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HAPPY SUMMER CAMP!㊴

「お兄ちゃん! ボクのつくったコーヒー、おいしい?」 「うん、とっても美味しいよ、芽生くんすごく頑張ったね」  この人数分のコーヒー豆を挽くのは、なかなか大変だったに違いない。  いっくんは戦力にはならず早々にリタイアしてしまったので、後は芽生くんがひとりで回した。汗をびっしょりかいて、集中していた。  そんな芽生くんのことを、流さんも皆も……誰も急かすことなく、ゆったりと見守ってくれていた。 「つかれたけど、たのしかったよ」  子供が達成感に満ちている顔っていいね。     僕の横に座る芽生くんの黒髪に、朝日が当たって天使の輪が出来ている。  芽生くんを労ってあげたくて、子供らしい艶のある髪をそっと撫でると、僕の手に頬を擦り寄せてきた。 「お兄ちゃんの手……気持ちいい」 「そうかな?」 「やさしいから、すき」  宗吾さんも芽生くんも、僕の手を好きだと言ってくれる。  僕ももっともっと自分に自信を持って、この手で出来ることを増やしていきたい。 「……お兄ちゃん」 「ん? どうしたの?」 「お兄ちゃん、あのね……」 「うん、話してごらん」 「えっとね……ボクね、キャンプにきてよかった」 「どんなところが良かったのかな?」  興味が湧いたので、もっと詳しく聞きたくなった。 「パパとお兄ちゃん、すごく楽しそうだったし、いっぱいみてくれて、うれしかったんだ」 「お兄ちゃんもすごく楽しかったよ。芽生くんのカッコイイところも可愛いところも、宗吾さんと一緒にゆっくり見られたよ」  ニコッと微笑みかけると、芽生くんが空に向かって手を振った。 「おーい、おーい! もうだいじょうぶだよー」 「芽生くん、もしかして、夏樹に手を振ってくれたの?」 「だって……お兄ちゃん……さっき……ちょっと泣いてたでしょう? だからなっくんが心配しているかなって」 「お兄ちゃんね、さっきは幸せで泣いちゃったんだ」 「よかった、じゃあ……あたたかい涙だったんだね」 「そうだよ、しあわせな涙だよ」     芽生くんの挽いてくれたコーヒーは、とてもまろやかな味わいだった。 **** 「いっくん、気をつけて飲むのよ」 「うん!」  ゴクゴク、ぎゅうにゅうっておいしい! いっくん、だいすき!  はやおきしたから、おなかぺこぺこ。  もっともっと、パンたべたいな。   「皆さん、パンのおかわりは、いかがですか」 「ママ、ママ! いっくんもほちい!」 「あっ!」 バタバタおててをだしたら、おさらをもっているママとぶつかって、パンがおっこちちゃったよ。おつくえの上をコロコロ、コロコロ……   「あっ……もうっ いつきってば」  ビクッ――  いっくん、また……しっぱいしちゃった。  ど……どうちよう!  ドキドキ、ブルブル……   「ご、ごめん……な……」 「いっくん、大丈夫だよ!」  いっくんがぺこんとしようとしたら、パパがだっこしてくれた。 「でも、パン……おっこちちゃった、だから……ごめ……」 「いっくん、よく見ろ! パンは無事だ!」  パパのおててには、さっきのまあるいパンがあったよ。 「いっくん。オヤブンの分もセーフだぜ!」 「わぁ」 「そうだ。俺もキャッチしたぞ、素早いだろう!ははっ!」 「えー」  オヤブンもりゅうくんも、おててにパンをもっていたよ。 「いっくんは、もう一人じゃないんだ。サポートしてくれる人が沢山出来たんだよ」 「パパぁ……」 「だからそんなにいちいちビクビクしなくていい。謝れるのは偉いけど、子供ってある程度、失敗して大きくなるんだから」    パパってすごい。パパがいると、なんだかほっとするよぅ。 **** 「うぇ……ぐすっ、うわーんっ……」 「え? ど、どうして泣くんだよ。怒ってないのに」 「潤、いっくんはね、ホッとしたんだよ。潤が頼りになるから」  兄さんが潤んだ瞳で教えてくれた。 「いっくんはもう立派な潤の子供だ。潤が守る大切な存在なんだよ。三歳って本当にまだ小さいんだ。ひとりでは出来ないことも多いんだ。そんな時は潤が気に掛けて助けてあげて……いっくんを絶対に守ってあげて」  オレの肩に手を回したいっくんが、今までにない激しい泣き方をしていた。 「いっくん……がんばってきたんだな。これからはパパを沢山頼ってくれよ」 「パパ……パパァ……あいたかったよぅ」     この台詞にオレの涙腺も、崩壊しちまう!  こんなにも直球で求めてくれるなんて!  いっくんの存在が、オレたち家族の礎になるんだ。 「潤くん……ありがとう。私、いつも余裕なくて、いつも謝らすことばかりに気を取られて……」 「分かるよ、菫さんは何も悪くない。だが、これからはオレがいる」  母さんもそうだった。母さんもいつも追い詰められていたから、嫌というほど分かるんだ。  菫さんの気持ちも、いっくんの気持ちも。  オレは素直に謝れる子供じゃなかったから、兄さんがいつも頭を下げていた。  スーパーでオレンジをひっくり返した時も、兄さんが全部拾ってお店の人に自ら叱られていた。あの日の兄さんの震える背中を思い出すと、泣けてくる。  オレ……五歳しか離れていない兄さんに全部押しつけていたんだ。  後悔は尽きない。  だからこそ、変わる。  今オレにしがみついて泣いてくれる、いっくんを全力で守る父となる。 「兄さん、いつもオレを守ってくれてありがとう」 「潤……」 「オレは兄さんの優しい手に育ててもらった」 「じゅ……ん」  兄さんまで、ハラハラと涙を流していた。  すぐに宗吾さんが抱き寄せ、芽生くんが背伸びしてティッシュで涙を拭こうとする。 「じゅん……ありがとう。なんか……ごめん。僕まで泣いて。潤、見ていてくれたんだね」 「あぁしっかり伝わっていたよ。さぁ、いっくん、元気をだそう! 美味しくご飯たべるぞ」 「ぐしゅっ、うん、いっくん……ぽんぽんしゅいた」  いっくんのお腹がいいタイミングでグゥと鳴ったので、和んだ。  最後は翠さんが静かに説く。 「子供って泣いたり笑ったりして成長していくものだよ。喜怒哀楽の感情表現が出来ると、自分の気持ちを相手に伝えられるようになるし、相手の気持ちも理解できることに繋がるんだよ。あぁ難しいことを言ってしまったね。いっくんも芽生くんも、これからは沢山泣いて笑って、スクスク成長しておくれ。僕たちがいつも見守っているよ」    

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