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HAPPY SUMMER CAMP!㉒

 お腹に響くような音の正体は、打ち上げ花火だ。 「わぁ、お兄ちゃん、きれいだね!」 「花火が見られるなんて……」 「今日は花火大会だったんだな」  函館にいた時、毎年8月1日に港で大きな花火が上がった。  地元で一番大きな夏祭りだった。  10歳の6月に函館の家に引き取られ……初めて間近で見た花火を、僕はよく覚えている。  あの日は、広樹兄さんに手を引かれ、港まで行ったんだ。  途中、兄さんがお小遣いで、僕にハンバーガーを買ってくれた。  それを握りしめて、埠頭の石段に腰掛けた。 …… 「瑞樹、ほら早く食べろ。花火が始まると忙しいぞ」 「……でも、広樹兄さんのは?」 「……俺は腹一杯だ」 「じゃあ、広樹兄さんが食べて」 「馬鹿! いつもいつも遠慮ばかりして、そんなんだからそんなに痩せ細って」  兄さんが僕の手首を見つめて、嘆くように言った。 「ごめんなさい。心配かけて……」  あの日の光景が目に焼き付いて、食欲が戻らないんだ。何を食べても味がよく分からないんだ。そんなこと……ただただ、僕を引き取ってくれた人たちに負担をかけ心配させるだけで、絶対に言えなかった。 「瑞樹、なぁお願いだから食べてくれよ、ここの有名で美味しいだぞ」 「……知ってる」 「あっ、食べたことあるのか。そっか……思い出させて、悪かったな」 「ううん、大丈夫だよ。あのね……兄さん……僕はこれ好きだったんだ」 「馬鹿、過去形にすんな! 好きなら欲しがれよ。俺がバイトして買ってやるから」 「そんな……」  ドドーン!  そんな押し問答をしていると、夜空に花火が咲いた。 「お! 始まったな。瑞樹、見えるか」 「うん!」  一口食べると、いつになく食欲が湧いた。  懐かしいハンバーガーの味。  昔、買ってもらったんだ。  大きなハンバーガーなので、夏樹と僕とで半分こしたよね。  いつもいつだって、仲良く半分こ。 「夏樹……なっくん……」  花火を見ていたはずなのに、視界がグチャグチャに歪んだ。 「瑞樹……泣いて……あぁ、泣くな」 「うっ……ううう……」 「あのな、花火って鎮魂の意味もあるんだって」 「ちんこん?」 「あぁ……その……遺された人々が……悲しみを忘れるのではなく、共に歩んでいくために花火をあげるんだそうだ」 「共に歩んでいく?」 「まだ瑞樹には難しいかな……俺も父さんを亡くしているが、今でも心にいるし、夜空の向こうにいるんだよ。この人生を見守ってくれている」 ……  広樹兄さんの話は、10歳の僕にはまだ理解し難い話だった。    でも今なら分かる。  悲しみと共に歩む人生は、いつしか幸せで塗り替えられていくと。  悲しみを知っているから、幸せだと感じられるんだ。 「瑞樹、花火っていいな。夜空の向こうも照らしてくれているようじゃないか」 「宗吾さん、とても素敵な言葉ですね」  夜空の向こうにいる僕の両親と夏樹の姿が、あの雲の陰に見えるような……  夜空に咲く花火が、僕の顔も明るく照らしてくれた。 「綺麗なのは、瑞樹の横顔だ」 「……恥ずかしいです……そんな言葉」 「どうして? 本当のことを言ったまでだぞ」 「宗吾さんも花火みたいです。僕が暗く沈んでいると、パッと現れて場を明るくしてくれますから」 「おぉ、パッと咲く花火は好きだな。みんなを喜ばせるしな」 「はい、僕も大好きです」  その場にいる全員が、各自、花火を見上げては目を細めていた。 「あぁぁ! 花火大会ってことは、夏祭りをしているんだったな」  大きな声を出したのは、宗吾さんではなく流さんだった。 「宗吾、瑞樹くん、芽生くん、ちょっと来てくれ」 「流、なんだよ?」 「いいから、いいから」  暗闇のテントに押し込まれると、流さんの目がカッと光った。 「宗吾、脱げよ」 「へ? なんで俺が?」 「ほら時間がないんだ」 「ぎゃー‼‼ えっちぃ!」 「馬鹿か。俺は翠にしかタタン」 「え? 今なんていったー ヤメロ、子どもの前で」 「ははっはっ」  なんといきなり宗吾さんがいきなり身ぐるみを剥がされた。(あ、下着はセーフのようです! って僕、一体誰に報告を?) 「ほら瑞樹くんと芽生坊も、脱げ脱げ。悪いようにはしないよ」 「……お兄ちゃん、りゅーくんのいうこときいてみようか」 「そうだね。芽生くんがいるなら心強いよ」  よく分からないが……僕たちがごそごそ着ているものを脱いでいると、隣のテントに何かを取りに行っていた流さんが舞い戻ってきた。 「さぁ着付けてやるよ。やっぱり持ってきてよかった」 「え? これって浴衣か」 「そうだ。俺たちのお古で悪いが」 「流……いいのか」 「明かりを付けるぞ」  ランタンに明かりが灯ると、浴衣姿の宗吾さんが浮かび上がった。 「パパっ! ゆかただ!」 「宗吾さん、素敵です!」 「瑞樹くんと芽生くんの分もあるぞ」 「あ、ありがとうございます」 「なぁに、これは俺たちからのお礼だよ。今回月影寺に声をかけてくれてありがとうな。だから家族で夏祭りに行ってこいよ」 「え、でも……みんなは?」 「まだまだ、ゆっくりまったり食ったり飲んだりしているさ」  どうやら僕たち3人に、夏の思い出をプレゼントしてくれるようだ。 「流、支度は出来たの?」 「翠、運転頼んで悪いな」 「僕はまだ飲んでいないから、大丈夫だよ」 「翠さん!」 「瑞樹くん、浴衣姿可愛いね。さぁ僕が車で送迎するからどうぞ」 「ちなみに俺は翠の騎士として、引率するぞ」 「それは安心です」  僕たちは少しだけキャンプ場から抜け出て、近くの町の広場で開催されている夏祭りにお邪魔した。 「流、ありがとうな」 「宗吾、俺たちは駐車場で待っているから、30分ほど家族水入らずで楽しんで来いよ」 「あぁ」  盆踊りの輪が出来ており、その周りには屋台がずらりと並んでいる。  夜空にはひっきりなしに花火も上がっている。  薄暗い山奥で繰り広げられるお祭りは、灯籠の明かりのみで幻想的だ。 「瑞樹の緑の浴衣、よく似合っているよ」 「宗吾さんの紺地に白も粋ですね。あ、僕の色違いの模様なんだ」 「お兄ちゃん、ボクのははちみつ色だよ」  ふと……今がいつで、ここがどこだか分からなくなる。  三人だけの世界に立っている。   「暗いから、みんなで手をつなごうよ」 「そうだね。迷子になったら大変だ」 「手をつないでいるから大丈夫だよ。こわくないよ。それに花火もあるしね」  芽生くんの小さな手の温もりと優しくつながり、宗吾さんの大きな温もりを支えにして、頼りにして……僕は歩んで行く。  悲しみも喜びも僕の人生だと受け入れて、今を歩んでいる。

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