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光の庭にて 11

 僕と芽生くんの時計が、同じ時を刻んでいる。  チクタク、チクタク……  その様子を見ているうちに、ふと両親と弟と離れ離れになってから、暫くは時計を見るのも辛かったことを思い出した。  どうして今頃……? この前は思い出さなかったのに。  僕のお父さんの時計、あれから……どうなったのだろう。  担架に乗せられたお父さんのだらんと垂れた腕には、僕が大好きだった時計が見えた。文字盤がひび割れていて、長い針も短い針も、もう動いていなかった。  その光景は……お父さんの心臓と同じだと思った。  お父さんが生きている頃、その腕時計に耳を当てて、微かに聞こえる秒針の音を僕はいつも楽しんでいたのに。 「あ……」    手元の目覚まし時計を見つめているうちに、自然と涙が零れ落ちていた。 「瑞樹? どうした?」 「あ……すみません」 「お兄ちゃん、どうしたの? ボクへんなことしちゃった?」 「ううん……同じ時を刻めるって……素敵なことだなって思ったら……ごめんね、泣いたりして」 「瑞樹」  宗吾さんが力強く肩を抱いてくれる。 「君には1秒1秒を大切に歩んで欲しいよ。大切な人にはいつも、いつまでも幸せな時間を過ごして欲しいからな」 「……宗吾さん」  続いて……洋くんが僕の手を取って、励ましてくれる。  綺麗な発音で…… 「Always together, through the passage of time. 」 「え?」 「時が流れても、いつも一緒に……今、君の周りにいる人は、みんな君が大好きだよ。恋人も家族も友人も……いつも君を愛している」 「洋くん」 「あ……ごめん。つい……君の気持ちが痛い程伝わってきて……」 「泣いたりして……ごめん」  翠さんが僕らの様子を見て説いてくれた。 「瑞樹くん、謝らなくていいんだよ。泣くのは悪いことではないんだ。感情を外に出すのは大切なことだよ。仏教では人が流した涙の量は、大海より多いと言うしね」  やはり月影寺は心地いい。僕の感情の波も、自然と凪いでいく。 「はい……悲しい過去をまた一つ思い出してしまったんです」 「今の君が幸せだから、悲しい過去の思い出を一つ引き受ける引き出しが出来たんだね。その過去は……悲しいだけではないはずだよ」 「はい……父の壊れた時計の向こうには、幼い僕が父の時計に耳をあてている姿が見えました」 「いい思い出だね」 「はい……」 **** 「雨、やまないね」 「お兄ちゃん、レインコートを着て、お外に行きたいな」 「そうだね」 「あ、じゃあ。瑞樹くんたちも俺のお手製ポンチョを着るといい」 「え? 小森くんのポンチョって流さんの手作りだったんですか」 「そうだ。てるてる坊主みたいで可愛いだろう。他にも作ったんだ。ほら」  いきなりガバッと頭からポンチョを被せられ、びっくりした。 「ははっ、瑞樹くんも、これで立派なてるてる坊主だな」 「ええ?」  小森くんのは透明だったが、僕のは真っ白だ。 「宗吾もちゃんとお揃いだ。安心しろよ」 「流、気が利くな~」 「だろ?」  ポンチョの帽子を被ると、どこから見ても立派なてるてる坊主に見えて、驚いた。 「いや、これは知らない人が見たら……ドン引きでは……」 「大丈夫だって、この寺は奥まっているせいか、雨の日は殆ど人が近寄らないんだ。さぁ雨の散策に出発だ」  あんなに紫陽花が綺麗なのに? それは意外だと思った。同じ北鎌倉でも紫陽花で有名な寺は、雨でもごった返していると聞いていたから。   「は、はい」 「お兄ちゃん、行こう!」 「う、うん!」  先ほど見た巨大てるてる坊主に、自分がなるとは思っていなかったので、少し愉快な気分だった。もちろん、宗吾さんもノリノリで、ポンチョにマジックでニコニコ顔を描いて笑っていた。 「瑞樹、楽しいな!」 「あ……はい」 「お兄ちゃんとパパは、おばけてるてるぼうすだね~」  黄色レインコート姿の芽生くんが先頭を切って、雨の庭に出た。 「さぁさぁ、お風呂を湧かしておくから、お外で遊んでおいで」  翠さんがまるで小さな子供を送り出すように、僕たちを送り出した。 「瑞樹、今日は俺たちも芽生と同じ精神年齢になろうぜ」 「あ……はい」  たまにはそれもいい。  僕たちから、芽生くんの目線に下りてみよう。  小さな芽生くんが見上げる世界はどんな色? 「お兄ちゃん、あじさいって下から見ると、こびとさんのカサみたいなんだよ」 「え?」 「こっちこっち、ここにしゃがんで、中からのぞいて」 「わぁ……!」  芽生くんといると、いつもと違う景色が見られる。  確かに、紫陽花のがくが少し上を向いたカサみたいに見える! 「きっとね……空を飛べるカサなんだよ」  芽生くんが黒い瞳を輝かせて、ワクワクしている。  だから僕も一緒にワクワクしてみた。  宗吾さんも子供みたいな顔で、大きな身体を屈めて上を見ていた。  宗吾さんの瞳に雨粒が入ると、キラリと輝いて見えた。  宗吾さんの生命力が輝く瞬間のようで、見惚れてしまった。 「ん? どうした……」 「宗吾さんは、イキイキしていて……いつも素敵だなって」 「ははっ、それは瑞樹と芽生のお陰だよ」 「そうなんですか」 「あぁ……俺は毎日、毎日、感動してる。芽生の成長と瑞樹の優しさに……心が動くとトキメキが生まれるんだな。梅雨なんて以前はスーツが濡れて鬱陶しい季節としか思えなかったが、今は楽しいよ」  宗吾さんのポジティブな心に、今日も僕は揺さぶられる。 「そういう所が……溜まりません」 「瑞樹、ありがとうな」  てるてる坊主みたいなポンチョ姿で、宗吾さんに肩を抱かれて……紫陽花を一緒に見上げた。  紫陽花が……浮上していく花のように見え、雨を浴びて、唄っているようだった。    

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