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HAPPY SUMMER CAMP!㊵

 翠さんの言葉はいつだって、まっすぐ染み込んでくる。  けっして押しつけがましくなく、柔らかに浸透してくる。  きっと翠さんが今まで様々な経験を積み、仏の道と共に歩んできたからなせる技なのだ。  翠さんって、一言で表すと『慈悲深い人』だと思う。  見返りを求めずに、相手に何かをしてあげたいという気持ちを率先できる人だ。だからいつも困っている人にさっと手を差し伸べ、人の失敗を許し、皆に平等に接してくれる。 「宗吾さん……僕は翠さんの献身的な姿に心を打たれます」 「あぁ……俺も見習いたいことばかりだ」    慈悲深さを身につけると、きっと心が穏やかになって人間関係も円滑になり、自分をもっと好きになれるのでは?  木漏れ日の中で楚々とした佇まいの翠さんを見て、思うこと。 「お兄ちゃん、ボクもいっくんのパン……ひろってあげたかったなぁ」 「芽生くん……」  さっきまで僕の目元に浮かぶ涙をティッシュで懸命に拭いてくれていた芽生くんが、自分の小さな手を見つめて、少しだけ悔しそうな表情を浮かべた。   「芽生くんの手も大好きだよ。優しくて暖かくて、可愛い手だよ」 「ほんとう? でもね……ボクの手は、まだこんなに小さいから、つかめないものばかりだよ」 「本当にそう思うの? お兄ちゃんはこの手に沢山のものをプレゼントしてもらったのに」 「ボクが?」 「おいで」  もうかなり重たくなったが、まだまだ抱っこできるよ。  僕は君を抱くよ。  まだまだ甘えて欲しいから。 「お兄ちゃん。ボク……もう赤ちゃんじゃないよ?」 「僕が抱っこしたいんだ。ダメかな?」 「うれしい!」 「芽生くんの手が、僕に最初にくれたものは何だと思う?」 「えっとぉ……なんだったかな?」 「シロツメクサの指輪だったよ」 「あっ、そうだった!」 「しあわせを運ぶ手だよ。四つ葉も見つけてくれたし、涙もふいてくれる優しい手だよ」 「そうなの? ボクの手もやるなぁ」 「だからね……今はまだ小さいけれども、どんどん大きくなっていくよ。きっと僕よりも」  芽生くんがキョトンとする。 「それでもお兄ちゃんは……ずっとボクのお兄ちゃんだよね?」 「うん、そのつもりだよ。ずーっと家族でいよう」 「やくそく!」  芽生くんの小さな小指と、シロツメクサの誓いをした。  シロツメクサのは花言葉は「幸運」「約束」「私を思って」……そして最後は宗吾さんが教えてくれた「復讐」だ。  自分たちが幸せなら周りを妬んだり恨んだりしないでいい。  一馬とのことを通じて学んだことは、今も僕の心に根ざしている。  芽生くんにも人を妬むよりも、自分をどんどん好きになって欲しいし、周りにいる人と幸せな関係を築いて欲しい。 「めーくん、あとで、あそーぼ」 「いっくん、ごはんたべたら、あそーぼ」  可愛い二人の子供が、小さな手を振り合って笑っている。  3歳と8歳。  まだまだあどけない存在だ。  周りがしっかりサポートして、その成長を見守っていこう。  キャンプに来てみて、良かった。  僕達をサポートしてくれる人が、一気に増えた。 **** 「丈……子供って、とても眩しい存在なんだな」 「洋だって、そういう時期があったはずだが」  いっくんや芽生くんがそれぞれの保護者に抱かれて、安心しきった様子を、洋が目を細めて見つめていた。 「すっかり忘れていたが……俺にもいっくんや芽生くんのように、無条件に可愛がられて抱っこされていた時期があったよ」 「そうか。洋のお父さんは逞しい感じだったし、抱っこされると視界が遠くまで開けたんじゃないか」  すると洋が肩を揺らす。 