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誓いの言葉 39

 結婚式を目前に、緊張する潤の肩に手を置いて、兄として励ました。  潤、僕たちようやくここまで辿り着いたのだね。  僕は心から晴れがましい気持ちで、潤の兄として胸を張った。  すると、いっくんが僕と潤の間に入り込んで、ニコッと白い歯を見せた。 「ねぇねぇ、つぎはいっくんのばんだよ!」 「そうだね。いっくんもパパみたいにカッコよくなろうね」 「うん!」  そこに壁際に控えていた衣装スタッフの女性がやってきた。 「さぁ、ボクもお着替えしますよ」 「……え、あ……パパぁ~」  いっくんは突然後ずさりして、潤の陰に隠れてしまった。 「いっくん、どうした?」 「パパぁ……あのね……えっとね」 「うん? わ、くすぐったいよ」 「いっくん、バイバイする」 「一体どうしたんだ?」  いっくんがベージュの絨毯に蹲って、手足を丸めてしまった。 「どうした? 早くお着替えしないと駄目だろ? ほら着せてもらって」 「やぁ!」 「……えっと……ママを呼ぶか」 「んーん、それもやぁ」  潤はどうしていいのか分からないようで、おろおろし出す。  困ったな、急にどうしたのかな? あ……もしかして…… 「いっくん。顔をあげてごらん」 「みーくんっ、たしゅけて」 「えっと……よかったら、僕がお着替えを手伝おうか」 「みーくんが」 「僕ね、芽生くんのお手伝いもしてきたから慣れているよ」 「……めーくんもしてもらったの?」    いっくんの衣装は、どれだろう?    いっくんを抱き起こして辺りを見渡すと、真っ白なキッズスーツが見えた。 「すみません……あとはこちらで出来ますので」 「まぁ恥ずかしがり屋さんなんですね。はい、了解しました。それでは私は新郎さんのヘアセットに取りかかりますね」 「宜しくお願いします。潤、カッコよくしてもらっておいで」 「あ、あぁ……兄さん……ここは任せていいか」 「僕でよければ」 「兄さんが頼もしいよ」  あぁ、潤が僕にこんなに心を開いてくれている。  それが伝わって、心がじんとした。 「さぁ、いっくん、お兄ちゃんがお着替えを手伝ってあげるね。さーてと、どこまで自分で脱げるかな?」 「いっくんね、ぬぐのはじょうずにできるよ」 「そうなの? すごいなぁ」 「えへへ。みててね」  いっくんが着ていたものを脱いで、肌着姿になった。  可愛いぽっこりお腹に、思わず笑みが漏れる。  僕と出会った頃の芽生くんを思い出してしまうな。 「みーくんって、やさしい」 「そうかな?」 「うん、ほんというと……さっきちょっと……こわかったの」 「……知らない人だもんね」 「う……ん。ごめんなしゃい」  小さな頭をペコッと下げる様子に、胸の奥が切なくなるよ。    この子は父親が亡くなった後、母親と二人でどんな暮らしをしてきたのだろう。  菫さんの明るさの影に潜む切なさに想いを馳せてしまった。 「……いっくんがニコニコだと、パパとママもうれしいだろうね」 「うん! わかった!」 「いい子だね。さぁ、ここに腕を通してごらん」 「こう?」 「そうそう、ボタンは手伝うね」 「ありがと!」  いっくんのスーツは、まるで潤のミニチュアのように純白だった。  子供用にこんな可愛いスーツがあるなんて! 「よし、蝶ネクタイはパパとお揃いの菫色だね。これでいいのかな?」 「あっ! みーくん、わすれもの!」 「え?」 「ちょっとまってね」    いっくんは満面の笑みを浮かべ、カーテンの影に置かれた天使の羽を抱えて戻ってきた。   「これつけるの! いっくんね、てんしになるの!」    純白のキッズスーツに天使の羽だなんて、これは可愛すぎる!   さっきから目尻が下がりっぱなしだ。こういうの伯父馬鹿って言うのかな? 「へんしーん!」  いっくんが背中に羽をつけると、また一段と可愛さを増した。  茶色の髪に白い肌。お人形みたいにクリクリした可愛い目の坊やは、まさに天使そのものだ。 「可愛いよ。まさに地上の天使だね」 「ん? 『ちじょう』って?」 「ここにいる。今を生きているってこと」 「うーん?」 「ごめん、ごめん。難しい言い方をしたね。えっと君は潤と菫さんの天使なんだよ」 「パパとママのこどもだよ~」 「そうだね。そろそろ、パパに会いに行こうか」 「いく!」  いっくんの手を引いて潤の所に行くと、もう支度は終わったようで、鏡の前に立っていた。  潤……本当に南国の王子様みたいにカッコいいな。髪を整えてますます!  その鏡に、天使が映る。 「いっくん!」 「パパぁ~」  いっくんと潤が抱き合えば、白い世界が広がった。    「兄さん、ありがとう」 「うん、じゃあ……僕は先に控え室に行っているね、後でね」  僕は無性に宗吾さんと芽生くんに会いたくなっていた。  これって幸せの連鎖かな。 「兄さん、サプライズは兄さんの仰せのままにするよ」 「ふっ……うん、もうすぐだね」  廊下を出ると、向こうから芽生くんがタタッと走って来た。 「芽生! こらぁ、廊下は走るなよ」 「あ……うん。じゃあ急ぎ足でね!」  芽生くん! 「お兄ちゃん~ もう終わった? もう一緒にいられる?」 「うん、一緒に親族控え室に移動しよう」  芽生くんが僕に甘えてくれるのが好きだ。    大好きだ。 「ボクも、もっとお手伝いしたいな」 「ありがとう、じゃあ何かまたお願いしようかな?」  すぐ横には、宗吾さんがいてくれる。 「瑞樹、俺も手伝いたい! 暇だ!」 「くすっ、そうですね。少し考えてみます」  せっかく集まったのだから、もっと皆が参加できるサプライズ企画にしたいな。    カシャ――  イングリッシュガーデンを横切っていると、木陰からシャッター音がした。  木陰を覗き込むと、美しく咲き誇る白薔薇の前にお母さんが立っていた。  あ……その薔薇は潤の育てたのでは?   「くまさんがお母さんの写真を撮っているようですね」 「熱々だな」 「とても和やかな光景です」    もう間もなく、このふたりは結ばれる。  僕らに祝福されて、新しい人生に送り出す。  この僕も、その一員になれた。  それが今は、とても嬉しいことだった。 あとがき(不要な方は飛ばして下さい) **** 本日『幸せな存在』連載開始してから、丸三年を迎えました。 三周年を無事に迎えられて感無量です。 ここまで読んで下さり、ありがとうございます。 結婚式に向けて、毎日丁寧に大切に書いています。 これからもどうぞよろしくお願いします。

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