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実りの秋 1

「瑞樹、瑞樹、もう時間だが起きられそうか」 「……」  ぼんやりと目を開けると、宗吾さんの顔が間近にあった。  そうか……僕……もう……家に戻って来たのか。  ここは芽生くんの部屋で、僕は芽生くんの隣で眠ったんだ。 「宗吾さん、おはようございます」 「あぁ、おはよう」  芽生くんはまだ寝息を立てていたので、二人で見つめ合う。  僕がそっと目を閉じると、宗吾さんの温もりが四回届いた。 「お・は・よ・う! やっと俺の元に帰って来たな。ずっと待っていたぞ」 「はい……この日を待ち望んでいました」 「俺もだ」  カーテンを開けると、秋晴れだった。 「わぁ、宗吾さん……空がすっかり高くなりましたね、いつの間に秋になっていました」 「君が旅立った時は、まだ残暑が厳しかったもんな」 「そうですよね。向こうはもっと暑くて日差しもキツくて、かなり日焼けしてしまいました。髪も傷んで……」  自分の髪に触れると、かなりパサついていた。  この1ヶ月間はとにかく忙しくて、自分のことに疎かになってしまった。  男なのに、こんなこと気にするなと言いたい所だけれども……宗吾さんは僕を抱く時、よく僕の髪に指を絡めてくる。だから少しでも触り心地を良くしたいんだ。  あぁ……また余計なことを考えてしまう。  もう、恥ずかしい。  またヘンな考えのループに陥りそうで、慌てて頭を横に振った。  すると宗吾さんが優しく僕を後ろから抱きしめて、囁いてくる。 「あぁ可愛いな、瑞樹は今、煩悩と葛藤中なのか」 「ち、違います!」 「気にしないでいい。どんな瑞樹でも愛してる。無我夢中で働いた証拠だ」 「あ……ありがとうございます」  優しく髪にキスされた。  ううっ……宗吾さんはこういう時ずるい。  カッコよすぎる!  我慢できずに振り向いて、宗吾さんに僕の方から抱きついてしまった。 「宗吾さんっ」 「瑞樹」  少しだけ、少しだけ触れ合いたい。  顎を掴まれチュッと口づけを受けると、心が目覚めた。 「んっ……」  1ヶ月我慢した朝の挨拶は、甘美な夢の続きのようだった。 「あー、止まらなくなるから、今日はここまでな」 「週末には……抱いて……下さい」  こんな風に僕から強請るのは……初めてかも。 「もちろんだよ。瑞樹……俺、めちゃくちゃ我慢してる」 「僕もです」  もう一度だけと、柔らかく唇を重ねた。 「だが週末は、大仕事が待っているぞ」 「あ……」    壁のカレンダーは今日から10月で、週末に大きな花丸がついていた。 「そうだ! 今週末は運動会ですね!」 「あ、今日……芽生、朝練だ!」 「わっ! 僕が起こしてきます」 「俺は朝ご飯の支度するよ」 「じゃあ、洗濯は僕が」    うん、このドタバタ感が溜まらない。  これがいい。  今の僕の世界は、賑やかで明るい。 「お兄ちゃん、いってきまーす!」  芽生くんは何度も振り返り、元気よく手を振ってくれた。 「今日は一段と嬉しそうですね」 「やっぱり瑞樹がいると違うな」 「芽生くんの成長が昨日は嬉しくて、つい……泣いてしまいました」 「いいんだよ。瑞樹は、もう立派な芽生の親なんだから」 「ありがとうございます。僕に子育ての喜びを分けて下さって」 「こちらこそだ。瑞樹と歩む道は、輝いているよ」    朝練に行く芽生くんを送り出し、僕も早めに出社した。 ****  出社すると、給湯室で菅野が黄昏れていた。  珈琲を淹れながら様子を窺うと、胸ポケットを叩いたり、スラックスのズボンに手を突っ込んだりして、落ち着きがない。 「菅野、おはよう、朝からどうした?」 「あ、瑞樹ちゃん……なんか物足りなくてな」 「もしかしてポケットに小森くんがいないから?」 「おぉ、瑞樹ちゃんも覚えているのか。