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ひと月、離れて(with ポケットこもりん)31

「翠、入ってもいいか」 「いいよ」 「小森は眠ったのか」 「うん、もうぐっすりだ」  白湯をお盆に載せて客間に入ると、小森風太はもうスヤスヤと寝息を立てていた。  あどけない寝顔だな。  かなり翠に甘やかされたようで、山積みにした最中も饅頭も全部平らげ、枕元には、明日の朝用のお菓子が置いてある。この歳で『おめざ』なんて子供じゃあるまいし……いや、俺たちに比べたらまだまだ子供なのか。  15歳で寺に入門してから、ある意味純粋培養してしまったからな。  月影寺に伝わる『一寸法師の修行』に旅立てるのは選ばれし者だけだ。  純粋で素直、一途な者だけが通れる道だと、祖父さんに教え込まれていた。  最初は『もしもし相談室』に電話をかけてきた小森に冗談半分で、一寸法師の修行を提案したんだ。  菅野くんと離れるのが寂しくて死にそうだと訴えるので、気休めになればと。  それが……まさか本当に小さくなってしまうなんて驚いたぞ。  俺も翠も誰も体験したことがない伝説を歩んできたんだ。  疲れるのも無理はない。  孤独、不安に押し潰されそうな夜もあったろう。 「まだ、小さいな」 「そうだね。小森くんは昔から小柄だったけど、今も変わらないね」 「それにしても、このジャージ、懐かしいな」 「うん、初めてやってきた日を思い出すね」 「まだ着られるのか」 「あの頃はぶかぶかだったから、これでも成長したんだよ」 「そうか」  あれから5年も経ったのか。    5年前は、俺たちはまだ結ばれていなかった。 「このまま寺の子にしたいな」 「流……実は僕もそう思っていたんだ。もう成人したし、通いではなく住み込みでもいいんじゃないかなって。こんなことを僕たちが思うのは……罪かな?」 「罪って、翠は随分仰々しいことを。小森風太のこの安心しきった寝顔を見れば、誰もがそれが妥当だと思うはずだ。もう寺の小間使いは卒業で、いろいろ任せられるしな」 「流……ありがとう、同意してくれて」    翠がたおやかに微笑む。 「僕はね……生涯弟子は持たないと思っていたんだ。でも、この子は違った。最初からすんなりと受け入れられたんだ。その、まさか同じ愛の道を歩むとは思っていなかったけれども。本当に大切な愛弟子だから、僕の手元に置いておきたいんだ」 「最初から縁があったのさ」  翠のためにも、明日になったら小森風太と相談してみるか。  実家は風変わりな息子を煙たがっている部分も察しているしな。  この先……菅野くんとの愛を育むためにも、その方がいい。  もう取り返しがつかない『悲恋』は、懲り懲りさ! **** 「そうだ。お風呂が沸くまで、芽生くんが頑張ったことを、お兄ちゃんに教えてくれるかな?」 「うん! あのね、こっちだよ」  最初に案内されたのは、ベランダだった。  得意気に観葉植物を指さして、ニコニコだ。  1ヶ月前と何も変わらない光景に感動した。  9月といえども、残暑が厳しかった。水やりの加減では枯れてしまうかもと、ここは諦めていたのに。 「わぁ……すごい! みんな生き生きしているね」 「あのね、前にお兄ちゃんに教えてもらったとおりに、お水をちゃんとあげたよ。あげすぎないように気をつけたんだよ」 「難しいのに頑張ったね」 「お兄ちゃんの大切なものは、ボクの大切なものだもん」 「ありがとう。芽生くん」  僕はしゃがみこんで、もう一度、芽生くんを抱きしめた。 「えへへ、お兄ちゃん、くすぐったいよぅ」 「ごめん、ごめん」     芽生くんは、嬉しそうに鼻の頭を擦っている。    僕は涙腺が本当に弱くなった。  泣いてばかりでは心配をかけてしまうと思い、ぐっと堪えた。     芽生くんはいい子だ。  本当にいい子だ。    僕をここまで全面的に信頼して愛してくれる。 「あとね、こっち、こっち」 「今度はどこかな?」 「これね、ボクがやったの」  脱衣場の棚には、きちんと畳まれたタオルがずらりと並んでいた。 「えぇ? お洗濯物をこんなに綺麗に畳めるようになったの?」 「うん! ボクができることをみつけたら、おもしろかったよ」 小さい芽生くんの成長に、じんと胸を打たれた。 「芽生くん、本当にありがとう」 「あ、あとね……」  芽生くんが、急に言葉を飲み込んでしまった。   「……あとは何だろう? お兄ちゃんは芽生くんに逢えなくて、すごく……すごく寂しかったよ」  僕の方から先に伝えると、芽生くんが大きく目を見開いた。 