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光の庭にて 13

流さんに勧められた檜風呂の湯加減は、最高だった。  皆、ずぶ濡れでドロドロ状態だったので、浴室内は混雑していた。 「瑞樹くんと風呂に入るのは……久しぶりだな」 「うん、そうだね」 「あのー あのー! 僕もいますよ~!」 「くすっ小森くんって、本当に可愛い人だね」  ニコッと笑顔を向けると、小森くんが何故か真っ赤になってしまった。 「え……瑞樹くんっ、そ、それはまずいですよ! ぼ……僕には菅野くんという人がいますからっ」 「え……そんなつもりじゃ」 「ダメ、ダメですって~ 近寄らないでくださーい」 「くすっ、ははっ」 「えへへ」  つやつやな肌を泡まみれにしながら、屈託のない笑顔を浮かべている。  あぁ良かった。もういつものふわふわな小森くんに戻っている。  それにしても、先程僕たちが見た光景って何だったのか。思い出そうとしたが朧気になっている。結局僕がハッキリ見たのは、階段を転げ落ちていく紫陽花だけだったのかもしれない。まるで記憶に靄がかかったみたいだ。 「あの……洋くんは、さっき何か見た?」 「いや、俺には何も見えなかったよ」 「やっぱり幻だったのかな?」 「そこは深く考えなくてもいいと思う」 「成る程、確かにそうだね。僕たちには、もっと大切なことがあるしね」  洗い場では、宗吾さんと芽生くんがゴシゴシと身体を洗いあっている。 「キャッキャッ! パパぁ~ そこはくすぐったいよ」 「ギャハハ! パパもくすぐったいぞ~」  くすぐりっこしながら、大笑いしている。  僕の心も身体も……ポカポカしてくるよ。 「あれ? そういえば丈さんは?」 「そうだな、そろそろ帰ってくるかな」 「あっ! 洋くん、僕たちと入浴して良かったの? 後で怒られないかな?」 「ははっ、言わなければ分からないさ」  洋くんは、時々大胆だ。  いやいや、きっとバレると思う…… 「瑞樹くん……あのさ、俺……あの無残に刈り取られてしまった紫陽花も、俺が摘んだ紫陽花も、どちらも綺麗だったから実は少し驚いたんだ」 「うん……過程は違っても……ちゃんと同じように輝いていたよね」  紫陽花が再び花手水の中で輝けたのは、紫陽花の生きようとする力のお陰だ。  生きていると良い事も悪い事も起きるのを、僕らは知っている。だからこそ紫陽花の花手水は、見る人に勇気と希望を与えてくれると実感した。 「たとえ……む……無残に手折られてしまっても……また美しく輝けるんだな」  洋くんが言葉を詰まらせながら吐いた言葉に、何故だか無性に泣きたくなった。 「洋くん、そうだよ。僕も洋くんも、こうやって生きている。この先は小さな幸せを見つけながら生きていくんだ」  僕は微かに震える洋くんの肩を、湯船の中で抱きしめてあげた。 「瑞樹くん、ありがとう。俺には……こんなことを話せる友達が殆どいないんだ……だからとても嬉しくて」  美しい顔に浮かぶ悲しい微笑みは、夜空の月のように儚く美しい。    もしかしたら洋くんの苦難は、僕どころではないのかもしれない。 「洋くんは僕の親友だよ。いつもそう思っている。君はもう一人じゃない。恋人も家族も友人も、皆、傍にいる。同じ時を刻んでくれている……」  これは僕自身が、周囲から与えてもらった大切な言葉だ。 「ありがとう。瑞樹くんの言葉って不思議だな。水のように……すうっと染み込んでくる……俺の心と身体の隅々を満たしてくれる」  洋くんは華奢な身体を自らの手で抱きしめて、長い睫毛を伏せた。  僕も変わったが、洋くんもまた変わった。人として深みが増して、ますます魅力的な人になっていた。 「瑞樹くんの優しさが……心地良くて溜まらないよ」  優しさは、こんな風に繋がっていく――  僕がもらった優しさをこうやって繋げていけば、一つの輪となって心地良く回り出すんだね。 ****  夕食は、月影寺の母屋で、流さんの手料理をご馳走になった。 「わぁ! からあげだぁ、ボクのだいこうぶつ!」 「流さんお手製いなり寿司、とっても美味しそうですね」 「悪いな、毎回代わり映えしなくて」 「いや、これは大ご馳走だぞ」  僕たちは寺の庫裏に並ぶご馳走に、歓声をあげていた。 