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誓いの言葉 20
「お兄ちゃん、おはよー」
「芽生くん! もう起きたの?」
「うん!」
宗吾さんと一緒に寝室から出た途端、子供部屋からパジャマ姿の芽生くんがたたっと走ってきた。
「お兄ちゃん、手、もう、いたくない?」
「そうだね。もう殆ど痛くないよ。注射が効いたみたいだね」
「え? ここにチュウシャしたの? い、いたかったでしょ?」
「チクッとしたけど、大丈夫だよ」
「わぁ……お兄ちゃん、がんばったね」
芽生くんが僕を見上げてにっこり笑うので、僕もつられて笑った。
「あれれ? お口に何かついているよ」
「え?」
さっき宗吾さんと深いキスをしたばかりなので、濡れているのかも!
包まれるように、じんわりと唇を重ねられたから。
慌てて顔を伏せて、手の甲で擦った。
「と、取れたかな?」
「うん! ベッドのお部屋、とっても暑かったんだね」
「へっ? あ、そう! お兄ちゃんね、暑くて汗かいちゃったんだ」
無理があるよなぁ……
そんな話を冷や汗を流しながらしていると、宗吾さんに呼ばれた。
「おーい、瑞樹、このつなぎどうしたんだ? 一緒に洗っていいのか? 会社の備品なら急ぐよな」
「あ……あの……それは……実は父の物です」
宗吾さんがつなぎをパンパンと叩く手を、ぴたりと止めた。
「悪い! 雑に扱って。そうか……亡くなったお父さんのだったのか。もしかして、熊田さんが取って置いてくれたのか」
「はい、そうなんです。僕には少し大きいのですけどね」
「……よかったな。あれ? 右肘に継ぎ接ぎがしてあるな」
「はい……お父さんが山道で人を助けた時に破いてしまったようで……継ぎ接ぎしてもらったそうです。あれ?」
よく見ると……つなぎの右太腿付近と左の膝辺りも擦り切れていた。
「ふむ、こっちも直した方がよさそうだな」
「ですが……」
「ちゃんと手入れしておかないと、着られなくなってしまうぞ」
「はい。えっと……どうしたら?」
「明日、頼んでおいたスーツを取りに行くから、銀座のテーラーにお直しをお願いしてもいいか」
「え……そんなの悪いです」
宗吾さんがウィンクする。
「俺も君の役に立ちたいんだよ」
「あ……はい。じゃあ……お言葉に甘えて」
「よし! 任せておけ」
そんな理由で、つなぎのリフォームは宗吾さんに任せることにした。
****
「リーダー、おはようございます。昨日はすみませんでした」
「葉山、手はどうだった?」
「はい、レントゲンも撮っていただいて軽い腱鞘炎という診断でした。ご心配お掛けしました」
僕の答えにリーダーは、ほっと胸を撫で下ろしたようだ。
僕はいろんな人に心配をかけている……申し訳ない気持ちと感謝の気持ちが入り混ざった。
「よし、今日は君は菅野の補助に徹してくれ」
「はい! すみません」
「謝らなくていい、函館で十分働いたのだから当然だ」
本音を言うと……まだハサミを持つには万全ではないので助かった。
潤の結婚式まであと3日だ。それまでには絶対に治す。
ベストの状態で、当日を迎えたいから。
始業時間まであと5分。
僕はそっと鞄の中からデザイン帳を取り出した。
当日は朝から軽井沢入りして、現地でウェディングブーケを作る予定になっており、材料はもう手配してある。
二人には生まれたての新鮮なブーケを準備してあげたい。
菫さんのブーケは紫のスミレを基調とした『ラウンドブーケ』を予定していて、潤にもお揃いのスミレを使用したブートニアを作る予定だ。いっくんもいるから、可愛らしい雰囲気でまとめよう。