「あ、いっしょだ。あのね……ボクも……ボクも……とってもさみしかったよ」  僕たちは頬をすり寄せて、温もりを味わった。 「お兄ちゃん、泣いているの?」 「あ……」    すべすべな芽生くんの頬が、濡れていた。  僕はいつの間にか、涙を流していたようだ。 「芽生くん、大好きだよ。ずっと会いたかったよ」 「ぐすっ、お兄ちゃん、だいすき……もう、そばにいて」 「うん、うん、傍にいるよ」  ちょうどお風呂が沸いたので、二人で湯船につかった。  ふたりで涙を拭き取って、笑顔で向き合った。  芽生くんはコアラのように、僕の胸にもたれてきた。  なんだか赤ちゃんみたいだな。  羊水のような温もりの中で幼子を胸に抱く。  母性なのか、これが……  母性には、妊娠や出産という身体的な気持ちと、子供を育て守ろうとする精神的な気持ちがある。子どもを産むのは女性に限られたものだが、子どもを育てて守っていこうという気持ちは男にも芽生える。そういう意味では、僕も母性を胸に抱いているよ。 「お兄ちゃん、パパもね……」 「うん?」 「パパもボクとおなじくらい、がんばったんだよ」 「うん、うん……本当にそうだね」 「だからパパのこともギュッとしてあげてね。パパは大人だけど……さみしかったと思うよ」 「そうだね。芽生くんの部屋にお布団を敷いて三人で眠ろうか。今日は」 「うん、パパも一緒がいいよ」  しんみりといいムードだったのは、ここまで。 「瑞樹、芽生ー 無事殺して処分したぞ!」 「え? 本当ですか」  浴室のドアがガチャリと開き、宗吾さんが満面の笑みで現れた。   「え?」 「え? 本当にパパなの?」  ベッドの下に頭を突っ込んだようで、綿埃で灰色になった髪には笑ってしまった。 「おじいさんみたい!」 「びっくりしました。ロマンスグレーの宗吾さん!」 「いやいや、ハクション!うう、ムズムズするな。いやぁ参ったよ。埃まみれで。あんな場所でよく眠っていたなと反省したよ。これからはちゃんと掃除機をかけるよ!」 「くすっ、宗吾さんも一緒に入りましょう!」  僕と芽生くんの二人がかりで、宗吾さんの髪と身体を洗ってあげた。  芽生くんが宗吾さんの脇腹を「パパー こちょこちょこうげきだよ~」っと擽ったりするので、宗吾さんはヒャヒャッと愉快な声を上げていた。 賑やかっていい! 笑い合える人がいるっていいな。 「宗吾さん、芽生くん……改めて……ただいま」 「瑞樹、頑張ったなぁ」 「お兄ちゃん、お花きれいだったよ」 「二人に、とても会いたかったです」 「瑞樹、もう大丈夫だぞ。明日からはまたいつもの日々だ。さぁ今日はもう眠るぞ」 「はい……」    こんな時間が大好きだ。    何も変わらない日常が、僕には愛おしい。    ひと月、離れて――  僕たちは離れていた分だけ、近くに歩み寄れた。  家族の愛はますます深まり、互いの思いやりも深まった。    僕はひとりじゃない。  愛と愛はいつも繋がっているんだね。  見えない絆は、確かに存在していたよ。                       『ひと月、離れて』 了 あとがき(不要な方は飛ばして下さい) **** ひと月、離れて(with ポケットこもりん)も31話目でお終いです。リアルに1ヶ月間書きましたので、より離れていた期間をリアルに表現出来たのではないでしょうか。 やっぱり滝沢ファミリーは一緒がいいですね。でも、離れた分だけ、深まった家族愛、絆があります!そういうものを、じわりと感じていただければ幸いです。 お話は、少しのんびりとした日常に戻ります。まずは芽生の運動会。明るく楽しい展開にしたいです。 もう連載を始めて3年を超えた大長編ですが、変わらずに読んでいただけ、いつもスターやスタンプ、ペコメをありがとうございます。 ほっこりする日常話メインで、妄想続く限り続けられたらいいなと思っています。いつでもこんな話が読みたいといリクエスト、受け付けております。 現在、10月24日までハロウィンのアンケートを開催しています。 アンケート結果を受けて、ハロウィンSSを書くという企画です。よろしければ、宗吾さんと芽生、瑞樹の仮装。潤と菫さんといっくんの……カップル仮装コーデのアイデアをお寄せ下さい。エブリスタのプロフィール画面に、アンケートへのURLを置いています。https://estar.jp/users/159459565  

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