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誓いの言葉 27

「ヒロくん、まだ寝ないの?」 「あぁ、ちょっと練習をしてからでいいか」  店を閉めてから、こっそりブートニアを作る練習をした。都会でフラワーアーティストの肩書きを持つ瑞樹はこういう作業が得意だが、函館の町の花屋の俺には、不慣れな作業だった。  でも瑞樹がせっかく頼んでくれたのだし、俺も全力で協力したい。それに母さんと再婚するくまさんは、俺にとって新しい父親になるわけだから、嬉しい依頼だった。   「あ……これって、もしかして」 「しっ」 「うふふ、わかったわ。優美を寝かしてくるから頑張ってね」 「ありがとう。みっちゃん」  みっちゃんには全部話してある。瑞樹が結婚式で仕掛ける最大なサプライズの内容を。もちろん大賛成だったし、瑞樹が自らそんな企画を練るようになったことに感激してくれた。 …… 「そうなんだ! あの瑞樹くんが……自分からそんな企画をするなんてすごいね」 「そうなんだ。だから俺も精一杯協力したくてな」 「ずっと内気で儚くて。ヒロくんの弟だって知っていたから放って置けない存在だった瑞樹くんも大きく成長したのね。よかったわ」 「ありがとう」  みっちゃんは高校時代の瑞樹を知っている。瑞樹が養子になった理由も、ストーカー事件のことも。  だから俺が瑞樹に甘くなるのも、全部理解してくれている。  俺にとって……そのことがどんなに有り難いか。 …… 「ヒロくん、それでお式の本番は何の花なの?」 「潤が育てた白薔薇だそうだ」 「わぁ……ロマンチックね。三兄弟の愛が籠もっているわ!」 「三兄弟か……そうだな。俺たち三兄弟だ」  俺たちは、もう揺らがない。    しっかり地上に根ざして、それぞれの幸せを大切に生きている。  函館、東京、軽井沢で、それぞれの花を咲かている。   ****  銀座 テーラー桐生 「いらっしゃいませ。あ……滝沢さん」 「やぁ、スーツは出来ていますか」  俺の後ろから瑞樹もひょこっと顔を出す。 「こんばんは。お邪魔します」 「あぁ瑞樹さんもご一緒でしたか」 「はい」  今日は瑞樹の誕生日にオーダーした、礼服を受け取りに来た。  芽生は母さんが迎えに行ってくれそのまま実家で夕食を食べるので、俺と瑞樹は珍しく会社帰りに待ち合わせて、夜の銀座に繰り出したわけさ。 「今日はデートですか」 「まぁな」  隣で瑞樹が頬をぽっと染める。初心な反応は相変わらずだな。 「いいですね。今日は坊やはお留守番ですか」 「実家に預かってもらっているんだ」 「なるほど、じゃあ弟のBarでゆっくりしていって下さいよ」 「ありがとう」  このテーラーの店主とは不思議と気が合う。おそらく彼の恋人が男だと知っているからなのか。 「ぜひ試着なさって下さい」 「瑞樹、着てみろよ」 「はい!」  仕事帰りの瑞樹は少しの疲労感を纏ったストイックなスーツ姿で、そそられる。試着室に入り着替えている様子をカーテン越しに感じて、ワクワクしてしまった。  ブラックスーツに淡い水色のベストとアスコットタイ。瑞樹に似合いそうな、洗練された美しい式服を誂えた。 「宗吾さん、あの……どうでしょうか」 「どれ?」  瑞樹がカーテンの隙間から照れ臭そうに声をかけてくるので、俺は試着室のカーテンを捲って中に入った。 「あ、あの……ここは狭いですよ」 「瑞樹、最高に似合っているよ」 「あ……ちょっと」  そのまま悪戯なキスをすると、瑞樹がみるみる真っ赤になっていく。 「この位で照れるなよ」 「そ、宗吾さん、困ります」  一度やってみたかった! 試着室でキス! 「はっはは、大いにどうぞ」  桐生さんがそんな俺らの様子を見て、豪快に笑う。   このテーラーいいな。同性カップルに寛大だ。 「瑞樹、ここ気に入った! 今度、月影寺の流にも教えてやろうぜ」 「そうですね。洋くんにも是非」 「いいな、また彼らにも会いたいな」 「そうですね」  結婚式が落ち着いたら、月影寺にでも遊びに行くか。このテーラー同様、あそこも同性カップルに寛大な場所だ。のびのびとありのままで過ごせる場所は……だいぶ開かれた世の中でも、まだまだ少ないからな。 「宗吾さん、そろそろ……出て下さいよ」 「んー、もうちょっとな」 「あ……んんっ」  狭い試着室の中で、瑞樹を腕の中にすっぽり包んで額や耳朶……首筋に軽くキスをしてやった。  瑞樹は困った顔をしつつも……しだいに蕩けていく。 「可愛い顔だな」 「あ……も、もう駄目ですって」  瑞樹の困惑を解くように、優しく離れてやった。 「ふぅ……」 「ごめんな」 「くすっ……大丈夫ですよ。ギリギリセーフです。僕……宗吾さんだから……許しちゃうんですよね」  ニコッと笑う顔! うぉぉ、これぞいっくんにも負けない天使スマイルだ。  瑞樹はコホンと咳払いしてから、礼服を整えて鏡の前に立った。 「サイズいかがですか」 「とても着心地がいいですね」 「きつい箇所はないですか」 「はい!」 「良かったです」 「あ……ありがとうございます。弟の結婚式が間近なので、早速活用させていただきます」 「あぁ、そういうことか」  桐生さんが合点がいった顔をする。   「あの……?」 「丁度今は薔薇の季節ですね。下のBarではローズフェアをやっているので、飲んでいって下さい」 「あ……はい」 下のBarでは、しなやかで細身のバーテンダーが、シャカシャカとカクテルを作ってくれた。黒豹みたいな綺麗な男だ。 「どうぞ、『ローズガーデン』です。これはドライジンに薔薇の香りをまとわせたカクテルです。フレッシュライムとトニックウォーターを加え、初夏を感じる爽やかな一杯に仕上げました。ガーデンウェディングをイメージしてみましたよ」  まるで、全て知っているような口ぶりに驚いてしまう。さっきの桐生さんの顔といい…… 「もしかして……君も菫さんを知っているのか」 「スミレは妹みたいな存在かな?」 「‼‼」  瑞樹と顔を見合わせて驚いてしまった。 「ええっと……」 「ふっ、そういうあなたは、スミレのお兄さんになる人?」 「あ……そうです。もうすぐ義理の兄になります」 「いい結婚式になるよ。兄さんが準備したベールは最高だからな」 「あ……そうか。あのベール……こちらのお店で準備して下さったのですね」 「……おれが届けた」 「あ……ありがとうございます」 「……幸せなサプライズはいいな」  バーテンダーの艶めいた男は、桐生蓮という名前だ。  もしかして彼も幸せなサプライズに憧れる一人なのだろうか。  そのまま瑞樹とカクテルを傾けて、束の間の二人の時間に酔いしれた。 「宗吾さん、結婚式、よろしくお願いします」 「あぁ、楽しみにしているよ。君の親族の結婚式に出席できるのが嬉しいよ」  俺たちは、カウンターの上で、堂々と手を重ねて微笑みあった。  ここでは、二人の恋は隠さなくていい。    

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