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誓いの言葉 19
「瑞樹、ここに座れ、洗ってやるよ」
「あ……はい」
「お兄ちゃん! ボクがおせなかをあらうね」
「ありがとう」
宗吾さんも芽生くんも、すごく張り切っているな。これは今日は大人しく言うことを聞いた方が良さそうだ。
骨折したわけでもないし注射のせいで痛みもぐっと減ったので、自分で洗えないこともないけれども、とにかく二人の目が輝いているので、とても「自分で出来ます」とは言い出せない雰囲気だった。
病院で巻き直してもらった右手のテーピングが仰々しかったのか、かなり二人を驚かせてしまったようだ。
でも……僕の身体を、心から心配してくれる人がいるのは、嬉しい。今日の僕は、二人がかりで甘やかされている。それが擽ったくも、嬉しいことだった。
「お兄ちゃんやさしくゴシゴシするよ」
「瑞樹、まずはここからな」
「ん……はい」
芽生くんが背中を泡のついたスポンジで洗ってくれ、宗吾さんが僕の胸もとを洗ってくれる。でも待って……ううっ……ちょっとこれって感じそうになる。
そ……宗吾さん意地悪はしないで下さいよ。
強く目で訴えると、宗吾さんは余裕のある笑みを浮かべていた。
「瑞樹、ほらバンザイして」
「え……」
「脇の下もちゃんと洗わないと」
「くっ、擽ったいです」
「我慢、我慢!」
「も、もう――」
「お兄ちゃん、おせなかきもちいいですか」
「う、うん」
はぁぁ、本気で逆上せるところだった。
お風呂上がりに、バスタオルで全身を二人がかりで拭かれ、パジャマまで着せてもらって……これでは、くまさんのログハウスにいる時よりも更に赤ちゃん扱いだ。
「お兄ちゃん、今日は大きな赤ちゃんだね」
「うう……そうかな?」(その通りだと僕も思う)
もちろん食事も、スプーンで食べさせてもらう羽目に。
「瑞樹、あーん」
僕は観念して、手をまた膝の上に置いて目を閉じて、口を開いた。
「美味しいか」
「はい! 宗吾さんのオムライス、久しぶりですね」
「食べさせやすいからな」
「パパ~ ボクもしたいな」
「あ……じゃあ芽生くんも食べさせてくれる?」
「うん!」
「お兄ちゃん、あーん」
和やかな優しい時間だな。たった1日離れていただけなのに、何日も離れていたように感じたのは僕だけではないようだ。
食後ソファで寛いでいると、宗吾さんがホットミルクをいれてくれた。
「瑞樹、あのさ……マグカップ割ってごめんな。今日はこれで我慢してくれ」
「そんなの気にしないで下さい。大丈夫ですから」
「お兄ちゃん、ごめんなさい」
「芽生くん、いいんだよ。あれは天国のお父さんの所にきっと行ったんだ。お父さんは器用だったから綺麗に修理してくれるよ」
「ほんとう?」
「うん、そうだよ」
昨日のことを思い出してしょんぼりする芽生くんを、膝に乗せてあげた。
「ちゃんと抱っこできなくてごめんね」
「ううん……ボク、おもたくなったでしょう?」
「まだまだ大丈夫だよ」
「そうなの? よかったぁ」
芽生くんがボクの胸元にほっぺたをつけて、安心したように息を吐き出し、暫くすると自然に体重がかかってきて静かになっていく。
「芽生……眠りそうだな。きっと瑞樹が帰ってきてホッとしたんだろうな」
「もう少しこのままで……眠りに就くまで……ここで」
「瑞樹、ありがとう。たった1日だったが瑞樹がいないだけで……俺、駄目駄目だった。芽生にあたってしまったし……イライラして最低だな。こんな父親……」
宗吾さんが珍しく自己嫌悪している。
「そんなことないですよ。宗吾さん……人は万能ではないです。いろんな日があります」
「だが……結局……芽生に怒鳴ってしまったんだ」
