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HAPPY SUMMER CAMP!㉖

「あれ? あれれ、めーくんは?」 「あぁ、少し家族でお出かけ中だよ」  流さんと翠さんがキャンプの立て役者である宗吾さんを慰労するために、夜祭りに連れ出すという話は、事前に聞いていた。   「ふぅん……あ、あそこにいるよ!」  いっくんが指差す方向に、宗吾さんと兄さんと芽生坊の姿が見えた。  ちょうど車から降りたところだった。  芽生坊は黄色い浴衣姿に、くまのポーさんのぬいぐるみを嬉しそうに抱っこしていた。  その幸せそうな姿に、これから起こりそうなことを想定した。  いっくんも浴衣を着たがるのではないか。  ぬいぐるみを欲しがるのではないか。  それならそれでいい。  小さな子供なら当たり前の欲求だ。  オレも独占欲が強くて、兄さんのものを欲しがっては散々困らせた経験がある。  さてと……いっくんの父親として、どう対応すべきか。 「パパぁ、めーくんのおようふく、さっきとちがうね」 「あぁ、あれは浴衣っていうんだよ」 「ゆかた?」 「そうだよ。いっくんも芽生坊くらいになったら着られるよ」 「ふぅん」  いっくんの色素の薄い瞳が、そのまま固まった。 「どうした? いっくんも着てみたいのか。パパが頼んでやろうか」 「……ううん……だいじょーぶ」 「じゃあ……ぬいぐるみが欲しいのか」 「ううん、あれはめーくんのだからダメダメ……」  お、おい!  いっくんはまだたった3歳なのに、いじらしすぎないか。  オレはもっと我が儘だったぞ?  君は今までどんだけ小さい心をぎゅっと縮めて生きて来たのか。  それがジンジン伝わってきて、泣きそうだ。 「いっくん、ちゃんとがまんできるもん」  俯くいっくんを、オレはガバッと抱きしめた。 「もう……そんなに我慢するな」 「パパぁ」  いっくんがオレの二の腕に頬をすり寄せて、そっと目を閉じる。  天使のように清らかな顔が愛しい。 「パパぁ、だいすき。もう……さみしくないよ。パパがいるから」  隣でいっくんとの会話を聞いていた菫さんが、泣いた。 「いっくんってば……ママ、いっぱい我慢させちゃったね……母親失格だわ」 「菫さん、そんなことない! 君だって精一杯頑張ってきたんだ。自分を責めるのはしないでくれ」 「潤くん……ごめんね。私……ちっともいいママじゃなかったの、本当は……いっくんの気持ちを全部ねじ伏せて……」  丈さんも洋さんも、管野くんも小森くんも薙くんも、今はただ静かに見守ってくれている。 「ママぁ、どちて……ないてるの? ママぁ……なかないで」  いっくんが菫さんのほっぺにチュッとすると、菫さんがいっくんを抱きしめた。 「いっくん……ごめんね」  そこに芽生くんがトコトコやってきた。 「いっくん、いっくん!」 「あ、めーくんだ!」 「いっくんにおみやげがあるよ」 「えー!」  芽生坊がいっくんに、幼稚園児にも絶大な人気を誇るブルーレンジャーのフィギュアを、躊躇いもせずに渡してくれた。  芽生坊の背後には、浴衣姿の宗吾さんと兄さんがニコニコ笑っていた。 「これね、パパが取ってくれたんだけど、いっくんにプレゼントしたくなったんだ」 「え? いいの?」 「うん。僕はくまのポーさんをお兄ちゃんからプレゼントしてもらったから」 「うれちい!」  いっくんが顔を赤くして興奮している。 「あのね……めーくん、いっくんも……その、ゆかたきてみたいなぁ」 「これ? ボクもかしてもらったんだ。りゅーさんにきせてもらうといいよ」 「わぁ……ほんとうにいいでしゅか」  いっくんが子供らしくねだる姿に、誰もが幸せな気持ちになった。  遅れてやってきた流さんと翠さんが、顔を見合わせる。 「あー、でも、いっくんにはかなり大きいんじゃないか」 「……大丈夫だよ、僕達には強力な助っ人がいるから」 「お! そうだな、丈、頼めるか」  そこに呼ばれたのが、丈さんだった。 「いいですよ、縫うのは得意中の得意です」  おぉぉ、流石外科医! カッコいいな! 「で、どこをどう縫えば?」 「あ……ここです。ここを少したくし上げて」  菫さんがすかさず指示を出す。  あー なんだかいい光景だな。  人が多いと連係プレーが出来るってことか。  心がポカポカになるよ。 「了解しました。すぐに仕上げますので」    針を持つ丈さんは壮絶にかっこ良く、その手捌きはゾクゾクするほどだった。  隣に洋さんがぴたっと寄り添っているせいか、かなり気合いが入っているようだった。 「丈……かっこいいな。お前の手はやっぱり最高だ」 「そうか」 「あぁ、夜が楽しみだ」  うっかり口を滑らせる洋くんを、誰もがそっと見守った。  ヤベー! この二人の色気、半端ない!  彼らのテントは一番端に決定だな。 「出来ましたよ、流兄さん、さぁ坊やに着付けてあげてください」 「了解、いっくん、テントに行こうか」 「うん、じょーしゃん、ありがと」  頬を子供らしく上気させ、ペコッとお辞儀をするいっくんは、オレの自慢の息子だ。 「そうだ! ついでに宗吾さんと瑞樹くんも来いよ」 「なんで?」 「いいこと思いついた!」 「?」  どうやら、何か楽しいことが始まりそうだ。  あちこちでテンションが高まっている。 「そろそろデザートの時間だな?」 「いよいよ、僕のあんこの出番ですね」 「あ、そうだ! こもりん、マシュマロにあんこつけたら美味しいかも」 「さすが、かんのくーん」    甘くって少し愉快で賑やかな夜だ。  たまには何もかも放り出して、皆でただただ楽しむ。  そんな日があってもいい。                

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