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誓いの言葉 40

 いっくんと手を繋いで待っていると、支度を終えた菫さんがやってきた。    あまりの美しさに絶句してしまう。 「ママぁ~ わぁ、すごくきれい」 「菫さん、最高だ……最高に綺麗だ!」  いつもは下ろしている髪をすっきり結い上げて、菫の生花の飾りを付けていた。 「いっくんも、可愛い! お洋服ちゃんと着られた? ママ、心配しちゃった」 「えっとね、みーくんがきせてくれたのぉ」 「瑞樹くんが?」 「みーくん、めーくんにも、きせてあげるっていってたもん」 「まぁ、そうなのね」  芽生坊も……小さい頃はいっくんみたいに甘えていたのかもな。    甲斐甲斐しく世話する、兄さんの様子がありありと浮かぶよ。  そうだ……オレ自身も兄さんに甲斐甲斐しく世話されていたんだ。たった5歳しか離れていなかったのに、兄さんに毎日幼稚園の制服を着るのを手伝ってもらっていたし、脱ぎ捨てた洋服を直してもらっていた。  まだ兄さんだって小さかったのに、いつも……ありがとうな。 「潤くんこそ真っ白なタキシードが似合っているわ」 「菫さん、オレ……落ち着かない」 「潤くんってば、もう……顔を上げて」 「あぁ」  弱音を吐けば……菫さんがにっこり微笑んでくれる。  オレだけが頑張り過ぎないでいいって、こういうことなのかもな。    その温かい笑顔に、一気にホッとした。 「オレ、菫さんと並んでも大丈夫そうか」 「もちろんよ! 王子様と並べるなんて光栄だわ」 「また、それ? オレは王子さまキャラじゃないよ。王子様っていうのは兄さんみたいな清楚なタイプを言うんだよ」 「あら? そんなことないわ。王子さまにも、いろんなタイプがいるのよ。瑞樹くんは北欧の王子様で、潤くんは南国の王子様なの! 潤くんには、もっと自分に自信を持って欲しいな」  菫さんがオレの手をギュッと握ってくれる。 「パパね、すっごくかっこいいよ。えっとね、これくらい……あ、もっともっとかな~」  いっくんが頭上で両手を合わせて、笑っている。 「ありがとう。そろそろ俺たちも親族控え室に行こう」 「私の方は、両親だけでごめんね。でも瑞樹くんたちのことは事前に話してあるので大丈夫だから」 「ありがとう。理解があって感謝している。さぁ行こう」 「パパ、おてて」 「あぁ」    俺たちは寄り添うように三人で、手をギュッと繋いだ。 *** 「みーくん! 支度は終わったのか。決まっているな」  くまさんは、僕と目が合うと恥ずかしそうにカメラを下ろした。 「あ、続けて下さい」 「み……瑞樹ってば、いつからそこいたの?」 「はい」  お母さん……かなり照れ臭そうだけれども、僕も照れ臭いよ! 「素敵な礼服ね」 「ありがとう。今日のために新調したんだよ」 「もう立派なお兄さんね」 「はい」 「宗吾さんも芽生くんもとっても素敵! 今日は潤のためにありがとうございます」 「いえ、楽しみにしていました」 「ボクも!」  ライラック色のワンピース姿のお母さんが、少し躊躇いがちに聞いてくる。 「瑞樹、お母さん……本当にこんなワンピースでよかったの? 広樹がこれにしろって直前に買ってきたのよ。北海道の母なんだからライラックだとか……もう意味不明。なんだか心配だわ」  流石、広樹兄さんだ。僕はお母さんの衣装にまでは気が回っていなかったので助かるよ。 「はい。今日は堅苦しくないガーデンウェディングなので、お母さんも花を添えてください」 「まぁ瑞樹ってば、なんだか言うわね。 あなた、職場でモテるでしょ?」 「え? お母さんってば、変なこと言わないで下さいよ」  いやいや、それは宗吾さんに聞かれたら大変だよ。  そこにくまさんがやってくる。 「みーくん、式場でのカメラワークと動線の確認をしてもいいか」  くまさんもお母さんも、これから始まるサプライズを知らされていないので、至って平常モードだ。 「見取り図をもらってあります。式次第も」 「助かるよ。じゃあ、先に行くよ」 「え?」 「今から親族紹介だろう? 俺はウェディング会場で待っているよ」 「えっと、ちょっと待ってください。親族控え室の撮影もお願いしたいので一緒にいてください」 「あ、そうか、了解だよ」  ふぅ、危なかった。くまさんはまさかこれから先に自分たちの結婚式が、息子達によって執り行われるなんて思いもしないようだ。    一緒に親族控え室に行くと、もう皆揃っていた。  明るい日差しを降り注ぐ空間が、有り難かった。  