「……大丈夫ですよ。芽生くんもちゃんと分かってくれています」
既に昨夜電話で話してもらったことだが、宗吾さんはまだ引きずっているようだった。
「悪い……瑞樹と出会う前は、毎日が昨日みたいに荒れていたんだ。それを思い出しちまってな」
「……宗吾さん」
宗吾さんもソファに腰を下ろして、コトンと僕にもたれてくれた。
「大丈夫ですよ。僕がいますから……僕が二人を守ります……って……おこがましいことを言いました」
自分で言って、真っ赤になってしまった。
「瑞樹……」
自分から大胆な事を言うなんて……どうしてしまったのか。
「嬉しいよ。瑞樹を頼りにしている。俺も芽生も瑞樹が大好きなんだ」
「はい……僕もですよ」
宗吾さんが僕の左手を取って、恋人繋ぎしてくれる。
「急な出張、改めてお疲れさん」
「はい……くまさんやお母さんも手伝ってくれたので頑張れました」
「そうだ。熊田さんとお母さんのこともおめでとう」
「あ! そうだ……そのことで提案があって」
「何だ?」
「潤の結婚式で……二人の祝福もしてあげたいと思ったのですがどう思いますか」
「いいな。サプライズか」
「……お母さんは潤が落ち着いてから、ゆっくりと言うのですが」
「お母さんの気持ちも分かるが、周りが勢いをつけてやるのも大事だよな。特にあの年代は……」
「はい……だから僕から広樹兄さんと潤にも相談してみようと思っています」
葉山の家のことで……僕から提案したことなんて……一度もないのに……いや、だから今こそ、僕が動きたい! そんな衝動に駆られていた。
「瑞樹の好きなようにするといい。俺は全力でサポートするだけだ」
「あ……はい、心強いです!」
「瑞樹……キスしていいか」
「あ……はい」
胸元の芽生くんは、もう寝息を立てている。
そっと目を閉じると、唇全体が、優しいぬくもりで濡れた。
「ん……っ」
「恋しかったよ。君が」
「僕もです」
啄むようなキス、しっとり重ね合うキス。
深く口腔内をまさぐるようなキス。
キスがどんどん深まっていく。
「ん……んっ」
「瑞樹、そろそろ芽生をベッドに寝かしてくるよ」
「あ……はい」
宗吾さんが芽生くんを抱き上げて、子供部屋に入って行くと、僕も家に帰ってきた安心感からか、欠伸が出た。
このままソファで……寝てしまいそうだ。
とろんとして……瞬きを数回……
その後のことは、もう何も覚えていない。
目を覚ますと、カーテンの向こうが明るく、鳥のさえずりが聞こえた。
「あ……もう朝?」
「……瑞樹、起きたのか」
「すみません。寝ちゃって」
「いいんだよ。もともと昨夜は君を休ませてやるつもりだった」
「あの……ベッドまで宗吾さんが」
「お姫様抱っこでな」
「うわっ、それは……いたたまれません……」
「何を言う? そうだ、手の調子はどうだ?」
そっと右手を出して、開いたり閉じたりしてみた。
「あ……もう痛くないです。動きもスムーズです」
「良かったよ。ブーケを二つ作るのだろう?」
「あ……はい! お母さんと菫さんの分を作りたいです」
「じゃあ、兄弟には連絡しておかないとな」
「はい!」
宗吾さんが覆い被さり、僕の唇を4回啄んだ。
「瑞樹、お・は・よ・う」
「くすっ」
「今日は上機嫌だな」
「……僕たちって……永遠に新婚だなって」
「そうだな。俺は自信あるよ」
「あの……僕もです」
明るい朝のスタートは、おはようのキスから。
物語のような朝の挨拶は、宗吾さんと暮らすようになってから毎朝続いている。
これが僕の歩む道。
「起きましょう!」
「よーし、頑張るぞ」
「はい!」
潤の結婚式まで、あと三日だ。
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