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誓いの言葉 46

 僕の手を離れた水色の風船は、空高く飛んでいく。  あれ? 僕の風船の後ろには、青い風船がぴたりとついている。 「あれは、お……父さんのですか」  いつの間にか僕の横に並んでいた、くまさんに聞いてみた。   「そうだよ。みーくん、一緒に報告に行こう」 「あ……はい!」    もう一度空を見上げると、やはり水色の風船を背後から守るように、青い風船が浮上していくのが見えた。どんどん白い雲に近づいて行く。 「お兄ちゃん、あの雲、ハートのカタチに見えない?」 「本当だね。風船はあそこに辿り着くのかもしれないね」 「だといいな!」  そんな予感がする。  きっとあそこは、皆が会いたい人が眠る場所なんだ。  風船は太陽の光を浴びて、キラキラと透き通って見えた。 「僕は風船の中に……お父さんとお母さん、夏樹への想いを込めました」 「俺もだよ。大樹さんと澄子さんに、結婚とみーくんの父親を引き継ぐことを報告したんだ」  僕らの祈りは、きっと届くだろう。    ここに集う人達の幸せが追い風となり、空に吹き上げて。  皆が解き放った風船が、次第に肉眼では見えなくなっていく。  青空に溶けていく。 「あー! めーくん、あれ、きれいー」 「あっ! 虹! 虹が出ているよ。お兄ちゃん、あの雲の上を見て!」  まるで天国からの返事のように、美しい虹が雲から雲へとかかっていた。 「雨上がりでもないのに、どうして?」 「これだけの幸せな願いが一気に届いたんだ。 不思議なことも起きるものさ!」  くまさんがウィンクしながら、気さくに僕と肩を組んでくれる。  その瞬間、僕は彼の息子になったのだと実感した。 「……お……父さん……お父さん」 「ん? どうした? みーくん」 「あ……あの……呼んだだけ……です」  そう、呼んでみたかっただけだ。  何の意味もなく、ただその名を呼んで、ただ返事をもらいたかった。    ずっと叶わなかった夢が、今叶った。   「嬉しいよ。大樹さんのようにはいかないだろうが、俺、みーくんのいいお父さんになるよ」 「お父さんが……ただ傍にいてくれるだけで、幸せです」  イングリッシュガーデンでの結婚式もそろそろ宴たけなわだ。  いつの間にか司会進行役の宗吾さんが、また先へ先へ、楽しい未来へと誘導してくれる。 「さぁ、次は披露宴だよ。身内だけだから会食会というべきか。そろそろ移動しよう!」 「あ、はい」    僕たちはイングリッシュガーデン内にあるマナーハウスのレストランへと移動した。  木漏れ日の中を歩くと、まるで一人一人がスポットライトを浴びているようだった。 「宗吾さん、今日は素晴らし過ぎます。もう宗吾さんの演出が素敵過ぎて、溜まりません」 「サンキュ! 瑞樹が褒めてくれて嬉しいよ」 「幸せです……僕……とても……」 「今日は随分……ストレートに愛情を伝えてくれるんだな」 「あ……潤と菫さんに感化されてしまったのかもしれません」 「いい傾向だ。そのまま夜までしっかりキープしてくれよ」 「夜?」 「そう、今夜はしてもいいだろう」 「あっ……は、はい」  こんな場所で夜の約束をするなんて気恥ずかしいが、求められるのは嬉しかった。  だって今日の宗吾さんはカッコよすぎて、僕はドキドキしっぱなしだ。僕だって男だ。好きな人に欲情するのは普通のことだ。自分のこういう部分にも素直になれるのは、やはり宗吾さんの影響が強いのかも。以前はもっとストイックだったような? 「瑞樹も、そのつもりだろう?」 「うぅ……」  図星なので何も言い返せない。  でも……それでいい。  求められるままに、求めよう。  僕も宗吾さんへの愛を惜しまない。 ****  マナーハウスのテーブルには、三段のアフタヌーンティーセットがずらりと並んでいた。  サンドイッチにスコーンにケーキと、豪華で美味しそうだ。 「わぁ~ いっくんのすきっ、ばっかり」 「いっくん。