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ひと月、離れて(with ポケットこもりん)2
今日も最初にご挨拶を。
『ポケットにこもりん』ですが、私の想像よりエブリスタでは好評で、ほっとしました。
fujossyの読者さまはいかがでしょうか。ドキドキ……
純粋な本編の続きを待って下さった方には、申し訳ないですが、こもりんがマスコットサイズになったという不思議な出来事以外は、時系列で言えばキャンプから帰ってきた翌週位をイメージしていますので、本編の続きと言えば、続きなのかもしれません。
という訳で……このまま続けさせて下さいね。今日は瑞樹視点から入ってみます。リクエストにあった、瑞樹の仕事風景と菅野くんとの交流から湧いてきた話です。
****
楽しかった月影寺メンバーと潤家族とのサマーキャンプを終え、僕は心地良い疲労感を抱えて、また日常に戻っていた。
8月最後の週明け。
朝一番に重役からの呼び出しで会議に入ったリーダーが、午後になってバタバタと部署に戻って来た。
「葉山、菅野、集まってくれ」
「はい!」
「はい」
リーダーの険しい声に、気が引き締まった。
「何でしょうか」
「実は今朝、関西パビリオンの会場内で作業車同士の衝突事故があって、花の手入れをする大阪支店の社員二人が重軽傷を負ってしまった」
『衝突事故』という言葉に一瞬血の気が引き身体がぐらりと傾くと、菅野がサッと支えてくれた。
「葉山、大丈夫か」
「あ……ごめん」
「リーダー、重軽傷って命には?」
「あぁ幸いなことに、命に別状はないそうだ」
それを聞いて、ようやく息を吸えた。僕は相変わらず衝突事故という言葉に弱い。
「よかったです。じゃあ俺たちがピンチヒッターですか」
「菅野、察しがいいな。その通りだ。今重役会議で、君たちを推薦したら即OKが出た。関西パビリオンは我が社も今期一番の力を入れているイベントだ。若手ホープの菅野と葉山が適任だと推したんだよ」
そんな重大な役割を、僕が担っていいのか。
「あ……ありがとうございます」
「感謝しています。それで仕事内容は?」
そこからが悩ましかった。
「まず期間だが、負傷者は全治1ヶ月というので、その間になる。つまり明日から一ヶ月だ」
「い、一ヶ月もですか」
「急だが引き受けてくれないか。菅野と葉山のペアなら最強だろう」
「……」
菅野と僕は、流石に顔を見合わせた。
お互い心を揃えないと。
菅野と僕、お互いの心に過るのは、大切な人の存在だ。
「頼むよ」
「……分かりました。頑張ってきます。葉山、力を合わせよう。俺、葉山と一緒に頑張りたい」
「……菅野……ありがとう! リーダー、僕も頑張って来ます」
以前の僕だったら、どう答えていただろう?