「何が可笑しい?」 「いや、それがね……俺の視界は抱っこされても、母しか見えなかったよ」 「どういう意味だ?」 「丈みたいだったよ。俺の父さんも」 「ん?」 「母にベタ惚れだったってことさ」 「それって、つまり」 「丈も同じだろう」  洋が匂い立つように微笑む。 「場違いかなって思ったが、キャンプ楽しかったよ」 「そうだな。私の活躍の場もあったしな」 「だが……朝のは余計だったぞ」  洋は目元を染めて、少し恨みがましい目で私を見つめた。  朝日に照らされた洋の美しい寝顔を見ているでは足りずに、夜這いならぬ朝這いをしてしまったのは事実だ。 「洋、朝の営みは健康に良いそうだ。5つの効能があると医学的にもあると言われているのを知っているか」 「なんだよ? 5つもあるなんて、気になるじゃないか」 「まず……朝の方が断然感じやすい。それからお互い元気だから既に臨戦状態だ。それによく寝て疲れが取れているので、状態がいい。だから短い時間で満足感がある。あと一つは……」 「それで、それで?」  ん? 洋にしては幼いワクワクとした声が聞こえたので不思議に思うと、なんと私と洋の会話に、寺の小坊主が紛れ込んでいた。 「こっ、小森くん!」 「流石、丈先生ですね! 僕、今の全部、覚えました!」 「はぁ?」 「それで最後はなんですか」 「……」 「小森くん、本当に意味を分かっているのか」 「はい! もちろん! あんこを朝食べることの効能ですよねぇ~ 朝の方が甘みを感じやすいし、朝の方があんこが元気なんですね! あんこもお疲れなんですねぇ。でも一口で元気になるなんて、さすがあんこ様!」 「はぁ……?」  どうやったら今の話が、あんこに置き換わる?  全くもって……意味不明だ。 「朝のあんこは満足感があるという話は尊い情報です! 僕、早速、あんこを食べてきまーす! あんこトーストにしようかな? かんのくぅーん」 「おい待て。5つめの効能は……」  話を最後まで聞かずにシュパッと飛び出す小森くんに、洋が珍しく肩を揺らして失笑していた。 「ははっ、逆にあそこまで色気がないのもカッコいいよな! 俺も見習いたいよ」 「……いや、洋は絶対にそのままがいい」 「ん……丈、それで……5番目の効能はなんだ?」 「それは、これ以上幸せな目覚めはないということだ」 「確かに……白衣姿の丈に揺さぶられて目覚めていくのは、至福の時だったよ」  洋が甘く微笑むので、思わず見蕩れてしまった。  小森くんの幸せと洋の幸せ。  次元は違っても同じ幸せだ。 「丈、また朝……俺を抱けよ」  私達が寄り添えば、管野くんと小森くんも寄り添う。 「管野くーん、僕、いいこと聞いて来ちゃいました」 「どうした? こもりん、嬉しそうだな」 「はい! 丈先生のお墨付き情報を入手しましたよ」 「へぇ、なんだろ? 俺にも教えてくれよ」 「あのですね。なんと、なんとですよ~」  くくっ、もったいぶるな。  ただのあんこの話だろう。 「な・ん・と! 朝、あんこを食べると、とびっきりの精がつくそうです!」 「へっ?」 「だから、管野くん、いっぱい食べて、全身、元気になっちゃってくださーい!」 「こ、こもりん……っ」    菅野くんが真っ赤になる。  おそらく欲求不満の管野くんには辛い一撃だったな。  いやはや……あの話を大きくまとめあげると、結局そこに行き着くのか。  間違ってはいない。  間違ってはいないが、何かが……とても変だ。 「くくくっ」 「ははっ!」    私と洋は、二人揃って声を出して笑った。  そんな様子を、翠兄さんと流兄さんが嬉しそうに見守っていた。    

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