じゃあ……お母さんのブーケはどうしよう? 今からだと花の手配が間に合うか……あ、そうだ。お母さんは『クラッチブーケ』にしよう。手で掴める長さで茎を切り揃えて束ねたもので、摘んだ花をそのまま束ねたかのようなナチュラル感がいい。いろんな花をまとめてあげたいな。
「おはよー! あれ? 瑞樹ちゃん、手、どうした?」
「あ、菅野! おはよう」
「その手、痛むのか」
「あぁ軽い腱鞘炎なんだ。もう大丈夫なんだけど、今日は菅野の弟子として働くよ。よろしくね」
「やった! 葉山とペアで仕事なんて久しぶりだな」
「うん」
「ところで誰のブーケのデザイン? クラッチブーケか」
菅野が不思議そうに僕のスケッチブックを指さした。
「あぁ……あのね……お母さんが……えっと、函館の母が今度再婚することになったんだ」
「えぇぇ!」
「うん」
「葉山、いろいろ複雑だと思うが元気出せよ」
「えっ?」
どうやら……菅野は母が僕の知らない人と再婚すると思っているらしい。
「違うんだ……あの……実は僕の亡くなった両親をよく知る人と再婚するんだよ。僕のお父さん代わりだった人がそれによって、本当のお父さんになるんだ」
「何だって?」
「とても嬉しいニュースだった。函館出張で偶然知って、すごく嬉しかったんだ」
「そうか……良かったな。本当に良かったな」
菅野?
そんなに喜んで……もしかして涙ぐんでいるのか。
「大丈夫?」
「悪い。親友の幸せは、自分のことのように嬉しいもんだな」
「あ……ありがとう」
そんな風に言ってもらえるなんて、僕の方こそありがとう。
その晩、僕はまず函館の家に電話をかけた。
「もしもし、兄さん?」
「瑞樹か。この前は会えなくて寂しかったぞぉ~」
「うん、僕も……でも明明後日には会えるよ。それでちょっと兄さんに相談があって」
「分かった。ちょっと待って、携帯からかけ直すよ」
「あ、僕からかけるよ」
「いいって。そのくらい大丈夫だ」
「……ゴメン」
「謝るな」
「うん」
すぐに兄さんから折り返しの電話がかかってきた。
「瑞樹、今、2階は誰もいないから内緒話もOKだぞ」
「くすっ、あの……お母さんとくまさんのことで」
「やっぱり瑞樹も知ったんだな。二人の関係を」
「うん、最初はびっくりしたよ。まさか二人がそういうことになっているなんて」
「だよな。潤の結婚式が終わって落ち着いたら入籍するって言ってたぞ」
「僕もそう聞いたんだ。それで……僕から一つ提案があって」
「ん? なんだ?」
葉山の家に引き取られてから……自分から何かが欲しい、何かがしたいと申し出ることは……ただの一度もなかった気がする。
あ……でも、一度だけあったのか。
勝手に高校の卒業後の進路を決めてしまった。
このまま家に置いてもらうのが、申し訳なくて、居たたまれなくて。
逃げ出したかったのだ。
でも……今は違う。
葉山の家は、僕の実家だ。
そう胸を張って言える。
「瑞樹、どうした? 話してみろよ」
「う……ん。僕がこんなこと言い出していいのかなって……」
「あーもう、じれったいな。そういう提案はどんどんあげるべきだ」
「分かったよ。あのね……軽井沢の結婚式で……お母さんを驚かせたいんだ」
「もしかして?」
「うん、僕たち三兄弟でサプライズ結婚式を用意しない? 兄さん、それって駄目かな?」
電話の向こうで、兄さんが声を詰まらせた。
「くっ……」
「に、兄さん? どうしたの?」
「み……瑞樹から、そんな提案をしてもらえるなんて、嬉しくて溜まらん! まったくお前は、いつも……いつも! 遠慮して引っ込んでばかりだったから……あーもう! 良かったよ‼」
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