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誓いの言葉 18

「あー 大きな鳥さんだ!」  鉄棒をくるんとまわって、ボクはお空を見上げたよ。 夕やけ空に、大きな白い鳥さんがいたんだ。 「鳥さーん! ボクものせてよ。ひこうきみたいにホッカイドウまでつれていって! おねがい!」  まわりに誰もいないから、つい叫んじゃった。  でも、ちゃんと知っているよ。あれがただの雲だってこと……  飛行機だったらいいなって、思っただけだもん。 「あーあ、ボクがもしも鳥になれたら、お兄ちゃんにすぐに会いに行けるのになぁ」    鉄棒にもたれてぼんやりしていると、突然名前を呼ばれたよ。  先生じゃないよ、この声は…… 「芽生くん、よかった! ここにいたんだね」  お兄ちゃんがタタッと走ってボクの前にしゃがんで、ニコッと笑ってくれた。 「芽生くん、ただいま! 昨日はごめんね、早く逢いたくて迎えに来ちゃったよ」  お……お兄ちゃんだ……本当にお兄ちゃんなの?  うれしくて、だきついちゃった。 「わっ」 「お兄ちゃんー‼」  その時になって、お兄ちゃんに右手が白くなっているので、びっくりした。 「お、お兄ちゃん、おててどうしたの?」 「あ、見つかっちゃったね」 「白い鳥さんみたい」 「?」 「ううん、なんでもない」  お兄ちゃんが鳥になってビューンって会いに来てくれたのかも。  そんなこと考えちゃった。 「さぁ帰ろう。あのね……お兄ちゃんの右手は少し休憩しないといけないから、左手でいいかな?」  そう言って、左手を差し出してくれた。 「うん! もちろんだよ。手……痛いの?」 「……少しだけ。お仕事で頑張り過ぎちゃったんだ」 「すっごくタイヘンだったんだね」 「うん、でも芽生くんも忙しかったよね」 「……うん、えっとね、パパも忙しかったんだ」 「そうみたいだね。芽生くん、がんばったね。お留守番をしてくれてありがとう」  お兄ちゃんの言葉ってスキ。  やさしくて、やわらかくて、ダイスキ。  校門を出てお兄ちゃんと手をつないで歩いていると、向こうから背の高い男の人がバタバタ走ってくるのが見えた。 「あれ? 宗吾さん?」 「パパだー!」  パパも早く迎えに来てくれたんて、うれしいな。ボク、ひとりじゃないよ。さみしい子じゃないんだ。そのことが、うれしかった。 「おーい、瑞樹、芽生」 「宗吾さん」 「パパ!」 「俺も今日は仕事が早く終わったんだ」  パパ、昨日とちがってごきげんだ。 「お疲れ様です」 「瑞樹もお疲れさん」 「芽生、悪かったな。待たせて」 「ううん、おにいちゃんがテツボウまで迎えにきてくれたの。それってトクベツなんだよ」 「そうか、トクベツか。それはよかったな」  パパの大きな手が、ポンポンとボクの頭をなでてくれる。お兄ちゃんの優しい手がキュッとにぎにぎしてくれる。  よかったぁ……本当によかった。  ボクのかぞくは、パパとおにいちゃん。  ふたりそろってないとダメだよ。  **** 「ただいま!」 「芽生くん、すぐに手を洗うんだよ」 「はーい!」  芽生が家に着くなり重たいランドセルを投げ出して、中に走って行った。 「あっ、芽生くん、お靴も揃えないとダメだよ」 「あ、はーい」  瑞樹がしゃがんで芽生の靴を揃えようとすると、芽生が慌てた様子でUターンしてきた。 「お、おにいちゃん! 右手を使っちゃダメだよ」 「!?」  俺としたことが、その時になって瑞樹が右手にテーピングをしているのに気付いた。 「ど、どうした? 右手、痛むのか」  過るのは、あの日の後遺症。右手が動かなくなり、数ヶ月大変だった。 「あ……違います。