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誓いの言葉 28

「宗吾さん、その鞄パンパンに膨れていますが、一体何を?」 「あーしまった! 忘れてた」  宗吾さんがずるずると取り出したのは、僕のお父さんのつなぎだった。 「あ、それ……本当に持って来たのですね」 「ここなら瑞樹のサイズを把握しているから、手っ取り早いだろう。ここで、ジャストサイズにしてもらわないか」 「……ですが」  宗吾さんの提案は嬉しいが、僕にはほんの少しの躊躇いがあった。 「……ごめん、俺、先走ったか。やはり……お父さんのサイズのままがいいか」 「……すみません」  このままでは、僕にはぶかぶかだったが……まるでお父さんに抱きしめられいるような心地がして溜まらなかったから……宗吾さんの申し出に躊躇してしまった。押し黙っていると、宗吾さんが優しく僕の手を撫でてくれた。 「なぁ……瑞樹、君の気持ちは分かっているよ。だけど……やっぱりほんの少しだけでいいから、詰めてもらわないか」 「……そうですね」  あまり気乗りしない返事をしてしまった。すると……宗吾さんが苦しそうな表情を浮かべた。 「あまりぶかぶかだとさ、作業をする時に危ないだろう?」 「あ……」 「俺、君が怪我をするのはいやなんだ。足や背中のほつれも、どこかにひっかけたらと思うと……本気で心配なんだ」  宗吾さんのウィークポイントは、僕だ。  宗吾さんも、あの姿がトラウマになっているのだろう。  あの日、ボロボロに傷ついた僕を抱きしめてくれたから。  窓から飛び降りた僕の姿は直視出来ない程……痛々しかった。 「宗吾さん……ごめんなさい」 「謝ることないさ。俺も配慮が足りなかった」  すると……僕たちの会話に耳を傾けていた蓮さんが、ボソッと呟いた。 「それなら……おれの兄さんに任せるといい。悪いようにはならないさ」  絶対的な信頼を、大河さんに抱いているような口ぶりだった。 「ん? 俺を呼んだか」 「あ、桐生さん……実は」  宗吾さんが事前に話をしていたのだろうか、大河さんは真剣な目つきで、お父さんのつなぎを手に取った。 「ヴィンテージか、味があるな」 「……亡くなった父の形見なんです。あの……僕はフラワーアーティストなので、大がかりな生け込み時にはこのような作業服を着ます。出来たら、このまま……これを着たいのですが、流石にぶかぶかで……」 「分かるよ。父親の名残は捨て難いもんな」  図星だったのでコクンと頷くと、大河さんは甘い笑顔を浮かべた。 「君は素直で可愛い子だな。どれ、俺に任せておけって」 「あの……」 「ちゃんと名残も残しつつ、安全なつなぎにしてやるよ」 「あ……」 「この程度ならすぐに出来るから、もう1杯飲んでけよ」  大河さんはつなぎを持って、二階に上がっていった。  どうやらカクテルお代りしている間に、仕上げてくれるようだ。 「だから言っただろう。兄さんに任せておけばいいんだ」  蓮さんがカウンター越しに、フッと微笑む。  バーテンダーのタイトな制服がよく似合っているお洒落な男性だと、改めて見入ってしまう。 「蓮さんのその制服も……お兄さんが?」 「あぁ、おれの服は全部、兄さんが作ってくれるんだ」  うっすら頬をそめ、照れ臭そうにカウンターを離れる蓮さんが可愛らしく見えた。  そんな様子を、宗吾さんと見つめ合って口元を緩めてしまった。 「宗吾さん、今の台詞……月影寺の流さんと大河さんって似ていますよね」 「あぁ、流も何でも作ると聞いたよ。好きな人のためなら」 「あの、じゃあ宗吾さんは何が得意ですか」  好奇心が勝って宗吾さんの覗き混むと、肩を揺らしていた。 「俺? 俺は裁縫は苦手だよ。だが食べるのは得意だ」 「あぁお料理ですね。宗吾さんはお料理上手ですよね」 「くくっ、可愛いな。俺は食べるのが得意っていったのに」  肩を組まれたかと思うと、その手が胸元に辿りついて、スーツ越しに乳首の付近を撫でられて、ぞくぞくとした。 