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ひと月、離れて(with ポケットこもりん)14

「パパ、パパー きいて、きいて!」 「おぅ! どうした?」  夜ごはんを食べながら、ボクはパパに今日あったうれしいことを話したよ。   「運動会のリレーのせんしゅにね、えらばれたんだよ」 「へぇ、すごいなぁ」  パパがニコニコ笑って、頭をなでてくれたよ。    うれしかったので、思わず、こう言っちゃった。   「えへへ、お兄ちゃんもして~、あっ……そうか」 「……芽生」 「……お兄ちゃんはおおさかだったね。ねぇねぇ、あと何日したらかえってくるの?」 「そうだな、まだ1週間しか経ってないからなぁ」 「まだ、そんだけ?」  それって、まだまだってことだよね。  お兄ちゃんがいたら、もっといろいろ聞いてくれるのに、すぐに話せないのってさみしいなぁ、つまらないなぁ。 「芽生、早く食べろ。パパ、この後ちょっと仕事をしたいんだ」 「あ、うん」  ボクは『つきのおうじさまカレー』をパクッと食べたよ。  うーん、ちょっと甘いなぁ。  次の日の朝、お兄ちゃんにお電話で話したら、すごく喜んでくれたよ。 「芽生くん、すごい! すごいよ! 芽生くんの運動会の頃は戻っているから、一緒にバトンの練習もしようね」 「うん! よかった~」 「あ、そうだ、芽生くん、学校のお便りはパパにちゃんと見せているかな?」 「うん、ちゃんとわたしているよ」 「それなら大丈夫だね。今日も学校楽しんでおいで」 「うん!」  ごきげんで学校にいったのに、先生に怒られちゃった。 「滝沢、駄目じゃないか。今日からリレーの練習だって、昨日のお便りに書いてあっただろう?」 「えっ」 「お家の人に見せなかったのか」 「……見せたけど」 「本当か」 「ほんとうだもん」  パパ、見てくれなかったのかなぁ。  わるいことって、続くんだよね。 「どうしたの? 芽生くん、ランチョンマットをかえてこなかったの? しわくちゃだし……汚れてるよ」 「あっ……」  それも、わすれちゃった。  いつもはお兄ちゃんがきれいにセットしてくれるのに。  ボク、ダメだな。  そうか、もっともっと自分でやらないとだめなんだ。  その晩、おせんたくものを見たら、どれもしわくちゃだった。 「パパ、アイロンかけて」 「あー、あとでやっとくよ。まずは夕食作らないと、いや、風呂が先か。あー洗濯も干しっぱなしだった。やることだらけだな」 「……」  よし、ボクもおてつだいするよ。  アイロンくらいできるもん。  きをつけて、やるもん。  アイロンのコードをさして待っていると、パパがひょいとお部屋をのぞいたよ。 「芽生っ、何してんだ?」 「あ、パパ、ボクもおてつだいしようとおもって」 「え? あ、馬鹿! アイロンには触れるなっていっているだろう! 火傷したらどうするんだよ! どけ!」  パパにつよくおこられて、ビクッとした。 「パパ……なんて、パパなんて……」  ボクはお兄ちゃんの部屋にかけ込んで、お兄ちゃんのベッドにもぐり込んだよ。 「ぐすっ、うううう……うわーん、うわーん、お兄ちゃん、あいたいよぅ……」  目から涙がぼろぼろでたよ。  しばらくすると……パパがボクをおふとんの上から、そっとなでてくれたよ。  やさしい声になっていた。 「芽生……ごめんな。給食袋を替えるの、パパが忘れちゃったな。どれもぐちゃぐちゃだったし、それで手伝おうとしてくれたんだな」 「それだけじゃないもん! パパのわすれんぼう! あっ……」  どうして、ボク、こんなことばかり言っちゃうの? 「うわぁーん、うわぁーん」 「お、おい。そんなに泣くな。はぁ……困ったな」  パパも困ってる。  ボクも困ってる。  どうしていいのか分からない。  さいしょはうまくいっていたのに、ボクもパパも、がんばっていたのに。  どうして?  こんなトゲトゲなことばかり、言っちゃうの。 「芽生、ごめんな。パパ、キツい言い方をした」 「……ううっ……パパなんて……もういやだ」    ちゃんとあやまらないとダメって思うのに、ボク……いじわるだ。 「あ、誰か来たようだ。ちょっと待ってろ」  お兄ちゃん? お兄ちゃんかも。 「まぁまぁ……芽生、どこにいるの?」  あ……おばあちゃんだ! おばあちゃんの声がする。 「おばあちゃーん、おばあちゃーん」 「あらあら芽生はダンゴムシさんみたいよ。出ていらっしゃい。だっこしてあげるから」 「おばあちゃん」  だいすきなおばあちゃんのやさしい声に、ほっとしたよ。  ボクはベッドから飛びだして、おばあちゃんにだっこしてもらった。 