やっぱりあれは夢じゃなかったんだよな」 「もちろんだよ。いろいろ見られて恥ずかしかったし……」 「ん?」 「な、なんでもない。こっちの話」  そうだ…… 「菅野もよかったらお母さんに作ってもらう? ポケットこもりんを」 「え?」 「ほら、僕のポケット芽生くんみたいに」 「あれは可愛かったな。早く風太に会いたくなるよ」  そうか、昨夜僕は宗吾さんと手を繋いだりキスを出来たのに、菅野はひとりでアパートに戻って、寂しかったんだな。 「菅野、1ヶ月ありがとう。そして今日からまたよろしくな!」  明るく笑って、菅野の手を両手で包んだ。  僕は小森くんにはなれないけれども、菅野の一番傍にいる友人だ。 「瑞樹ちゃん……マジ、天使」 「また、天使は大袈裟だよ」 「そういえば天使といえば、アイツのことを思い出すな」 「うん?」 「ほら、前にホテルで……貧血で倒れた高校の同級生」 「あぁ『ラブ・コール』の?」  あの日のビールは情熱の味がして、美味しかった。  あのビールのネーミングのお陰で、この1ヶ月……僕は宗吾さんとラブコールで繋がれた。電話をし合うと言うより『ラブコール』と言った方が、ずっと素敵だということに気付かせてもらえた。  言葉はとても大切だ。  人を殺すことも、生かすことも出来る。 「白石はさ……高校時代は今より更に儚げな美少年で、みんな近寄り難くて、こっそり『天使』ってあだ名で呼んでいたんだ。あの頃、除け者みたいに扱って……なんか悪いことしたよ」 「確かに彼の柔らかい微笑みは、今も天使そのものだったね。菅野にもそんな後悔あるのか」 「あるよ! だってさ、高三の夏休み明け、いきなり転校して消えてしまったから」  突然の転校や輪に入るに入れない状況……    白石くんの過去は、なんとなく他人事ではなかった。 「今なら……もっと話せそうな雰囲気だったのにな」 「菅野、今からでも彼と交流してみたらどうかな?」 「え? そう来る? 瑞樹ちゃん……少し性格が変わったな」 「そうかな? でも……人生は一度きりなんだよ。後悔する位なら実行したいなって。ほら、あの……彼をとても心配していた人も誘ったら?」 「あぁ青山駿か」 「そう、とても良さそうな人だったよね。白石くんのことを心から心配して」 「あぁ……だって、あいつらは……あ、じゃあ瑞樹ちゃんも一緒にどうだ?」  え? 突然の誘いに驚いた。 「僕もいいの?」 「当たり前じゃん。今度仕事の合間にランチでもしないか」 「いいね、そういうの新鮮だ」  僕にはまだ気さくに逢える友人は、洋くんや菅野以外いないから。  菅野が僕の世界を広げてくれるんだね。 「菅野の友人なら、会ってみたいな」 「友人か。正確にはそこまで仲良くはなかったんだ。青山とはいつもクラスが違ったし、白石はとにかく内気だったから。でも二人が一緒にいるのを見たせいかもう一度……話してみたい。だから瑞樹ちゃん付き合って」 「うん!」  話している内に、菅野の気持ちも上がってきたようでホッとした。  菅野は僕の大切な相棒だ。  相棒のコンディションを整えるのは、僕の役目だよ。  目を細めて菅野を見ると、「よせやい、瑞樹ちゃんの天使スマイル攻撃、照れるわ。いや、宗吾さんに殴られるか」といつもの調子で笑ってくれた。  いつも明るい菅野だって、人知れず悩んだり、悲しんだり、モヤったり……僕にも見せない部分が沢山あると思う。  僕はそんな菅野に寄り添いたい。  菅野との縁を、ずっとずっと大事にしたいから。 **** ホテルで貧血でというくだりは、『今も初恋、この先も初恋』の、このシーンとリンクしています。他のサイトで申し訳ありません。 https://estar.jp/novels/25931194/viewer?page=70&preview=1  

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