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ひと月、離れて(with ポケットこもりん)21

 土ようびの朝、ボクは目覚ましより前に起きて、お兄ちゃんのお人形さんに話しかけたよ。 「お兄ちゃん! 待っててね。もうすぐ会えるよ。パパがビューンってつれていってくれるんだよ。 パパってかっこいいんだよ。もっともっとパパのことスキになってね」  ひとりでお着替えしてからリビングに行くと、パパはもう起きていたよ。  空を見ながら、コーヒーを飲んでいる。 「パパー おはよう!」 「芽生、おはよう! 自分で起きられたのか。偉かったな」 「うん! パパ、今日のやくそく、おぼえている?」 「あぁ、任せておけ」 「ありがとう」 「俺も瑞樹を迎えに行きたいんだよ」 「じゃあボクと一緒だね」  手と手をパチンと合わせて、にっこにっこ!  ボクとパパは仲良しだよ。  男同士のやくそくをしたよ。  新幹線の中で、パパもボクもホクホクごきげんさん。 「芽生、ジュースを買ってやるよ」 「ううん。やめとく」  いっぱいのむと、おトイレにすぐに行きたくなるんだもん。  ひこうきのおトイレもこわいけど、しんかんせんのおトイレもこわいんだよ。  ガタガタして、吸い込まれそうな大きな音がするんだもん!   「そうか。じゃあアイスはどうだ?」 「アイスは、ほしい!」 「だろ? 新幹線のアイスって固くて美味しいんだぞ。俺も食べたいな」  もう、パパも子供みたい。   「わぁ、ほんとうにカチカチだね」 「辛抱強く待てば、ちゃんと馴染むさ」 「うん! まつのも楽しまないとね」 「そうだな。何だか、まるで今の俺たちみたいだな」 「うん、ボク、お兄ちゃんにすごく会いたかったんだ。でもじっと待ったよ」  1ヶ月ってね、とっても長かったよ。  いろんなことがあったよ。  パパとケンカしちゃたし、おばあちゃんちでもすごしたよ。  お兄ちゃんとおしゃべりできる時間、少ししかなかったよ。  でもね、いろんなガマンをしたら、すごいごほうびが待っていたよ。  だからもう全部が、にじゅうまるだよ~! 「芽生、今日はまだ瑞樹には会えないぞ。仕事の邪魔は出来ないからな」 「うん。わかっているよ。今日はパパとたこ焼きとおこのみ焼きをたべるんだよね」 「大阪出張も以前は多かったのに最近はご無沙汰だったから、俺も楽しみだよ」  あ、もう次は大阪だって。  ワクワクしてくるよう! ****  土曜日の午後、パビリオンの裏方作業をしていると、スマホがけたたましくなった。  ぞくり……  嫌な予感がした。  それは病院からだった。  昏睡状態の彼の容体が急に悪化し、危篤だそうだ。 「嘘だ……だって……この前は生気を感じさせていたのに」 「葉山、とにかく一緒に行こう!」 「う……うん!」  病院に駆けつけると、病室に医師や看護師が慌ただしく出入りして騒然としていた。  松葉杖をついた彼が、廊下に真っ青な顔で立っていた。 「嘘だ……お前が俺より先に……逝くなんて……そんなの許さない!」  目を赤く充血させ憤っていた。 「どうして、こんなことに?」 「分からない……分からない」  泣き腫らした目から、涙が飛び散った。  どうか、どうか……まだ逝かないで  あなたの花たちが待っています。  パビリオンは明日で終わりますが、花たちはそこで終わりではないのを知っていますよね。。  まだこの先も咲き続けるのだから、あなたたちが手入れしてあげないと……  僕はもう帰らないと行けないのですから。  あの花は、最初からあなたたちの子供でした。  どうか花たちの元に戻って来て下さい。 「お、おい……風太、どうした? 静かにしないと」  隣に立っている菅野が突然ポケットを押さえて、しゃがみこんだ。 「どうしたの?」 「風太が……騒いでいる」 「どうしたの?」 「もしかして……」  人目に付かない場所で小森くんを出してあげると、彼はカッと目覚めてお経を唱え出した。 「さぁ、お逝きなさい!」  小森くんのものとは思えない、厳しい声。  一瞬、白い風が吹き抜けた。 「あ……先生! 脈が……脈が……戻ってきています」 「なんだって?」  