「ここ、食べるの好きだ」 「そ……んなこと、こんな場所で言わないでください」 「誰もいないぞ」 「ですが……」 「じゃあ、こっち……」  カウンターに横並びに座っているので、そのまますぐに口づけできる距離だった。そこに蓮さんがカクテルを運んでくる。 「これ……『キス・インザムーン』だ。カシスとフランボワーズのリキュールにグレナデンシロップを加えたもの」 「あの、これ……どうして一杯だけなんですか」 「今からキスをするんだろ? だったら二人で一つで充分だろ」 「‼‼」  参ったな。蓮さんは刺激的な発言をする人だ。  僕はこういう大人めいたやりとりに不慣れなので、真っ赤になってしまうよ。 「サンキュ、粋な演出だな」 「兄さんから言われて、貸し切りにしているんだ。普段出来ないことしろよ」 「瑞樹、いいか」 「そ……宗吾さん」  もう止まらない。     こんな風に人前でキスなんてしたことないのに……お酒の勢いだろうか、僕は静かに目を閉じて、宗吾さんからのキスを受け入れていた。 「ん……んっ……んん」 「瑞樹とのキスは、いつも美味しいよ」 「あ……」 「今日はカクテルの味を分け合っている」  BGMにジャズが流れる薄暗い店内で、恋人同士のキスをした。  暫く貪り合っていると階段を下りてくる足音がしたので、慌てて唇を離した。 「おーい、出来たぞ」 「桐生さん、ありがとうございます」 「どうだ? これで」 「あ……っ」  お父さんのつなぎは大きく雰囲気は変わっていないのに、手と足の長さが絶妙に僕のサイズになっていて、大きくほつれてしまっていた両膝と背中部分には四つ葉のあてがついていた。 「君たちは四つ葉がラッキーアイテムだそうだな」 「すごい……すごいです」 「瑞樹、これなら大丈夫だな」 「はい! あ……早速、軽井沢に持っていきます」 「そうだな。沢山……息子である君が活用してあげるのが、供養になるな」 「はい!」  お父さんのつなぎを抱きしめて深呼吸すると、微かに森の香りがした。  函館の森の匂い? 「あれ? 何か……匂いが?」  微かに感じるのは、懐かしいお父さんの匂いだった。   「あぁ、勝手に悪い。これは『WOOD WINDS』という香りだ。湖畔の林を吹き抜ける風のように清々しい香りさ」 「はい!」 「つなぎにもともと残っていた微かな香りを、さり気なく引き立たせるオーデコロンだ。英国のR-Gray社の品は、けっして人の邪魔をしないから気に入っているんだ。もともと樹木由来の香りを調合したものだし、この位なら君に似合いそうだと思ってな。森林浴のような清々しい香りをまとって、身も心も羽ばたけよ」  すんと吸い込めば、そこにはお父さんが笑っている。 「ありがとうございます。サイズが代わっても、ちゃんとお父さんがいます。このつなぎに……感じます」  僕はつなぎを抱きしめて深々と礼をした。  その様子を桐生兄弟が、肩を組んで見守ってくれていた。 「流石おれの兄さんだ」 「蓮、お前のつなぎにもいつもつけてあげているだろう」 「あれは……キザな名前だよ」 「Mr. Perfect! とか My Angelとか……照れ臭いんだよ!」 「そうつれないこと言うなって」  お兄さんが弟さんのこめかみにキスをするのを目の当たりにして、先ほどまで自分たちがしていたことを棚にあげて、照れまくってしまった。 「じゃ、そろそろお暇しますよ」 「いつでもどうぞ」 「今度、連れてきたい人たちがいるんだ」 「そう? なら……貸し切りにしていいよ」  僕と宗吾さんの頭の中には、月影寺のメンバーが浮かんでいた。 「さぁて、瑞樹、帰ろるぞ」 「はい。芽生くんに会いたいです」  恋人から家族へ  家族から恋人へ  僕たちは自由自在だ。  何もひとつの場所に留まらなくてもいい。  臨機応変になればいい。 「宗吾さん、素敵な時間をありがとうございました」 「また来ような」 「はい!」  銀座のネオンは、僕には相変わらず縁遠いが、宗吾さんとの距離は、また一歩近づいた。  お直ししたばかりのつなぎを抱きしめて、出来たての礼服を持って、さぁ、僕らの家に戻ろう!  

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