「そろそろかなって思ったのよ」 「母さん……俺も今、電話しようかと思っていたんです」 「以心伝心ね。宗吾……」 「すみません……母さん……助けてください」 「ちゃんと言えたわね。どれどれ、おばあちゃんに任せなさい。息子を二人育て上げたんだから」  すごい!  おばあちゃんがその後、ササッとアイロンをかけてくれて、おたよりも整理してくれたよ。 「あら、宗吾、今日、朝練にちゃんと行かせたの?」 「え? 何の話です?」 「ここに書いてあるじゃない」 「ええ! 見落とした……芽生、すまん」 「ううん、ボクもちゃんと言わなかったから」 「アイロンの件も聞いたわ。パパは芽生が怪我したら大変って焦ってしまったのよ。芽生が怪我したらお兄ちゃんも泣いちゃうでしょう」 「あ……うん。そうだった。アイロンはお兄ちゃんからもさわったらダメって言われてた」 ****  瑞樹くんが大阪に行ってから、今日で一週間ね。  芽生の頑張りも宗吾の頑張りも、そろそろ限界かもしれないわね。  宗吾のことは、私が産んだ子だから……この歳になっても手に取るように分かるのよね。    やっぱり、ここらで陣中見舞いに行こうかしら? 「憲吾、ちょっと宗吾のところに行ってくるわ」 「送りますよ」 「あら、悪いわね」 「なぁに、そのまま二人をこっちに呼んでもいいかなという心づもりですよ」 「まぁ、あなたがそんなこと言うなんて」 「その方が安心かと……」  憲吾はなんだかんだいって、弟が可愛いのね。  そして甥っ子の芽生を可愛がっているわ。 「瑞樹くんも安心するでしょう」 「そうね」  そして瑞樹くんの存在を大切に想っている。  マンションに到着すると、宗吾が真っ青な顔で出て来た。  芽生は瑞樹くんの布団に潜ったままだし、何があったのか、部屋の惨状から見ても伺い知れたわ。 「芽生はまだ8歳なのよ。何もかもは出来ないわ。二人で少しおばあちゃんのところに来ない?」 「え……母さん」 「憲吾がそうしたらって」 「兄さんが、そんな誘いを……?」 「おばあちゃんち、いっていいの? ほうかごスクールしなくていいの?」 「そうよ。芽生、一緒におばあちゃんと過ごしてくれない? 私にとってもいい機会だわ」  その日から、一週間、芽生と宗吾は我が家で過ごすことになったの。  乱れた心を修正し、穏やかな日々を送った。 「芽生、お兄ちゃんに会えないの寂しい?」 「うん……ここはとっても楽しいし、おじさんもおばさんもあーちゃんもいて楽しいけど、お兄ちゃんがいないから、なんだかここがさみしいんだ」 「優しい子ね。芽生が寂しいって思っているということは、瑞樹くんも同じ気持ちよ。ふたりの心が繋がっているの」    小さな手で心臓を押さえる芽生を、慰めてあげたかった。  同時に、あの控えめで可憐な青年……瑞樹くんのことも。 「おばあちゃん、ボクね、一寸法師になりたかったよ」 「まぁ、小さくなって瑞樹くんについていきたかったのね」 「そうなの! おばあちゃんってすごい」 「おばあちゃん、いいもの作ってあげる」 「なあに?」 「ポケットサイズのお人形」 「それって、小さくなったボク? そうよ」 「その子は、大阪に行ける?」 「え?」  芽生の繊細な優しさは瑞樹くん譲りね。 「じゃあ『ポケットめい』はお手紙に入れて送りましょう」 「ボク、お手紙かくよー」    縫い物は得意よ。    私が久しぶりに裁縫箱を出してチクチク縫っていると、憲吾がやってきて、照れ臭そうにハンカチを差し出した。 「なあに?」 「これ……母さんが刺繍してくれたんですよね」 「まぁ、いつのことかしら?」  青い傘と憲吾のKのイニシャル。 「この傘のようになりたいと、家族を持って思っていますよ」 「……そうなの?」 「守ってやりたい人ばかりです」 「じゃあ……私は憲吾たちを守るもっと大きな傘になるわ」 「お母さん、それじゃお母さんを守るのは誰です?」 「野暮ねぇ、天国のお父さんに決まっているじゃない」 「はは、参ったな。惚気られるとは」 「それより見て、可愛くできたでしょう?」  宗吾と瑞樹くんと芽生のフェルト人形を見せると、憲吾が破顔した。 「これは可愛いですね。特に瑞樹くんのはにかみ顔が溜りません」 「くすっ、あなたも作ってあげましょうか」 「それなら、刺繍のここがちょっと……縫ってもらえますか。解けないように……」 「どれ? 見せて」  人が人を想う時間には、やさしさがギュッと詰まっているのね。    瑞樹くん。  芽生があなたを想う気持ちを込めて『ポケットめい』を作ったのよ。  どうか……離れて暮らしていても、近くに感じてね。  

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