モニターがそこからは規則正しいグラフを描き出した。  「も、もしかして……」 「ふぅ、危なかったですね、あの男性も連れていかれる所でした」 「風太、やっぱり彼は取り憑かれていたのか」 「そのようです」 「で……無事に逝ったの?」 「僕、小さくて少し力が弱かったかも。でも、もうここには戻ってきません。つまり……彼の命は無事です」  その言葉に安堵した。  暫くしてから、僕たちは病室内に呼ばれた。  先に入った松葉杖の彼が、昏睡状態だった彼の胸元で泣いていた。  ドキっとする光景だった。  いい相棒なのだろう。かけがえのない……存在なのだろう。  まだ会話が出来ない彼に会釈して、パビリオンの写真を見せてあげた。  彼は涙を流して、喜びを伝えてくれた。  松葉杖の彼からも何度も礼を言われて、擽ったい気分になった。  これで一件落着だと安堵した。 パビリオン閉園後、僕たちは作業服のまま、駅に向かって歩いていた。  いろいろあった1日で、疲れも溜っていた。  あと1日踏ん張れば……この生活も終わりだ。   「瑞樹ちゃん、おつかれ」 「うん、今日もいろいろあったね。小森くんは?」 「……さっきパワーを使ったらしく、また無の境地だ」 「そっか、力をチャージしているのかもね」 「もう明日には東京に戻るのに……風太、元に本当に戻れるのかな」 「きっと大丈夫だよ。信じてあげよう」 「そうだな」    寂しそうな様子の菅野は、僕の後ろを少し遅れて歩いていた。  そこに突然眩しい光が差し込んできたのだ!  眩しいと声に出す暇もなく……突っ込んで来た!  キィィィー‼  急ブレーキの激しい音がする。  ガガガッ!    軋むタイヤの音も響く! 「うわぁー!」  菅野が……叫び声と共に消えて行く。  一瞬何が起きたのか分からなかった。  えっ……  か、かんの?  どこ……どこだ?    呆然と立ち尽くしていると「ボケッとすんな! 危ないぞ」とトラックの運転手に怒鳴られて我に返った。 「みずきちゃん、みずきちゃん」 「え……」    涙でぐしょぐしょになりながら、振り向くと……    菅野が小森くんに支えられて、照れ臭そうに笑っていた。 「瑞樹ちゃん、大丈夫だって! ほら、無事だって。風太が引っ張ってくれたから、かすり傷一つないって」 「ば……ばかぁ……し……心配したんだぞ……ぐすっ……」  へなへなと……僕はその場にしゃがみ込んでしまった。 「菅野くん、瑞樹くんをお願いします。僕は仕事をしてきます」  よく見ると、前方に白い男性が立っているような気配がした。  靄に隠れて……ボクにはよく見えない。 「道連れは不要でしょう! あなたの大切な人は、もう先に逝って……あなたを待っています。さぁ、お逝きなさい!」  小森くんが風を斬り割くように片手を空に掲げて、念仏を唱える。  凜々しい声が響く。 (ソウダッタノカ……シラナカッタ……モウ……イクヨ)  そんな声が聞こえて、一陣の風が空に舞い上がった。 「な……なんだ?」 「この世に留まった怨念を浄化しました。小森風太は、このためにお守りとして随行したのです」 「あ……小森くん……元の大きさに戻って……」 「あ! 戻れました! やった! やった! 無事に戻れましたよー!」 「風太」 「菅野くーん」  菅野と小森くんの抱擁は、自分のことのように嬉しかった。  同時に僕も無性に会いたくなってしまった。  あとたった一日待てば、宗吾さんと芽生くんの元に戻れるのに……  一歩間違えば大事故になるシーンを目の当たりにしたせいか、堪えられそうもなかった。 「宗吾さん……会いたいです。もう……今すぐ会いたいです」  その晩、宗吾さんとのラブコールでとうとう泣き言を言ってしまった。 「瑞樹、今すぐ行くよ。一足先に迎えに行ってもいいか」  宗吾さん、気休めでも嬉しいです。 「……慰めて下さって……ありがとうございます」 「お、おい! 待てよ」 「……おやすみなさい、もう寝ますね」     力なく電話を切って、膝を抱えて丸まった。  隣の部屋から小森くんと菅野の仲睦まじい声が聞こえてくるのが少し羨ましく……切なかった。  

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