ところが事前に運ばれていた先程作ったブーケを見て、ふと違和感を覚えた。違う、こうじゃない。僕は僕だけの力で、ここに立っているわけでない。皆の力があって、ここまで生きてこられた。  その感謝の気持ちを表現したい。 「瑞樹? どうした?」 「宗吾さん、芽生くん、手伝ってもらえますか」 「ん?」 「この白薔薇を……控え室にいる皆さんに配ってもらえますか」 「ん? おぅ! わかった」 「おにいちゃん、ボクも手伝うよ」 「ありがとう! 助かるよ」    束ねていたブーケのリボンを一旦解き放ち、薔薇をバラバラにした。 「皆さん、この祝福の白薔薇を一本ずつお手にお持ち下さい」  広樹兄さん、みっちゃんと優美ちゃん。  おかあさんと、菫さんのご両親。  宗吾さん、芽生くん、そして僕。  そして潤、いっくん、菫さん。  くまさんは、その様子をカメラに次々と収めていった。  今だ! 今から始めよう! 「瑞樹、やるか」 「兄さん、いよいよだな」 「……ぼ、僕が宣言しても?」 「もちろんだ!」 「兄さんファイト!」  すっと息を吸って、深く吐いた。 「本日は遠方からお集まり下さいまして、ありがとうございます。僕は新郎の兄の葉山瑞樹と申します。実はこの場をお借りして、葉山潤と山中菫さんの挙式の前に、執り行いたいものがあります。ご協力いただけますか」  一言一言……丁寧に紡いだ。  事情を知らないお母さんとくまさんも目を細めて、拍手してくれる。  最初はいきなりブーケとブートニアを渡して驚かせようと思っていたが、もっと丁寧に、この瞬間を味わいたくなってしまったんだ。  突然の予定変更は大の苦手だったのに……こんな幸せへの寄り道ならいいよね。 「ご賛同ありがとうございます。では……今から僕の母と、熊田勇大さんの結婚式を執り行いたいと思います」  さぁ……もう怖がらないで……胸を張って告げよう。 「え? 何を言って?」 「瑞樹……どうしちゃったの? 今日は潤の結婚式よ?」  くまさんとお母さんが、顔を見合わせて狼狽えている。   「僕たち三兄弟の希望は……両親揃った状態での挙式なんです。どうか両親として潤の結婚式を見守って欲しいんです」 「あ……」 「えっ」  くまさんがオロオロした様子で、僕の元にすっ飛んで来た。 「みーくん、待てよ。結婚する意思はあるが……まだ心の準備が出来ていないんだ」 「驚かせてごめんなさい。でも、それが息子たちの希望なんです。お……とうさん……みなさんが持っている白薔薇を摘んできて下さい。僕が束ねますので」 「あ……あぁ」  お父さんと……初めて口に出来た。    今日から……この世でのお父さんは、くまさんです。    くまさんは動揺しつつも、一人一人に自己紹介しながら、白薔薇を受け取った。  くまさんの手元で、白薔薇が満開になる。 「みーくん、こ……これでいいのか」 「はい。僕がブーケにしますので、くまさんが一番渡したい人に渡して下さい」 「こ……これは……まさかウェディングブーケなのか」 「外国では、こうやって新郎が花を集めて、花嫁に求愛するそうですよ」 「知っているが……お……俺がそれをやるのか」 「はい! 僕のお父さんなら、きっと出来ますよ」  くまさんは意を決したようで、お母さんの元に跪く。 「咲子さん、俺と結婚して下さい。俺をあなたの息子さんたちの父親にしてくれませんか」  差し出されたブーケをお母さんが我が子のように抱きしめると、菫さんと潤といっくんが、お母さんの頭に繊細なレースのベールを被せてくれた。  小さな白薔薇の飾りが散らされた、精巧なものだった。  次に、広樹兄さんがお母さんにブートニアをそっと手渡す。 「母さん、これは俺が作ったんだ。返事にはこれを……これをくまさんの胸元にさしてあげて」 「あ……うん……勇大さん……喜んで。私は再婚だし……もういい歳ですが……あなたと新しい生活を送りたいです。どうぞ……宜しくお願いします」  くまさんの胸に白薔薇が咲けば、プロポーズ完了の合図だ。 「おめでとう!」 「お母さん、おめでとう」 「お父さん、おめでとう!」  拍手喝采。  端から見たら、世の中こんなに上手くいくことは稀だろう。  だが可能性は0%ではない!  ここに1%の奇跡がある!  信じる心と寄り添う心、集まる心があれば、実現することもある。  人生の花が開く瞬間……今がまさにその時だ。   「う……うううう……うぉぉ――」  誰もが感激で涙ぐんでいたが、声を出して男泣きを最初にしたのは……くまさんだった。

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