ハンバーグもあるよ」 「うん、めーくん、いっしょにモグモグしてね」 「うん! いいよ」    子供には別途お子様ランチを手配しているのが、宗吾さんらしい。 「宗吾さん、アットホームなパーティーな雰囲気でいいですね」 「この方が落ち着いて、和気あいあいと楽しい時間を過ごせるだろう」 「はい、そう思います」 「こういう披露宴っていいな。祝辞や余興もなく、幸せを願う人同士が一堂に集まり、旨いものを食べる。ただそれだけなのに、ほっこりするな」 「はい、シンプルで素敵です」 「そう、Simple is the best!なんだ」  確かに、僕はつい物事を難しく複雑に考えてしまいがちだ。でも複雑になればなるほど、不具合が起きやすく、問題の修正も難しくなることを学んだ。だからこれからはもっともっとシンプルを心がけたい。   「俺たちも難しく考え過ぎないで、頑張り過ぎないでいこうな。それにしても瑞樹は、急に肩の力が抜けたようだな」 「そうでしょうか」 「そうさ、ますます可愛い」  たっぷりのクロテッドクリームとブルーベリージャムを塗ったスコーンを目の前に差し出された。   「あ……あの? もう……自分で食べられます」 「まだ手が心配なんだ」 「もうとっくに……」 「俺がしたいんだよ」  テーブルクロスの中で、右手を掴まれて、恋人つなぎされてしまった。 「右手が使えないだろう。ほら」 「うう……」  辺りを見渡すと、皆、それぞれの相手に夢中になっていた。  今なら恥ずかしくないかな? 「ほらほら、あーん」 「あ……あーん」  と、口を開いたところで、カシャっと音がした。  今の「カシャ」って?  くまさんは、お母さんとお互い見つめ合っている。潤と菫さんも同じだ。  あ……じゃあ広樹兄さんがカメラを?  そう思ったが、兄さんは優美ちゃんを抱いたまま、ゆりかごのように身体を揺らしているから、それどころじゃない。  一体、誰なのかな?  かしゃかしゃ…… 「うふふ」 「えへへ」 「あ、芽生くんといっくん!」  ローズピンクのテーブルクロスの中から、ふたりの笑い声がする。  カシャカシャって、二人の声だ。 「何をしているの?」  テーブルクロスを捲ると、芽生くんの笑顔が弾けた。 「あちちをとっていたんだ」 「いっくんも、あちちとってたよ」  あちちって……あ、手を握っていたの見られちゃった!?   「お兄ちゃん、わらって! とるよ~」 「みーくん、にっこりでしゅよ」    潜っていたせいで額に汗を浮かべた芽生くんが、指で四角を作って「手カメラ」のポーズを取り、いっくんは自分の両頬に人差し指をあてて、にっこりしている。 「もう、可愛いなぁ」 「えへへ、お兄ちゃん、今日とってもいいお顔だね!」 「みーくんも、てんちでしゅから」 「あはっ、そうか……うん、光栄だよ。いっくん、芽生くんおいで」  しゃがんで両手を広げると、小さな二人が僕に駆け寄ってくれた。  幸せが幸せを呼ぶって……こういうことなんだね。  僕の幸せは、ここにある。  思わず笑みが漏れると……  カシャ――  今度は本当にカメラのシャッター音がした。 「みーくん、モテモテだな、そういうのなんていうんだっけ」 「お父さん! 知りたいですか」  宗吾さんが満面の笑みで立ち上がった。 「お父さんたちに負けないくらい、俺たちはラブラブなんですよ!」 「そ……宗吾さぁん……」    堅苦しい挨拶や余興の代わりに、和やかな笑い声が会場を包んでいった。   あとがき(不要な方は飛ばして下さい) **** 和やかな時間が続いていますね。 風船が天上の世界に届いた様子を、本日のエッセイ『しあわせやさん』で 小話として書いています。https://estar.jp/novels/25768518 合わせて読んでいただけると深まるかと♡ (他のサイトの情報で申し訳ありません)

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