鋏の持ちすぎて腱鞘炎になりかけてしまって。さっき病院に行ってきたので大丈夫ですよ」  瑞樹が困った顔で笑う。無理していないか、その笑顔の奥をじっと覗いてしまう。 「宗吾さん、そんなに心配しないで下さい。注射をしてもらってずっと楽になっていますし……ちゃんとレントゲンも撮っていただいて……あの時の……後遺症ではないと」  良かった、そうだったのか。  一番不安だったのは瑞樹、君自身だろう。自分の身体のこと……しかも利き手に関わる問題だから不安だったろう。 「お兄ちゃん、今日は手をつかったらダメだよ。だからボクとパパで、全部おせわするから」 「そうだぞ。瑞樹は潤くんの結婚式も控えているのだから、今日は家事に手出しするな」 「え……大丈夫ですよ?」 「急な出張で疲れているんだし、休め、休め」 「そうだよ、そうだよ」  芽生と二人がかりで、瑞樹を部屋に押し込んだ。 「お兄ちゃん、いい子にしていてね」 「えっ……えっと」  芽生と俺は昨日と打って変わって俄然張り切りモードだ。どちらがよく働くか、瑞樹に見てもらいたくて! 「くすっ、じゃあ……お願いします。僕はここで、いい子にしていますね」  くぉおぉ~ その言い方よ。変わらない可愛さにノックアウトだ。  1日会えなかっただけで恋しさが募る相手なんだよ、君は。  俺はフル回転で洗濯を入れて、風呂を洗って、ご飯を炊いた。 「パパ、今日はボクがおせんたくものたたむよ」 「よし、任せた」 「だから、パパがお兄ちゃんをお風呂にいれてあげてね」 「お? いいのか」 「うん、ボクだと……まだお役に立てないから、パパにゆずるよ」 「……ありがとうな」  芽生公認で瑞樹を風呂に入れてやれるのか。うん、ムラッとしないように気をつけるからな。  脱衣場にスーツ姿の瑞樹を連れ込むと、瑞樹は目元を染めていた。 「あ、あの……なんだか……狼に狙われた兎みたいな気分です」 「ははっ何を言って。俺は今日は介助するだけだ」  そう言いながら、ワイシャツの釦をひとつひとつ外していく。 「あっ、そうでした!」 「何だ?」 「その……急な出張で……着替えを持って行けなかったんですよ」 「うん?」 「その……だから……どうか……絶対に怒らないでくださいね」 「???」 「騒がないでくださいね」    瑞樹が身を捩ってモジモジしだすのは、何故だ? 「じ、実はですね……パンツも肌着も……今日はくまさんのなんです。あ……新品ですよ。お母さんがパンツのゴムは縫ってくれて、なんとか。シャツはブカブカですけど……」 「な、な、なんだと――!」  彼シャツどころではない騒ぎに、吠えそうになると、慌てた瑞樹に口を塞がれた。 「ん……」 「もうっ、静かにして下さい」 「瑞樹からのキスか……うん、悪くないな」 「も、もう――知りません」  耳朶を赤くしたまま覚束ない様子で肌着を脱ごうしているので、手伝ってやった。 「やっぱり……芽生くんも呼びませんか」 「そうだな」  瑞樹を独り占めするのは夜にしよう。昨日から芽生だって寂しい思いをしていたのだから。 「芽生、芽生も一緒に入るぞ!」 「え? いいの? ボクもいいの?」 「当たり前だよ。芽生くんおいで!」 「うん! お兄ちゃんのおせなかあらってあげるね」 「わぁ、ありがとう」  男三人、風呂場でワイワイはしゃいでしまった。  流石にもう狭くなってきたが、こんな一時が愛おしい。 「宗吾さん、芽生くん、昨日はありがとうございました」 「瑞樹こそ、お疲れ様」  互いが互いを労いあう、感謝しあう。  そんな関係が出来上がっている。  俺たちの家には――      

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