1091 / 1740
誓いの言葉 43
「あっ!」
「どうした、瑞樹?」
どうしよう! 感極まって……興奮しすぎて、すっかり忘れてしまった。
「あ、あの……潤と菫さんの入場時に、芽生くんといっくんにフラワーボーイをしてもらおうと予定していたのに、吹っ飛んでしまいました。せっかくフラワーバスケットも用意していたのに……」
宗吾さんに説明しながら、どうしようと焦りが増してくる。
「そう言えば……そんなこと言っていたな。俺も忘れてたよ。ん? でも退場の時でもいいんじゃないか。ほらフラワーシャワーっていうのがあるだろう」
「あ……確かに」
一瞬真っ青になったが、そういう方法もある。僕は宗吾さんのこういう臨機応変で前向きな部分に、何度も何度も救われている。
「それにさ、そもそも入場時は無理だったんじゃないか。いっくん、緊張して抱っこになっていたし……それに『楽しみは後に取っておく』という言葉もあるしな」
「そうですね。じゃあ準備します」
「瑞樹、ちょっと待て。ほら、一度深呼吸しろ」
「あ、はい」
宗吾さんが背中を優しく撫でてくれると、落ち着いてきた。
「お、お兄ちゃん、ボクの出番……お花をまくのはいつかな?」
芽生くんの声も緊張のせいか少し上擦っていた。
「えっと、今から準備しようね」
「あ、まって、いっくんも一緒にするんだよね」
「そうだよ」
「じゃあ、ボクがつれてくるよ」
カゴに入った花びらをバージンロードに撒きながら、花嫁の前を歩く子どもを、女の子ならフラワーガール、男の子ならフラワーボーイと呼び、バージンロードを清め、邪悪なものから花嫁を守る意味があるそうだ。
宗吾さんのアドバイス通り、退場時に撒くのはフラワーシャワーの代わりにもなるので、返って良いのかも。新たな人生の道を清める意味も込められる。
僕は白や紫や水色の花びらをカゴに入れて準備していたので、急いで取りに行った。
「いっーくん、おいで、おいで!」
「あ、めーくんだぁ」
「これから、いっしょにお花をひらひらするんだよ」
「おはな? やるぅ!」
いっくんと芽生くんが並ぶと、実の兄弟のようで微笑ましい。
「じゃあ、これを花嫁さんと花婿さんの通る道にふわっとまいてくれるかな?」
「わかった」
「できるかなぁ?」
「できるよ!」
二人とも菫さんを守る小さな騎士みたいで可愛い! 様子を見守りながら、思わず目を細めてしまった。
幸せの欠片は、ここにもある。
「じゃあ、そろそろ退場するから、こっちにおいで」
「うん!」
薔薇のアーチの下では、結婚誓約書に署名をした潤と菫さんが向き合って、微笑んでいた。それから潤が一歩前に進んで、菫さんの額に誓いのキスを贈った
「潤、おめでとう!」
「潤くん、おめでとう!」
「おめでとうございます! 末永くお幸せに」
参列者から祝福の声があがる。
人前式って、とっても素敵だ。
これは家族のための、家族による結婚式なのかもしれない。
お母さんは涙ぐみ、くまさんがその肩を支えてあげていた。
あ……いいな。
お母さんは、もう一人で耐え忍ばなくていいんだね。
もたれられる人がいるっていいね、お母さん。
僕は心を込めて、司会を務めた。
「これにて人前結婚式をお開きとし、新郎新婦の退場です。フラワーシャワーをしたいと思いますので、皆様、ぜひご参加ください」
広樹兄さんと宗吾さんが手分けてして、フラワーシャワー用の花を配ってくれる。きっとイングリッシュガーデンでのウェディングらしい、素晴らしい演出となるだろう。
フラワーシャワーには「花びらの色と香りが悪い事柄を追い払う」という意味があるから、心を込めよう。
どうか、どうか……この夫婦に幸せが降り注ぎますように。
「いっくん、芽生くん、お花をまいてあげて」
「それぇ~」
「しょれー」
小さな手から放たれる花びらが舞う中、フラワーシャワーのスタートだ。
空高く舞い上がる花びらが、太陽の光を浴びて輝いている。
爽やかな風が、上昇気流となり気持ちを押し上げてくれる。
潤と菫さんが花びらの中を笑顔で通り抜ける様子は、まさに「幸せな存在」そのものだった。
カシャ、カシャ――
横を見ると、くまさんがカメラを構えて夢中でシャッターを切っていた。
あぁ……そうやって残してくれるのですね。
幸せの欠片を……今日この瞬間を……お父さんのカメラに。
くまさんのレンズは新郎新婦だけでなく、参列者にも向けられる。
「みーくん! いい笑顔だよ。一皮剥けたな」
「え? そうでしょうか」
「晴れやかになった」
それは……きっと……僕の心模様を映しているのかもしれない。
「ありがとうございます」
続いて、潤に話し掛けられる。
「兄さん、菫さんがブーケトスしたいって、いいかな?」
「もちろん!」
「サンキュ! 兄さんたちも参加してくれよ」
「え? あ……うん?」
あれ? でも……ブーケトスって未婚の女性がするものだよね? と疑問を抱きつつ……
「瑞樹、この結婚式はオリジナリティがあっていいな。俺たちも参加しようぜ! なぁ……俺たちもいつかこんな式をしたいな。家族に囲まれてさ」
「え?」
「ほらほら、立ち止まらない」
宗吾さんの発言にもドキドキだ。
「いっくんもするー」(え? それはまだ早いよ?)
「ボクもやる!」(め、芽生君まで? 駄目駄目、まだまだ早いよ)
「じゃあ、私も」(おかあさん? それは駄目です!っと思ったら、くまさんが飛んで来た。二人はラブラブだ)
「優美ちゃんもやってみる?」(みっちゃんが冗談交じりにいうと、広樹兄さんが血相を変えていた)
和やかで賑やかで、ちょっとクスッと笑ってしまう関係。
これが今の僕の家族なんだと思うと、視界がまた滲んでしまう。
「ではブーケトスしますね!」
空高く舞う菫色のブーケを見上げると、青空が広がっていた。
そして……天上から声が……
……
みーくん、これからも小さな幸せを大切にしてね。
瑞樹、誠実で謙虚であることは、いつまでも大切なことだぞ。
……
天国のお父さん、お母さんですか。
今日のこの瞬間を……見守ってくれているんですね。
はい、僕は……そんな人でありたいです。
それが、この晴れの日に思うことです。
さぁブーケは誰の元に?
ワクワク、ドキドキ、その行方を見つめた。
ともだちにシェアしよう!