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誓いの言葉 17
「こちらのアレンジメントで宜しいでしょうか」
「今日も綺麗だね。また来るよ」
「ありがとうございます! また是非宜しくお願いします」
丁寧にお客様にお辞儀をして顔をあげると、太陽の光が眩しかった。
青空に浮かぶ白い雲。
あの雲の先には、飛行機が飛び交っているのだろうか。
瑞樹もそろそろ飛び立ったか。
母さんから、電話で聞いたよ。
瑞樹が……
どんなに今回の出張で頑張ったのか。
どんなに周りを頼れるようになったのか。
俺の可愛い弟は人一倍気を遣ってしまう優し過ぎる性格だ。
そんな弟が、熊田さんや母さんを頼ってくれたのが嬉しかった。
可愛い瑞樹と今回は会えなかった。
週末には潤の結婚式で会えるから、空港まで見送りに行きたい気持ちは、グッと封印したんだぞ。
瑞樹も仕事頑張っているのだから、俺も頑張るよ!
「ヒロくん、どうしたの?」
「あぁ……いい天気だなって思って」
「そうね! 今日はアレンジメントがよく売れたわね」
「よしっ、午後の分も作るよ」
「ありがとう。私が店番をするから、ヒロくんはお昼食べちゃって」
「了解、優美は?」
「お昼寝をしてるわ」
「じゃあ見ておくよ」
食卓の上には、みっちゃんお手製のお弁当が置いてあった。いつもは母が昼食を作ってくれていたので、弁当は新鮮だ。
「いただきます! 旨そうだな!」
卵焼きにウインナーなど、学生の弁当みたいでウキウキした。
こういう弁当にあまり縁はなかったからな。
そうだ……こんな風に、そろそろ母さんがいない生活にも慣れていかないとな。熊田さんと再婚することになったら、母さんはどこに住むのだろう? 名字はどうするのかな。色々と気になることだらけだが、これだけは胸を張って言える。
お母さんが育ててくれた三兄弟は、全面的に母さんの幸せを応援している!
「んっー」
「おー、優美、おっきしたのか」
俺と目が合うとニコッと笑ってくれたので……ヒョイと抱き上げてやった。
「もうすぐ優美と初めての旅行だな。まだこんなに小さいのに飛行機にちゃんと乗れるかなぁ。俺が抱っこしてどこにでも連れていってやるから、安心しろよ」
家族旅行か。父さんが亡くなってから、ぱたりと行かなくなったよな。その前だって店が忙しくて……数える程しか記憶にないな。
自分が出来なかったこと、優美にはこの先、沢山経験させてやりたい。
そのためにも元気でいよう。とにかく健康が第一だ。
****
「ただいま、戻りました」
「葉山、疲れただろう。今、戻ったのか」
「あ、はい」
心配をかけぬよう右手をそっと後にしまったが、リーダーにはすぐに見つかってしまった。
「その手、どうした?」
「大したことはありません」
リーダーの眉間に皺が寄る。
「葉山、正直になれ」
「……はい」
観念したように右手を見せた。がっちりとテーピングしているので、必要以上に痛々しく見えるのかも。
「これは……あの時の後遺症か」
「分かりません。右手を酷使しすぎたようで、腱鞘炎のようなものかと」
「……今日はもう帰っていいから、すぐに病院に行きなさい」
「……ですが、業務報告をしないと」
「あぁ、報告ならバッチリ受けているよ」
「え? でも僕はまだ何も」
リーダーがニヤリと笑って、ウィンクする。
「加々美さんから、報告をもらっているよ」
「え……そうなんですか……あの……何と?」
まさか社長のお兄様だなんて知らなかったから……緊張した。
「葉山のこと、随分気に入っていたぞ」
「本当ですか……よかったです。でも驚きました。まさか……」
「ははっ、そうだよな。あの方は偏った目で見られるのがお嫌いだから、敢えて言わなかった。まぁ……葉山ならそんなこと関係なしに真摯な態度でこなしてくれると思ったが、本当に大成功だったようだな」
「あの……もしかして、ご存じなのですか」
「元、おれが入社した時は、まだ社長でいらしたからな」
「そうだったのですね」
「まぁな。弟に潔く社長の座を譲り渡して、本人は函館で花農家に転身だなんて驚いたよ」
「……厳しいお方ですが、花に情熱を注がれる姿が素敵でした」
素直にリーダーには報告をした。
「葉山、いい経験をしたな」
「はい!」
「よく頑張ってくれた。これで花の命は無事に繋がれたな」
「……あっ」
「どうした?」
「いえ、いいお言葉だなと……」
「おれたちの仕事も、生産者とは違うが……『花の命を繋いでいる』のだ。切り取った花を大切に一番綺麗な状態でお客様に届けるというのは……人が花を好きになり、大切に想う気持ちを繋いでいることなのさ」
腑に落ちる言葉だった。
だから僕はリーダーが大好きだ。
「リーダーのこと、尊敬しています」
「ん? どうした? 突然」
「すみません。伝えておきたくて」
「葉山は素直で可愛くなったな。さぁ今日はもう上がれ。必ず真っ直ぐ病院に行くんだぞ。週末は弟さんの結婚式だろう」
「ありがとうございます。分かりました」
僕の身体を心配してくれているのだから、感謝して従おう。
素直に帰り支度をして整形外科に向かった。
本当は少し心配していた。
あの時の事故の後遺症が再発したのではと。
お母さんもくまさんも大丈夫と励ましてくれたが、少し怖い。
結果……使い過ぎて筋を少し痛めた腱鞘炎だったので、ほっとした。
注射をしてもらうとぐっと楽になったが、今日はテーピングして極力使わないようにと言われてしまった。
病院でレントゲンを撮り、薬局で湿布を受け取って腕時計を見ると、16時過ぎだった。
宗吾さんから、芽生くんは今日も放課後スクールに19時まで預けると聞いていたが、早く迎えに行っても大丈夫かな? 昨日も今日もでは、疲れてしまうだろう。
何より、僕が早く芽生くんに会いたいよ。
そう思い、僕の足は芽生くんの通う小学校へ向かっていた。
****
「芽生ー まだ帰んないの?」
「ぼくは、今日は……夜までだよ」
「えー 昨日もだったじゃん」
「えっと……パパたち……いそがしいから」
「そっか、じゃあバイバイ」
「……バイバイ」
ひとり、ふたりと、友達が帰ってしまう。
空が夕焼け色になっていく。
今日も朝から、パパ、おおいそがしだった。
やっぱりパパとボクだけだと、バタバタだったなぁ。
お兄ちゃんがいないと、たいへんだよ。
お兄ちゃん、いないの……昨日はがまんできても……今日はさみしいよ。
お兄ちゃん……とっても……とっても……あいたいよ。
なんだか急に涙が出そうになって、あわてて鉄ぼうまで走って、何度も前回りをしたよ。
くるん、くるん。
泣かないもん!
だってボク、もう2年生になったもん!
もう……2年生……だ……も……ん。ぐすっ――
にじんだ逆さまの景色に、とつぜん見えたのは……
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