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実りの秋 6

 俺の腕の中で静かに眠りに落ちていく瑞樹を、しっかり抱きしめてやった。  君は事故当時まだ10歳だった。  今の芽生とそんなに変わらないのに、まさかそこまで惨い経験をしていたなんて。  両親と弟を目の前で失っただけでも堪えきれない酷い惨劇なのに、親戚から追い打ちをかけるような真似をされていたなんて。  デリカシーがなさ過ぎだろう。  瑞樹が俺に話してくれた事故直後の話は、俺の想像の上を行く酷い内容だった。  まだまだきっと、俺に話していない悲しい過去を胸に秘めているのだろう。  幼い君一人で両親と弟、三つの棺を見送った光景を思い浮かべると、俺の胸も切なく震えた。  もう一生分の悲しみを味わった君には、この先はずっと微笑んでいて欲しい。  俺は君の笑顔を、ずっと守りたい。  改めて誓うよ。  温もりを確かめるように瑞樹の小さな頭を掻き抱き、俺も目を閉じた。  もう大丈夫だ。  今日、また一つ重たい過去を吐き出せたな。  空いた分は、俺たちの幸せで埋め尽くそう!  **** 「広樹、ちょっといい?」 「母さん、どうした?」  久しぶりに納戸の整理をしていた母さんに呼ばれた。 「これ……懐かしいわね」 「あっ、それって」  綺麗に畳まれた黒いズボンに白いシャツとグレーのベストを見せられて、ハッと息を呑んだ。  それは瑞樹の服だった。  樹の下に呆然と立ち尽くしていた瑞樹が着ていた服だ。  忘れるはずもない。 「懐かしいわね。この服を着た瑞樹と会った日が」 「……そんなもの、まだ取っていたのか」 「何となく捨てられなくて。だって、あの子が実の両親が用意したものだから。タグに『あおきみずき』って名前も書いてあるし」 「……でも、もう必要ないんじゃないか。たぶん、あまりいい思い出はないと思う」 「そうね。でも私達が勝手に処分してもいいのかしら?」 「むしろ、した方がいいと思う。あのさ、葬式に自分の黒い服を着ていたということは、事故後、瑞樹だけ自分の家に戻って、一人で着てきたってことなんだよな?」 「……そういうことになるわね」  俺はあの日……喪服姿の瑞樹の遠い親戚が立ち話をしていたのを聞いてしまった。 ……   「へぇ、じゃあ、あの家にわざわざ寄ってきたんですか」 「あぁ、あの子が着ていた服は事故でボロボロだったから廃棄したし、病院の売店で買ったパジャマしかない状態だったから仕方なくな。しかし気持ちいいもんじゃないぜ。主が事故死した家なんてさ。幽霊が出そうで怖いから、俺たちは外で待っていたんだ」 ……  家族でピクニックに行った帰り道に、事故に遭ったと聞いていた。 「きっとさ、瑞樹の自宅は出掛けたままだったんだろうな。あまりに日常が溢れていて……瑞樹、辛かったろうな、怖かったろうな」 「そうよね。私が瑞樹の荷物を取りに行った時、涙が溢れて止まらなかったわ。あまりに普段のままで……」  やっぱり! 瑞樹にとって相当ショックな光景だっただろう。    そこにいた人がもういないなんて信じられなかっただろう。 「あの子は、ずっと何かに怯えていたわ」 「……そういえば、瑞樹は忘れ物をするのを怖がっていたよ。神経質に何度もランドセルを開けては確かめてを繰り返しているから聞いたら、寂しく笑っていたよ。忘れ物だけは絶対にしたくないからと……そして……忘れ物にはなりたくないと」 「うっ……」  母さんが泣いた。  俺も涙ぐんでしまった。  事故後、暫く……瑞樹は自分も天国に行きたそうにしていたことを、俺は知っている。    どうして自分だけ置いていってしまったのかと、夜中に魘されて泣き叫ぶこともあった。  今はもう幸せに暮らしている、瑞樹の悲しい過去を思い出す服は、もう処分した方がいい。  これは俺たちの役目だ。 「母さん、これは瑞樹が見る前に処分しよう」 「そうね、捨てるわ!」  母さんがビニール袋に服を突っ込むのを見て、安堵した。  もう断ち切ろう。  悲しみの連鎖を呼ぶものは、いらない。  幸せの連鎖で、悲しみを追い出していこう。 「ええっ、ぐすっ」 「あら。優美ちゃんが泣いてるわよ」 「俺、ちょっと見てくるよ」 「広樹、背中を押してくれてありがとうね」  寝室に行くと、みっちゃんと一緒に眠っていた優美が起きてグズっていた。 「どうした? ゆみ」 「ぐすっ、ぐすっ」 「怖い夢でも見たのか。大丈夫だ。パパがいるから」   ……  どうした? みずき……怖い夢でも見たのか。  大丈夫だ。俺がいるから。 ……  あの頃、夜な夜な根気よく励まし、悪夢に怯える瑞樹をこんな風に抱きしめてやった。  まだまだ消せない過去がたまに瑞樹を苦しめることもあるだろうが、そんな時は宗吾さんに甘えろ。吐き出せ。抱きしめてもらえよ。  それが瑞樹の兄として、願うことだ。     **** 「……宗吾さん」 「どうした? 眠れないのか」  ふっと眠ったと思った瑞樹が呟いた。 「なんだか…今……心がふわりと軽くなりました」 「あぁ……きっと、幸せが……空いた心の隙間を埋めてくれたんだよ」 「そうなんですね……あったかいですね」 「寒くないか」 「少し……」  秋が深まり、少し肌寒くなってきた。  俺は瑞樹を抱きしめなおし、暖を取った。 「君は温かいな」 「そうでしょうか……」 「あぁ、俺の癒やしだよ」 「嬉しいです。必要とされるのが……嬉しいです」      

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