幸せな存在と長く離れるのは怖いし、何かを任され過ぎるのは、荷が重たかった。
これは……今の僕だから、答えられることなんだ。
「ありがとう! お前達を推薦して良かったと思わせてくれ! それから関西パビリオン担当は子会社だから、出向扱いになる。向こうでは二人で一部屋の短期賃貸マンションを用意したので仲良くやってくれ」
「は、はい!」
入社して早5年。同期は既に出向も経験していたので、急だがこれが僕の事実丈の出向となるのか。
菅野と話しながら帰路に着いた。
「正直知らないヤツと同居だったら大変だが、瑞樹ちゃんとなら安心だ」
「そうだね。僕も菅野と一緒だから決めたんだよ」
「だが……宗吾さんや芽生くんに話したら驚くだろうな」
「そうだね……驚かれると思う。菅野も小森くんに話したら泣いちゃうんじゃないかな?」
「それな。正直こもりんを置いていくのは辛いが、これは仕事だもんな」
「僕も夏休み終了間近で新学期の準備もあるのに……芽生くんだけで大丈夫かな?」
菅野に話すと、笑われた。
「おいおい、宗吾さんを忘れていないか」
「あ……そういう意味じゃ」
宗吾さんと月単位で離れて過ごすのは、あの函館で静養して以来だ。宗吾さんと暮らすようになってから、海外出張で彼が数週間不在はあったが、僕が長期で家を空けることはなかった。
「なんと……言おうかなって」
「サラリーマンの定めさ。しっかり暫しの別れを惜しんで来いよ。あ……惜しみ過ぎて寝坊するなよ」
「か、菅野!」
僕たちの夜を見透かされたようで、真っ赤になってしまった。
毎日のようにスキンシップを重ねている宗吾さんと、1ヶ月も触れ合えないと思うと……僕も健全な成人男子だから、切なさが募ってしまうかも。
****
しばし新幹線の車窓を楽しんでいると、菅野に話し掛けられた。
「ところで、瑞樹ちゃんは、どんな風に宗吾さんと別れを惜しんで来たんだ?」
「……それを今、聞く?」
「夜の方がいいか」
「菅野は~」
その時、ぐぅーっと、派手にお腹の鳴る音がした。
菅野が飛び上がるほど驚いて、自分の腹部を押さえて前屈みになっていた。
「くすっ、朝ご飯、食べてこなかったの?」
「いや、これは俺じゃないって」
「え?」
「あ、いや、俺だ! そう! 腹が減った!」
菅野? 心配だな……朝から挙動不審だよ?
「そうか……お腹が空いているから落ち着かないのか。仕方が無いな。僕が何か奢ってあげるよ」
「瑞樹ちゃんが?」
ちょうど車内販売のワゴンが近づいてきたので、呼び止めた。
「えっと、コーヒーとサンドイッチでいい?」
「サンキュ! それでいいよ」
「すみません」
「あぁぁぁ! イテテ……ちょっと待ったぁ~」
振り返ると菅野がまた前屈みになっていた。
「やっぱりお腹が痛いのか」
「違くて……あんこ、あんこはありますか!!」
なんでそんな切羽詰まって……?
僕は首を傾げてしまった。
****
菅野くんの指をチュッとしたりペロペロなめたりしているうちに、大変なことを思い出しました。
僕、今日はまだ朝ご飯を食べていないですよ!
食べ忘れるなんて、物心ついてから初めてです!
「おなか……すいたです」
発音しても声が出ないので、聞こえない。
どうしたら気付いてもらえるのでしょう?
はぁ……ひもじいです。
ふぅ……と溜め息をついたら、お腹がグゥグゥ鳴りました。
声は出なくても、お腹の音は聞こえたようです!
やさしい瑞樹くんが、何か買ってくれるそうです。
僕は菅野くんの背広のポケットから、ちょこんと顔を出しました。
キョロキョロ……やった! 車内販売ですよー!
「コーヒーとサンドイッチでいい?」
「サンキュ、それでいいよ」
えええ? 菅野くんちがいますよー
それはあんこじゃありませんよ!
必死にポケットから顔を出して叫ぶけれども、聞こえません。
こうなったら菅野くんに気付いてもらうしかないですね。
よいしょ、よいしょ!
僕はポケットから脱出して、菅野くんの手を引っ張りました。
菅野くんはすぐに気付いて、声をあげました(悲鳴みたいですが)
新幹線の座席に無事に降り立った僕の首根っこを摘まんで、今度は胸ポケットにむぎゅっと押し込んでしまいましたよ。
でも、僕のために必死に叫んでくれました。
「あんこ、あんこはありますか~」
そうでなくっちゃ!
菅野くーん、だいすきですよ。
あんこの次ではなくて、あんこの前に大好きですよ!
僕は背広の胸ポケットの中で、リスみたいにクルンと丸まりました。
あんこ、あんこ、あんこが、僕のお口に無事に届きますように。
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