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誓いの言葉 43

「あっ!」 「どうした、瑞樹?」  どうしよう! 感極まって……興奮しすぎて、すっかり忘れてしまった。 「あ、あの……潤と菫さんの入場時に、芽生くんといっくんにフラワーボーイをしてもらおうと予定していたのに、吹っ飛んでしまいました。せっかくフラワーバスケットも用意していたのに……」  宗吾さんに説明しながら、どうしようと焦りが増してくる。   「そう言えば……そんなこと言っていたな。俺も忘れてたよ。ん? でも退場の時でもいいんじゃないか。ほらフラワーシャワーっていうのがあるだろう」 「あ……確かに」  一瞬真っ青になったが、そういう方法もある。僕は宗吾さんのこういう臨機応変で前向きな部分に、何度も何度も救われている。   「それにさ、そもそも入場時は無理だったんじゃないか。いっくん、緊張して抱っこになっていたし……それに『楽しみは後に取っておく』という言葉もあるしな」 「そうですね。じゃあ準備します」 「瑞樹、ちょっと待て。ほら、一度深呼吸しろ」 「あ、はい」  宗吾さんが背中を優しく撫でてくれると、落ち着いてきた。 「お、お兄ちゃん、ボクの出番……お花をまくのはいつかな?」  芽生くんの声も緊張のせいか少し上擦っていた。 「えっと、今から準備しようね」 「あ、まって、いっくんも一緒にするんだよね」 「そうだよ」 「じゃあ、ボクがつれてくるよ」  カゴに入った花びらをバージンロードに撒きながら、花嫁の前を歩く子どもを、女の子ならフラワーガール、男の子ならフラワーボーイと呼び、バージンロードを清め、邪悪なものから花嫁を守る意味があるそうだ。  宗吾さんのアドバイス通り、退場時に撒くのはフラワーシャワーの代わりにもなるので、返って良いのかも。新たな人生の道を清める意味も込められる。  僕は白や紫や水色の花びらをカゴに入れて準備していたので、急いで取りに行った。 「いっーくん、おいで、おいで!」 「あ、めーくんだぁ」 「これから、いっしょにお花をひらひらするんだよ」 「おはな? やるぅ!」  いっくんと芽生くんが並ぶと、実の兄弟のようで微笑ましい。 「じゃあ、これを花嫁さんと花婿さんの通る道にふわっとまいてくれるかな?」 「わかった」 「できるかなぁ?」 「できるよ!」  二人とも菫さんを守る小さな騎士みたいで可愛い! 様子を見守りながら、思わず目を細めてしまった。  幸せの欠片は、ここにもある。 「じゃあ、そろそろ退場するから、こっちにおいで」 「うん!」 薔薇のアーチの下では、結婚誓約書に署名をした潤と菫さんが向き合って、微笑んでいた。それから潤が一歩前に進んで、菫さんの額に誓いのキスを贈った 「潤、おめでとう!」 「潤くん、おめでとう!」 「おめでとうございます! 末永くお幸せに」  参列者から祝福の声があがる。  人前式って、とっても素敵だ。  これは家族のための、家族による結婚式なのかもしれない。  お母さんは涙ぐみ、くまさんがその肩を支えてあげていた。  あ……いいな。  お母さんは、もう一人で耐え忍ばなくていいんだね。  もたれられる人がいるっていいね、お母さん。  僕は心を込めて、司会を務めた。   「これにて人前結婚式をお開きとし、新郎新婦の退場です。フラワーシャワーをしたいと思いますので、皆様、ぜひご参加ください」  広樹兄さんと宗吾さんが手分けてして、フラワーシャワー用の花を配ってくれる。きっとイングリッシュガーデンでのウェディングらしい、素晴らしい演出となるだろう。  フラワーシャワーには「花びらの色と香りが悪い事柄を追い払う」という意味があるから、心を込めよう。  どうか、どうか……この夫婦に幸せが降り注ぎますように。   「いっくん、芽生くん、お花をまいてあげて」 「それぇ~」 「しょれー」  小さな手から放たれる花びらが舞う中、フラワーシャワーのスタートだ。  空高く舞い上がる花びらが、太陽の光を浴びて輝いている。  爽やかな風が、上昇気流となり気持ちを押し上げてくれる。  潤と菫さんが花びらの中を笑顔で通り抜ける様子は、まさに「幸せな存在」そのものだった。  カシャ、カシャ――  横を見ると、くまさんがカメラを構えて夢中でシャッターを切っていた。  あぁ……そうやって残してくれるのですね。  幸せの欠片を……今日この瞬間を……お父さんのカメラに。  くまさんのレンズは新郎新婦だけでなく、参列者にも向けられる。 「みーくん! いい笑顔だよ。一皮剥けたな」 「え? そうでしょうか」 「晴れやかになった」   それは……きっと……僕の心模様を映しているのかもしれない。 「ありがとうございます」  続いて、潤に話し掛けられる。   「兄さん、菫さんがブーケトスしたいって、いいかな?」 「もちろん!」 「サンキュ! 兄さんたちも参加してくれよ」 「え? あ……うん?」  あれ? でも……ブーケトスって未婚の女性がするものだよね? と疑問を抱きつつ…… 「瑞樹、この結婚式はオリジナリティがあっていいな。俺たちも参加しようぜ! なぁ……俺たちもいつかこんな式をしたいな。家族に囲まれてさ」 「え?」 「ほらほら、立ち止まらない」  宗吾さんの発言にもドキドキだ。   「いっくんもするー」(え? それはまだ早いよ?) 「ボクもやる!」(め、芽生君まで? 駄目駄目、まだまだ早いよ) 「じゃあ、私も」(おかあさん? それは駄目です!っと思ったら、くまさんが飛んで来た。二人はラブラブだ)  「優美ちゃんもやってみる?」(みっちゃんが冗談交じりにいうと、広樹兄さんが血相を変えていた)  和やかで賑やかで、ちょっとクスッと笑ってしまう関係。  これが今の僕の家族なんだと思うと、視界がまた滲んでしまう。   「ではブーケトスしますね!」  空高く舞う菫色のブーケを見上げると、青空が広がっていた。  そして……天上から声が……  ……  みーくん、これからも小さな幸せを大切にしてね。  瑞樹、誠実で謙虚であることは、いつまでも大切なことだぞ。 ……    天国のお父さん、お母さんですか。  今日のこの瞬間を……見守ってくれているんですね。  はい、僕は……そんな人でありたいです。  それが、この晴れの日に思うことです。   さぁブーケは誰の元に?  ワクワク、ドキドキ、その行方を見つめた。

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