「運ぶの手伝いますね」 「おう、助かるよ」  流さんは作務衣で、一人奮闘していた。    その忙しない様子を見て、宗吾さんが何か思いついたようだ。  宗吾さんの閃いた時の顔って、いつもより更に意気揚々としているので、分かりやすい。  きっとこの夏、楽しいことが待っている!  そんな明るい予感がするよ。 「流、BBQなら俺たちも手伝えるぞ」 「おぉそれ、いいな。いつか皆でキャンプなんかに行ったら楽しそうだなぁ」  流さんが額の汗を手拭いで拭きながら、快活に笑っている。  「お? 興味あるのか。ちょうどキャンプに誘おうと思っていたところだ」 「え? マジか」 「あぁ、いつかじゃなくて、この夏に行かないか」  宗吾さんが、鞄からチラシを取り出して見せてくれた。 『月が昇り星が降るキャンプ』  うわぁ……素敵なネーミングだな。 「ん? なんだ、同じ神奈川県内なのか。意外と近いんだな」 「実はこのキャンプ場内の宿泊施設を、俺がプロデュースしたんだ」 「へぇ! すごいな」 「だから、そんな経緯があってログハウスの宿泊券をもらったので、良かったら夏休みに、皆で行かないか」  宗吾さんの声に、皆一斉にクルッと顔を上げて反応した。 「ログハウスはMAX15人泊まれるんだ。よしっ、行きたい人は、この指止まれ~」  宗吾さん、そんな大人げない誘い方と思ったが、一目散に流さんがすっ飛んで来た。   「おぉ! もちろん行く!」 「りゅーう、僕も行きたい。ちょうど薙もキャンプに連れて行ってあげたかったんだ。薙、一緒に行こう。ねっ」 「父さん、いいの?」  流さんと翠さんと薙くんが決定。 「じゃあ俺も行く!」 「洋……私もだ」 「あ……丈、帰っていたの?」 「あぁ、今さっきな。随分、盛り上がってるな」 「うん、楽しいよ」 「ん? なんだ……もう風呂に入ったのか」 「あ……ぁうん、まぁ」  洋くんと丈さんも、参加だ。 「瑞樹、まだ泊まれるぞ。コテージには個室が五部屋もあるんだ。よかったら、潤たちも誘ったらどうだ? 滞在費は無料だからな喜ぶんじゃ……」 「いいんですか。いっくんの夏休みに、どこかに連れて行きたいって話していたのできっと喜びます」  僕と宗吾さんと芽生くん。  まだ未確認だが、潤と菫さんといっくん。 「あの、あの、あの……僕も行っちゃだめですか~ 菅野くんも誘って、僕たちも旅行してみたいです」  あんこの山をモリモリ食べていた小森くんも、身を乗り出してきた。 「いいぜ」  なんと! 小森くんと菅野くんも参加なのか。  合計13名の団体様が、あっという間に出来あがったので驚いてしまった。  気心の知れた人が集まれば、その人達の分だけ話題が増え、楽しみも増える。 「宗吾さん、今年の夏も賑やかになりそうですね!」  その晩の宴会は、夏のキャンプで何をするかで、大いに盛り上がった。  梅雨を吹き飛ばすような、勢いを感じていた。  追い風に乗ろう。  やったことがないことにも、どんどん挑戦してみよう。  新しい僕に出逢うためには、自分から行動しないと始まらない。   あとがき(不要な方は飛ばして下さい) **** このまま、夏休み恒例の『重なる月』とのクロスオーバーに入っていきます。 『重なる月』未読でも、キャラの名前だけ把握していただければ大丈夫だと思います。夏休み期間は毎年息抜き話を書いていますので、今年もお付き合い下さると嬉しいです。例年はプールや海だったので、今年は思い切って山に行ってきますね。宗吾さんと流が大活躍しそうですね。いっくんたちも呼んじゃいます~。総勢13名で賑やかな旅になりそうです。 それから今日のエッセイ『しあわせやさん』https://estar.jp/novels/25768518に、翠と薙と洋の宴会の最中の小話を載せています。他サイトですみません。 『重なる月』サイドの登場人物 北鎌倉 月影寺 住職 張矢翠(長男)        副住職 張矢 流(次男)        外科医 張矢 丈(三男)→恋人 張矢洋(輪廻転生の主人公)          寺の小坊主 小森風太(20歳) →恋人 菅野良介(瑞樹の同僚)  

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