁ」
「え? 俺には似合わないよ」
白は天使の色だ。
いっくんや瑞樹……清らかな人のみが許される色なんだよ。
俺みたいな男が着ちゃ駄目だ。
そう心の中で伝えた。
「そうよ、潤くんも白いタキシードにしない?」
「え、菫さんまで」
「だって……私にとって……潤くんは……」
「ん? 聞こえないよ」
「恥ずかしくなっちゃった」
するといっくんがひょこっと顔を出して、嬉しそうに叫んだ。
「おうじさま! パパはママのおうじさまだもん!」
「えぇ!」
王子様! それもまたキャラではなくて、小っ恥ずかしくなってしまった。
「いっくんってば……うふふ。潤くんには出来たら……いっくんと同じ白いタキシードを着て欲しいな。ほら、ちょうど菫色のベストがあるし……白の方が映えるわ。いっくんを抱っこした時も一体感があるしね」
二人がかりで白をプッシュされてしまった。
「潤くんに白が似合わないなんて、そもそも誰が決めたの?」
「オレ……」
「もうっ、じゃあ今日からは撤回よ。こんがり日焼けした肌に白いタキシードなんて、南国の王子様のようだわ」
「オレ……北海道出身だけど」
「ふふっ、細かいことは置いておいて」
菫さんがウィンクすれば、天使の羽をつけた白いキッズスーツのいっくんが飛び跳ねる。
「分かったよ。すみません。オレの衣装……やっぱり白にして下さい」
「畏まりました」
さぁ、いよいよ結婚式までカウントダウンだ。
最終の衣装合わせも済み、あとは当日を迎えるだけ。
天使のように清らかないっくんと、菫のように可憐な菫さんと……オレは家族になる!
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