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HAPPY SUMMER CAMP!㉓

「じゃあ、お祭りに行ってきます!」 「うん、楽しんでおいで」  流の浴衣を着た宗吾さん。  僕の浴衣を着た瑞樹くん。  そして幼い頃、流が着ていた浴衣を着た芽生くん。  彼らの後ろ姿を見ていると、懐かしい気持ちが込み上げてきた。 「流、あの浴衣を選んだのか」 「そうなんだ。翠とお揃いで仕立ててもらった日のことを、覚えているか」 「……僕はあの時、本当に嬉しかったのに……流は……意地悪だった」 「あー ごめんな、あの時はごめんな」   …… 「翠、こっちにいらっしゃい。今年は浴衣を新調してあげたわ」 「母さん、お気遣いありがとうございます。あれ? でも二枚ありますが」  母に呼ばれたので和室に行くと、真新しい浴衣が並んでいた。    近づくと明らかに大きさに差があったので、首を傾げてしまった。   「こっちは流のよ。大きさが全然違うでしょう」 「確かに……僕と流って改めて見ると、こんなに体型に差があるんですね」 「流は本当にゴッツいの! あなたより一回り以上大きいもの」 「あ……しかも……流とお揃いなんですね」 「そうなの! 良い柄だったから、お揃いにしちゃったわ。嫌だった?」  嫌なんてはずはない。    流とまたお揃いを着られるなんて何年ぶりだろう。    嬉しくさが込み上げてきた。  すると、流がひょいと和室を覗いた。 「母さんたち、何してんの?」 「あら流、いいところに来たわね。流の浴衣も作ったのよ。今年は翠とお揃いなの」 「お、お揃いだって?」  流は途端に顔をしかめ、不機嫌そうな声を出した。   「おいおい、いい歳して、流石にお揃いなんてないぜ!」 「まぁ、つまらない子ね」  その言葉にズキンと胸が痛んだ。  そうか、そうだよね。  確かに、もういい年齢だ。  お揃いなんて、ありえないよね。  兄が弟にべったりしていては……もう変なんだ。  流が嫌がることはしたくない。  がっかりした気持ち、寂しい気持ち、侘しい気持ち。  今の僕の気持ちは、どこに嵌まるのかな。  その年……その浴衣は意図的に着なかった。 …… 「お、おい、翠~ その話をそこで完結すんなよ」 「……続きがあるの?」 「翠が着なかったのには、理由があるんだ」 「?」 「浴衣、なくなっていただろう」 「あ、そういえば……翌日見当たらなくて」 「俺が持っていたのさ。だから正確には着られなかったんだ」 「えぇ?」  流が車のハンドルに顔を伏せて、唸っている。  もしかして恥ずかしがっているの? 「流? 顔をあげて」 「翠が真実を知ったら、怒るだろうなぁ」 「あの浴衣で、一体何をしたの?」 「翠とお揃いの浴衣なんて嬉しくてさ、でも、そんなの母さんの前で言えないお年頃だったんだ。ううう、この後はやっぱり言えない。実にヘンタイじみてる」 「流が変なのは今に始まったことじゃないけど? まっ、まさか浴衣で変なことしなかったよね」 「あーもう、黙れ! ちゃんと洗濯してあるって」 「せ、洗濯って?」  流が突然……ガバッと覆い被さってきた。 「えっ! あっ……ダメだって。ここ駐車場……っ」 「みんなお祭りに行っているよ」 「ダメだって!」 「何? 花火の音で聞こえないけど」  カクンと背もたれが倒れる。 「あ……」  ウィーンとモーター音と共に天窓が開く。 「花火、見えるか」 「うん、見える」  流が僕の喉元に口づけしてくる。 「ん……っ、んん」  頬に額、耳たぶ、甘やかなキスが花火のように降ってくる。 「ど……して」  でも……唇だけはくれないのが……ひどく、もどかしい。 「俺、さっき酒をかなり飲んだから、ここはお預けな」 「流は……やっぱり……今も……意地悪だ」 ****  町のお祭りは活気があって、沢山の屋台が並んでいた。   「焼きトウモロコシー! パパ、あれかって。あれたべたい!」 「ん? それならBBQであとで食べるから、違うのにしろ」  宗吾さんがけんもほろろにダメという。 「えぇ、でも……おいしそう。今食べたいなぁ」 「我慢しろ」 「もうっ、パパなんて……パパのケチー!」 「おい、芽生、せっかくのいい気分が台無しだろ」 「うっ……」  宗吾さんと繋いでいた手を、芽生くんがバッと振りほどいてしまった。  険悪な雰囲気になっていく。  ど、どうしよう!    「パパなんて、パパなんて……ぐすっ」  僕と繋いでる芽生くんの手が、どんどん熱くなっていく。 「芽生くん、焼きトウモロコシ……美味しそうだよね」 「お兄ちゃんっ、ダメ? ね、どうして、ダメなの?」 「ううん……そうだねぇ。流さんがさっき人数分の焼きトウモロコシを作っていたんだよ。作ったものを食べてもらえるのって、うれしいよね。僕はこの前芽生くんに作ってもらったホットケーキ、美味しかったし嬉しかったよ。お腹空かせて帰ってきて良かったって思ったよ」  丁寧に、丁寧に説いてあげると、芽生くんの機嫌も直ってきたようだ。  でも……せっかく家族水入らずの時間、何かしたいよね。 「あ、あれ! したい!」 「あれ、してみる?」  芽生くんと声が揃う。  指差したのは射的だった。 「お兄ちゃん、あれほしい」 「わぁ、芽生くんの好きなブルーレンジャーだね」 「お兄ちゃん、取って」 「んー困ったな。難しい場所にあるね。僕は下手なんだよ。あ、宗吾さんはどうかな?」 「パパはね、とっても上手なんだよ。パパ! パパ!」  芽生くんが宗吾さんの元に駆け寄ると、宗吾さんも言い過ぎたことを反省していたようで、いつもの笑顔で芽生くんを抱き上げてくれた。 「芽生、どうだ? よく見えるか」 「見える‼ パパはねらったものをはずさないもんね」 「ははっ、その通りだ」 「かっこいいなぁ。パパならできるよ。ボクのパパだもん!」  あぁ、家族って素敵だ。    少しの行き違いも、こんな風にすぐに乗り越えられるんだね。  怖がらないでいい。  もう――  僕の幸せは、もう簡単には壊れない。  家族だから出来る事って、まだまだ沢山あるよね。  まだまだスタートラインだ。  夜空に輝く花火のように、明るい未来に向かっていこう。 「よーし、瑞樹、芽生、行こう!」     

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