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実りの秋 17

「メイ、おはよー!」 「おはよう!」  クラスに入ると、みんなお着替えしていたよ。ボクも急がないと。 「なぁ今日はお母さんもくるの? メイのお母さんって見たことないよ」 「えっと……みんな、くるよ!」  うーん、こういう時って、どう答えたらいいのかな?  ボクのお母さんは来ないけれども、パパもお兄ちゃんも、おばあちゃんもおじさんもおばさんもあーちゃんも、みんな見に来てくれるって言っていたよ!  だから、みんなで合っているよね?  体操着をズボンの中にギュッとしまって、最後に赤いぼうしをしっかりかぶったよ。これはボクを見つけてもらう目印だから大切だもんね。  ドキドキするなぁ。ちゃんとまちがえないように言えるかな?  パパとね、お兄ちゃんがいない時に、川原で大きな声を出すれんしゅうをしたんだよ! お兄ちゃんにも『せんしゅせんせい』のことを話したら、すごくよろこんでくれたから、がんばるよ! 「みんな着替えたか。外に並んで」 「はーい! 先生」  いよいよ入場行進!みんなお家の人を探してキョロキョロしているから、ボクもキョロキョロしちゃった。  ボクの家族は、どこにいるのかな?  あ、あそこだ! 一番前に見つけたよ!  あれ? あれ? わぁ~ びっくりした。  ハコダテのおじいちゃんとおばあちゃんまでいるよ?  お兄ちゃんが、うれしそうでよかった!  ボクには、すごい応援団がついている!  さぁ、次は『せんしゅせんせい』だよ。 「芽生いいか。はっきり、しっかり、堂々と、とにかく自信を持って言うんだぞ。お腹から声を出すんだ。かっこいいぞ!」    パパが教えてくれたことを、しっかり守ったよ。  お兄ちゃんにも、ちゃんと聞こえた?  ボク、がんばったよ!  かけっこはね、ゴールにお兄ちゃんのお顔が見えたから、さいごビューンってがんばれたんだ。  みんなの応援の声が、はっきり聞こえたよ!  **** 「宗吾さん、芽生くん、すごいです! 1位でしたね」 「あぁ、去年よりずっと足が速くなったな」 「そうですね。いい走りでしたね!」 「どうやら俊足は、君に似たようだな」 「え? そうでしょうか」  瑞樹が面映ゆそうに頬を染める。    それは俺の大好きな顔だ。   「絶対に、そうだよ」  さっき瑞樹とくまさんの会話を聞いて、瑞樹の小学生時代に思いを馳せた。  きっと可愛い顔の男の子だったんだろうな。  俊足でクラスの人気者だったのも分かる!  きっとお父さんも張り切って写真を沢山撮ったのだろう。  運動会って、我が子の成長を感じる大事な日だもんな。  それにしても、今の瑞樹に熊田さんがいてくれて本当に良かった。両親と一緒に幼い瑞樹を見守ってくれた人の存在が、有り難い。 「熊田さん、来てくれてありがとうございます。芽生も嬉しいでしょうが、何よりも瑞樹が嬉しいと思います」 「あぁ、宗吾くんから話を聞いて、どうしても会いたくなってしまってな。明日は軽井沢の方にも行くよ」 「あぁそうか! ちょうどいっくんと入れ違いでしたか」 「そうなんだ。咲子さんと盛り上がって、来てしまったよ。孫を持つのって、賑やかでいいな」 「いっくんも絶対に喜びますよ」 「そうだといいが」 「勇大さん、いっくんも可愛く撮ってくださいね」  瑞樹のお母さんが隣で、ずっと微笑んでいる。  この二人はまだまだ新婚だが、長年連れ添ったような安心感があっていいな。こういう結婚があってもいいと思う。 「次はなんだ?」 「次は少し空いて、ダンスですね」 「じゃあ少し休憩しよう」 「はい」  ここで一旦観客席に戻ると、美智さんと彩芽ちゃんが兄貴と一緒に座っていた。 「今日はわざわざありがとうございます」 「宗吾、芽生はすごいな。感動したよ!」  兄貴が眼鏡の端をハンカチで几帳面に拭く様子にポカンとしてしまった。   「はは、最近、涙脆くなったようだ」 「……驚きました」 「なぁ宗吾……うちの彩芽もいつかこんな光景を私達に見せてくれるのかな?」 「えぇ、その時は俺と瑞樹で駆けつけますよ」 「そうか……そんな日が来るといいな」 「気弱ですね。大丈夫、絶対にやってきますよ」 「そうだな」  子供の成長を、末永く見守りたい。  子の親なら、誰もが願うことだろう。それを途中下車しなくてはならなかった瑞樹の両親の無念を思えば、やはり泣けてくる。 「来年も再来年も、また見に来ていいか」 「嬉しいですよ。俺は……息子の成長を見守ってくれる人は一人でも多い方がいいと思っているので、ありがたいです」 「そうか、そうだな」  母親がいない寂しさは埋められないが、大勢の集まる賑やかさなら届けられる。出来ないことを悲観するのではなく、出来ることを頑張りたい!  それが俺流のスタイルだ。 **** 「瑞樹、あなたも一度座りなさい。朝からずっとバタバタだったんでしょう。ほら水分もちゃんと取って」 「あ……はい」  お母さんに呼ばれてレジャーシートに座ると、急に照れ臭くなった。お父さんとお母さんの真ん中に座っていることも、北海道から駆けつけてくれたことも擽ったくて。 「みーくん、さっきの話だが、大樹さんが撮った運動会の写真を探してきたよ」 「えっ!」 「最近、ログハウスの大樹さんのデスク周りを片付けていると話したよな。そうしたらなんと運動会のネガもあったんだ。掻い摘まんで持ってきたから見てくれ。続きは帰省した時な」  くまさんが見せてくれた写真には、9歳の僕がいた。  小学3年生の僕が、屈託のない笑顔で笑っていた。  びっくりするほどの明るい顔、頑張っている顔、喜んでいる顔。 「これ……本当に僕なんですか」 「あぁ、全部みーくんだ。正確に言うと、俺が見たみーくんより更に輝いて写っている。大樹さんからの愛情を一身に受けて、みーくんはいつもキラキラしていたよ」  写真を震える手でなぞった。 「お父さんが撮ってくれたんですね。こんなに優しく大きな愛情で包んで、うっ……」 「伝わって来るのか。大樹さんの思いが」 「はい、届きます、ここに……ちゃんと」 ****  みーくんが胸を押さえて、そのまま切なく泣きそうな顔をしたので、慌てて肩を抱き寄せてやった。 「みーくんを泣かすつもりじゃなかったんだ。こんな時に見せて悪かった」 「くまさんが僕のお父さんになってくれて良かったです」 「オレも嬉しいよ」 …… 「熊田、ちゃんと今の見たか」 「えぇ、いい走りでしたね」 「瑞樹は俺に似て足が速いんだ。この子ならきっと、どこまでも真っ直ぐに、この地上を走り抜けられるさ!」 「そうですね」 「俺、いつかこの写真を見返すんだろうな。瑞樹が大きくなったら一緒に。その時はお前も同席しろよ!」 「はい! どこまでも付き合いますよ」 ……  優しい風が吹き抜けていく。  青空に浮かぶ白い雲から、もうここにはいない人の声が届く。 「熊田、ありがとう。これからもそんな風に瑞樹を見守ってくれ」  

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